長編8
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縁切蟹

運命の赤い糸。

皆さんは信じているだろうか。

詳しくは知らないけど、元々は中国の縁結びの神様のお話が発祥らしく、いつか結ばれる運命にある男女は互いの足首に見えない赤い糸が結ばれているそうだ。

日本では少々形式が変わって、互いの手の小指に見えない赤い糸が結ばれている。皆さんがご存知の運命の赤い糸はこちらの方だろう。

けれど、私が知っている運命の赤い糸はそのどちらでもない。

私が初めてその現象を目撃したのは高校に入学してすぐ、これから一年間苦楽を共にするクラスメイトが一人ずつ教壇に立ち、自己紹介をしている時だった。

一人の男子生徒が自己紹介をしていると、ちょうど彼の目の前に座る女子生徒の首の後ろから、にゅるにゅると赤い糸が生えてきた。するとすぐに彼の首の後ろからも同様に糸が生えてきて、二つの糸は生き物みたいにしゅるしゅると絡み合い、やがて一本の糸になった。

まだ言葉も交わさぬ二人がそのとき恋に落ちた。所謂一目惚れ。それから間もなくして二人は付き合い始め、校内でも話題の仲良しカップルとなった。友人を介して聞いた話だと今現在も関係は良好だそうだ。

運命の赤い糸とは初めから結ばれているものだと思っていたけれど、どうやらそうではないらしい。糸が結ばれる為には何かしらの条件を必要とするみたいだ。

あくまでこれは私の推測だけれど、その条件とは「出逢い」と「想い」の二つではないだろうか。二人が出逢い、そして互いを想ってそのとき初めて糸が現れ結ばれる。運命は初めから決まっているわけではなく、自ら見つけるものだと言うことか。運命も一筋縄ではいかないようだ。

二人がこれからどうなるかは分からないけれど、私が知る限りは末永く幸せに暮らすだろう。と言うのも私の祖父と祖母はその赤い糸で結ばれていた。祖父が亡くなった時に糸は切れてしまったけれど、死が二人を分かつまで、その糸はずっと結ばれていた。

そして、悲しいことなのだけれど、私の両親は赤い糸で結ばれていない。この赤い糸は必ずしも両想いになった二人を結ぶものではない。おそらく「生涯を共にする」と言うのも一つの条件なのだろうか。

このように私の知る運命の赤い糸は少々不気味で奇抜である。

かなり希少な現象らしく、赤い糸で結ばれたカップルはほとんど見た事がない。まあ、そこらじゅう糸だらけでは見える私にとっては目障りこの上ないことだ。私が知る限りでは亡くなった祖父母と高校の同級生と、それからもう一組。母の妹である叔母夫婦がこの糸で結ばれていた。

私は幼い頃から幽霊や妖怪が見えてしまう。けれど、それが私以外には見えていないと知ってから、この事は自分だけの秘密にしている。きっと人に話せば頭のおかしい奴だと思われてしまう。それが嫌だったから…。

赤い糸の仕組みを知ったその年のお盆、私達家族は母の実家へ帰省していた。祖母が亡くなってからその家には叔母夫婦が住んでいるのだけど、私は年に数回ここへ訪れるのが楽しみであった。

その理由は大好きな叔母夫婦に逢えるからだ。

「莉柚(りゆ)ちゃんお帰りぃ。相変わらず我が姪っ子は可愛いなぁ」

叔母は私と逢うといつもこうである。私に抱きついて頬擦りし、これでもかと頭をよしよしと撫でてくれる。

叔母は表裏がなく、人懐っこくておおらかな性格は祖母にそっくりである。ちなみ母は祖父に似て頑固で無愛想だ。

子供好きな叔母は姪っ子である私を小さい頃から溺愛していた。叔母自身がなかなか子宝に恵まれず、そのせいもあってか私への溺愛ぶりは凄まじいものであった。

誕生日やクリスマスは勿論のこと、それ以外のなんでもない日でも私に色々な物を買ってくれたのだけど、その過剰な贈り物ラッシュが原因で母と叔母が一度大喧嘩をした事がある。

「甘やかすな」と言う母と、「甘やかしたい」と言う叔母の一騎打ちだ。

長いこと続いた口論の末、私へのプレゼントは誕生日の年に一回だけと言う確約を結んだのだけど、それでも叔母は母にばれないようにこっそりと贈り物をくれた。おかげで私の部屋は叔母の贈り物だらけであった。特にファンシーで可愛らしいぬいぐるみはそこかしこにあった。

友人が初めて私の部屋に訪れたときは「イメージと違う」とよく言われた。確かにぬいぐるみは趣味ではないけど、女子ならそれくらいの一つや二つ持っているものだろう。

一体私にどんな印象を持っていたのだ。

叔母の旦那さんもとても優しい人で、恥ずかしい話だけど私と逢う時は必ずお小遣いをくれた。その時も随分と可愛いイラストがプリントされたポチ袋を渡してれた。

「もう子供じゃないですから」と断ろうとするのだけど、「たまにしか逢えないんだから、これくらいはさせてよ」と、そう言って私の頭を優しく撫でてくれる。

旦那さんは若い頃に塾の講師をしていたそうで、ここへ来たときはよく勉強を見てもらったりした。高校入試のときは大変お世話になったものだ。

二人はご近所さんでも評判の鴛鴦夫婦で、その仲の睦まじさと言ったらない。互いを気遣い、想い合う気持ちは私の両親も見習ってほしいものだ。こっそり爪の垢を煎じて飲ませてやろうか。

私はお仏壇にお線香をあげてから、縁側に腰をおろしてのんびり庭を眺めていた。ここへ来たときのもう一つの楽しみはこれだ。

私が見える事を唯一知っていた祖母と、ここで色々な話をした。私が見てきた色々な怪異の話をすると祖母は優しい表情でそれを聞いてくれた。祖母が幼い頃に見た幽霊や妖怪の話もしてくれた。それ以外のことだってたくさんたくさん話した。

ここは祖母との想い出がたくさん詰まった大事な場所なのだ。だから私はここに来るのが楽しみだった。

すると叔母がやって来て私の横にちょこんと座った。

「莉柚ちゃん、よくおばあちゃんとここでお喋りしてたよね。もしかしたら今莉柚ちゃんの隣におばあちゃん座ってるかもね」

叔母はそう言ったが私の隣に祖母は居ない。

私は見えるくせに身内の霊に逢ったことがない。

お盆と言えばご先祖様が帰ってくると言われているけど、ご先祖様の霊にも逢ったことはない。私が見る霊は大概、事件事故で亡くなったり怨み妬みを残して死んだ人がほとんどだ。

例えば輪廻転生があるとして、私のご先祖様はみんな既に生まれ変わっていて、帰ってくるご先祖様が一人も居ないのだろうか。なら、お盆とは一体なんなのか。別に私はその道の専門家なわけではないので知る由もない。

「なんてね。今日は莉柚ちゃんの好きなお刺身と天ぷらだから、楽しみにしててね」

そう言って叔母が立ち上がると赤い糸がふわっと私の顔の前を通り過ぎる。

祖父母も叔母夫婦も私が物心ついた頃から赤い糸で結ばれていた。後になって運命の赤い糸の存在を知り、それは初めから結ばれているものだと思っていた。けれど同級生が糸で結ばれる瞬間を目撃して、初めて糸の成り立ちを知ることができた。

この糸は不思議なもので絡まったところを見た事がない。一度叔母の買い物について行って糸の仕組みを知ろうとしたことがある。叔母の旦那さんは家に、叔母は車でだいぶ離れたスーパーへ行ったのだけど、糸は切れることなくどんどん伸びていく。

そしてどんな障害物を物ともせず、糸はそれらを全てすり抜けていった。見える私は触れることができるのか試してみようとしたけど、「もし私のせいで糸が切れたらどうしよう」と赤い糸には一度も触れたことはなかった。

そして気になるのはここまで伸びた糸が果たしてどうなるのか。キロ単位でびよーんと伸びてる筈だから、ここから家まで戻ったら鞄の中に入れたイヤホンのコードよりもひどい絡み方をするであろう。

けれど何故かそうならない。家に帰ると糸は巻尺のように程よい長さに戻っているのだ。妖と同様、この糸も得体が知れない。私が赤い糸に関して分かっているのは結ばれる仕組み(あくまで私の推測)とそれから糸が切れる瞬間、それだけだ。

…いや、それだけじゃない。

もう一つ、この糸に関して私が知っていることがある。

「莉柚ちゃん今日で帰っちゃうのかぁ…、夏休み終わるまでいればいいのに…、ていうかもうウチの子になっちゃえばいいのに…」

叔母は私と別れるときはいつもこうである。私に抱きついて頬擦りし、これでもかと甘えてくる。そして旦那さんが「まあまあ、またすぐに逢えるんだから」と宥めるのが一連の流れだ。

私はこうして叔母が甘えてくるのが嫌ではなかった。私の事をこんなに好きでいてくれるのが嬉しかった。できるものなら本当にこの夫婦の娘になっていいと思ったこともある。でも、それは両親に申し訳ないので実行に移すことはないけど、それくらい私はこの二人が大好きなのだ。

その日、朝食を済ませた私はまた縁側でぼーっと庭を眺めていた。またしばらくこの景色ともお別れか…。そんな事を思っているときだった。

———ぼとっ

後ろで何かが落ちる音がした。見るとそこには鋏だけが黒い斑模様の蟹が居た。蟹と言ってもそれは私にしか見えていない妖の蟹。蟹が落ちたのはちょうど居間で寛ぐ叔母の旦那さんの真後ろで、首の後ろから伸びる赤い糸のすぐそばだった。

ひっくり返った蟹はくるんと起き上がると黒い鋏に糸を引っ掛けてそのまま…。

「あっ…!」

「ん?どうかした?」

きょとんと私を見る旦那さんの首から垂れる糸が黒く染まっていく。糸はまるで腐った肉塊みたいにぼとぼと畳の上に落ちていった。

一瞬のことだった。私は何もできなかった。見えているのに…、見えてるくせに何も…。

「…ごめんなさい、何でもないです…」

蟹は器用に鋏で糸の成れの果てを掴むとそれ口へ持っていき、くちゃくちゃと耳障りな音を立てながら貪り喰っていた。

二人の糸が切れてしまった。もしかしたらすぐ糸が生えてきてまた結ばれるんじゃないかと思ったけど、二人の首の後ろから糸が生えてくることは二度となかった。しばらくして蟹は腹が満たされたのか、我が物顔で私の前を通り過ぎると庭に出て、そのままどこかへ行ってしまった。

糸が切れた二人はどうなってしまうのか。もしかしてこのまま別れたりするのだろうか。でも私達が帰るとき、二人はいつもと変わらない優しい笑顔で見送ってくれた。今更糸が切れたからって二人には関係ない。あんなに仲の良い二人なんだからきっと大丈夫だ。

けれど、それから数ヶ月が経った頃、母から叔母夫婦が離婚すると知らせを受けた。

糸が切れたあの日から、今までが嘘のように二人の仲は険悪になって毎晩口論が絶えなかったらしい。そしてあるとき、旦那さんが叔母に手をあげてしまった。それが別れるきっかけになったそうだ。

離婚後、元旦那さんは自分の実家へ帰り、叔母はあの家に今も一人で住んでいる。時々訪れるといつもと変わらない優しい笑顔で出迎えてくれる。そしていつにも増して私にべったりくっつくようになった。

あれ以来、私は蟹が大嫌いだ。見るのも嫌だし食べるのも嫌になった。あの蟹が現れなければ、今も二人は幸せに暮らしていた筈だ。あんなに仲の良かった二人が別れるなんて絶対にありえない。

全てはあの蟹のせい。

…いや、もっと私が早く蟹に気づいていれば、もしかしたら糸が切られるのを防げたかもしれない。見えているならそれができたかもしれないのに…。それが今でも悔やまれる。

これが私の知る運命の赤い糸と、縁を切る蟹の話だ。

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皆さんコメントありがとうございます!
お一人お一人にちゃんとお返事したいので、とりあえず感謝のコメントを残しておきます。
本当にコメントありがとうございます!

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蟹め!あまり好きじゃないけど、この話を読んでますます嫌いになりました(笑)

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