そもそも私はなんだろう。
この世に存在するものには名前がある。
いや、名前もない雑草、道端の石ころ、名前がないものはいくらでもあるじゃないかと言う人もいるだろう。だがそれらには意志がない。
私にはちゃんとした意志がある。
だが私に名前はない。もう悠久の時を存在し続けているが名前がないのだ。いや、正確には名前はあるがこの名前を人は理解できないらしい。この名前で呼ばれた事がない。理解されないというのは、存在しないのと同じことだと私は思う。だから、遥か昔にある人がくれた偽の名前をずっと使い続けている。
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「あなたのその名前、非常に理解し難いわ。恐らく人間は理解してくれないと思いますよ」
「やっぱり?まいったなぁどうしよう。私人間と契約しないと存在を保てない条件付けがされてるんだよね。今はまだ加護があるからいいけど、ここから出た時ちゃんと人間と契約できるのかなあ」
「あなたは大体何でもできますし、能力は非常に高いと私は思っています。この学校で私が好敵手と認めた相手はあなたが初めてで、しかも他には居ません。自信を持ってください。あなたが契約する人は、きっとあなたを大切にしてくれるでしょう。でもそうですね。それでは呼びやすい名前がないと不便ですね。それなら私が名前をつけてあげましょう。アルなんてどうですか?」
「アル?どんな意味があるの?」
「私の読んだ物語に出てきた主人公の名前です。世界中の色んな魔法の本を読んで旅をして、この世の全てを知り尽くしたとされる偉人なんです。あなたも色んな事を知ってるでしょう?それに覚えやすいですしね」
「アル、アルか。そっかあ。ははっ。ありがとう。まあ私も本好きだしいいかもね。大事にするよ。因みにその本、どんな話なの」
「それは内緒です」
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そもそも私は契約者無しでは存在できないのだ。この世界にはルールというものあって、私はその中で存在するしか出来ない。契約する相手というのはいつの時代も人間だ。あちらの世界の学校を卒業し、こちらの世界で契約者探しを始めた私は驚いた。この世にはとにかく人間が多いのだ。
私は大体何でも出来た。仮にも神のような存在なのだし、能力もあった。学校の成績も一人だけどうしてもかなわない奴がいたが、いつも二番だった。そんな私はまず最初の契約者と出会った。そいつはこう言っていた。
「この戦場で勝つためにはどうしたら良い?手柄をあげるにはどうしたら良いか教えろ。なんならお前が戦場で暴れてもいい。そのためにお前を召喚したんだ。早く力を示せ」
私は力を振るった。私にとって契約者に尽くすのはルールだからだ。その戦場の全てを燃やし、何百の敵の魂を潰し、相手の王を殺した。たった一人でその戦況をひっくり返した男は王に認められ、一城の主となっていた。正直私は力などふるいたくなかった。私のせいで人が死ぬのは嫌だった。だからこれで戦争が終わり、平和になったと思った私はそいつに聞いた。
「次はなにをすれば良いのでしょう。面白い話をしましょうか。私がここに来る前、面白い人がいたんですよ。その人は‥」
「うるさいな。道具が一々しゃべんな。目障りだ。消えてしまえ。次の仕事が近いうちにあるから、準備をしておけ」
「あ、あの‥私にはアルという名前が‥」
「聞こえなかったのか?もう一度言う。さっさと消えろ」
「‥」
命令は絶対だ。仕方がない。でも、この人は私と話してくれない。名前を呼んでくれたことすらない。道具としかみていない。なんだろう。人間ってこんな人ばっかりなのかな。もうずいぶん誰とも話していない。私は契約者としか会話ができないんだ。誰かとしゃべりたいな。色んなお話があるのに。知恵だって教えてあげるのに。あの人は元気かな‥
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「本当にあなたの話は面白いわね。一緒にいて退屈しないわ」
「私ね、よくしゃべるって言われるんだ。話すことそのものが好きなのかもしれないのかも」
「でもあなたのその話術、1つ間違えたら人を簡単に騙せてしまうものだから、悪用しては駄目よ?」
「大丈夫だよ。私人間が好きだもん!ここから出たらまず契約する人間と色んな話をしたいんだ。で、問題とか一緒に悩んで取り組んで、その人が頑張って生きる手伝いをしたいんだ」
「あなたならきっと役に立てるでしょうね」
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「おい。次の仕事だ。また活躍してもらうぞ」
「あ、あの‥この前の戦争でこの周辺の敵は全滅しました‥どこを攻めるのですか?もう敵は‥」
「あ?決まってんだよこの国の王を殺すんだよ。お前という便利な道具を手にいれたんだ。俺はこんな城でおさまる器じゃない。あいつを殺して俺が王になる。そうしたらやりたい放題だ」
「こ、この領地は‥?今の生活でも十分幸せじゃないのですか?しかも自分の国の王様を殺すなんてそんな」
「さっさとやれ。お前は言われた事やればいいんだよ。この薄気味悪い力持った道具がよ。契約者の俺がいないと存在すら保てないんだろ?口答えすんなよ」
私の中でなにかが折れる音がした。
「わかりました」
人間とはこんなあさましいものなのか。自分の欲のために平気で人を殺し、私を利用するにもなんとも思わないのか。利用される存在なのは仕方がない。だけど、せめて大切にして欲しかった。私にも意志がある。名前だって一度も呼んでくれなかった。話もしてくれなかった。私が一緒に頑張りたかったのは。こんな人じゃない
結局、私は逆らう事などできず王を殺した。新しく王となった男はしばらくは喜んでいたが、こんな素人に政治などできるわけがない。私はただ言われた事をやった。それ以上のことはしなかった。もしあの人が一言でも民をまとめるために政治に協力してくれと言ってきたなら、私は知恵と力を貸しただろう。だが、そいつは地位にあぐらをかき、私の事など忘れてしまったようだった。もう声もかけて来なかった。
そんな政治が続くわけがない。男は市民の革命にあって殺された。殺される直前、男はこいつらを私に殺せと命じた。だから私はその市民の全てを燃やした。その男ごと。私にとって契約者が死ぬことは己の存在の危機であるため、本来なら絶対にやってはいけない。でも男は「自分をまきこむな」とは命じなかった。だから殺した。
契約者を失い存在が消え行く中、私は思った。
ああ。人間はかくも下らない生き物だ。自分の事しか頭にない‥もしこの世に戻ってこれたなら、今度は私が人間を操ってやろう。そいつが破滅していくのを見てやろう。それで笑ってやろう‥それにしてもあいつ、今なにをしてるんだろう‥昔は楽しかったな‥またあいつと色んな話を‥
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私はふいに目覚めた。周りには奇っ怪な建物が立ち並び、見た事のない景色が広がっていた。私の知らない世界だった。
「お、うまくいったぞ!!」
「あ、あなたは?」
「ここは日本の東京って場所。俺の部屋だ。そんな事は良い。おい、お前悪魔だろ?なにが出来る?」
「私は、私の名前は××××‥」
「あ?よく聞こえないんだよ」
「私の、名前は、ア、アル。アルだ」
「名前なんか聞いてねえよ。何が出来るって聞いてんだ。俺高校に通ってんだけど、先生がムカつく奴でさあ。あいつ何とかしてよ。あ、あんたのことはこの本に書いてあった。呼び出したら何でも出来るんだろ?」
「‥」
またか。またこの流れか。いつの時代も人間は変わらんな。それならば
「私にも出来ない事があります。神様というか悪魔にも出来ることと出来ない事がありまして」
すらすら言葉が出てきた。
「はあ?使えねえな。なら契約切るか」
「お待ち下さい。私の専門は睡眠、夢を扱う能力です。きっと満足されますよ?まずは試してみませんか?」
その先生とやらを私の手で殺すことは簡単だ。だけど私はそれをしない。こいつを破滅させてやる。こいつ自身の手で。契約は絶対だ。でも契約の中で私が出来ることはある。それが私がこの世に存在する意味だ。
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「あのーその本、定期的に読んでますよね。ずいぶんボロボロですけど、いつの時代のものなんですかい?」
「これですか?これは唯一の親友のために私が書いた本なんですよ。世界中を旅する魔法使いの話なんです」
「え、あんた友達なんていたんですかい?性格悪いしすぐ人を見下すし。仕事場でも嫌われてたじゃないですか。まあ能力が高すぎるから誰も何にも言わなかったっすけど、近寄りがたいというか‥」
「それ以上言うと怒りますよ。彼女は別です。私が唯一親友と認める存在ですから。学校を卒業すると同時に連絡がとれなくなってしまいましたが、まあ彼女の事ですし、きっと上手くやっているのでしょう」
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「もう後数日で卒業かあ。寂しいなあ」
「お互い、あんまり友達できませんでしたからね。でも私は冥界の神、あなたは違う世界の神の一人。元々存在が違うのですから、いずれ別れが来るのは当然です。‥全然寂しくなんか‥」
「あんまりって全然でしょwてか絶対寂しがってるじゃん!私の事忘れないでよ?」
「忘れませんよ。これまでの日々、本当に楽しかったのですから」
「私も。これから先は長いんだもん。私達は不死身だし、あ、でも私は契約きられたら消えちゃうのかw」
「あなた優秀なんですから。あなたに限ってそんな事はないでしょう」
「またまた。でもさ、連絡はとれなくなるけどさ、これから長い長い時間の中で、もしかしたらいつかどこかで出会えるかもしれないよ?そう思ったら寂しくないじゃない!」
「その時は色々話を聞かせてください。きっと話のネタも増えているでしょう。私も一杯用意しておきますから」
「約束だよ!」
「約束です」
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「久しぶりだな」
「本当に、お久しぶりです。正直、こんな形であなたと再会したくはありませんでした」
「ああ。私もだ。どうする?思い出話でもするか?昔みたいに」
「いや、やめておきましょう。私はあなたの存在を消さなければなりません。今ここで」
「あぁ。そうか。ついに私もここまでか」
「せめて一撃で消してあげます。だから大人しく」
「なあ。学校にいた頃はよく戦ってトレーニングしてたよな。いつも私はお前に後一歩でかなわなかった。他の奴には絶対負けなかったのにさ」
「昔の話は関係ありません」
「いいじゃん。これが最後になるみたいだし。ちょっと位付き合ってくれよ。これまでの長い長い時間、誰とも本音で話さなかったんだからさ。いくぜ」
そうして、力と力の衝突が始まる。
作者嘘猫
遠い過去のお話です。最後の部分だけ少し未来のお話