子供のころから母親に、知り合いを見かけたら必ずこちらから挨拶をしなさいと叩きこまれて育った。
そのせいか大人になった今でも近所の人を見かけるとすぐに頭を下げるという癖がついた。
だけどその癖のせいで今現在大変な事になっている。
それは一週間前。近所の空き地で犬を散歩させているお爺さんを見かけたので、つい反射的に頭を下げてしまったのだが、その後すぐに後悔した。
このお爺さんはもう亡くなっている人なのだ。数ヶ月前に孤独死し、発見された時にはそこの愛犬もお爺さんに寄り添うように息をひきとっていた…
それ以来、仕事からの帰り道にお爺さんがついてくるようになった。
今のところ家の中まで入ってくる様子はなさそうだが、日が暮れてもずっとうちの玄関先に突っ立っているので気になってしかたがない。
いまさらこの癖を植え付けた母親を恨んでも仕方がないのはわかっているし、身寄りもなく寂しく死んでいった老人を、霊媒師さんかなんかに頼んで無理矢理成仏させてもらうのもなんとなく気が引ける。いったいどうしたものか。
そのうちドアをノックされたり、窓から部屋を覗かれでもしたらどうしよう。
「挨拶は大事」な事は間違いなく正しい事だとわかっているのだが、人間とそうでないモノの区別をつけてからでも遅くはなかったと、今猛烈に後悔している。
了
作者ロビンⓂ︎