短編2
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「苦しくなったらこのボタンを押すのですよ」

ナースコールの端末を握らせて看護師が出てゆく。

緩和ケア病棟は私のような末期がん患者を入れておくところだ。

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ただ死を待つだけの場所。

白いカーテンで仕切られた空間には死臭がみちている。

点滴の中身は抗がん剤などではなくモルヒネだ。

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死ぬのは恐い。

だが日に日に衰えゆくこの身はすでに生への執着を失っていた。

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……眠い。

鎮痛剤を打った後はいつもこうだ。

目を閉じてまどろみかけた――そのとき。

〈コウスケ〉

不意に名を呼ばれた。

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いつの間にか目のまえに少女の顔があった。

サラサラとした黒髪の先端が鼻さきへふれている。

……どこの子だろう。

勝気そうなひとみ。

そのひとみがつりあがる。

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〈いつまで寝てるつもり〉

そこでようやく気づいた。

十歳のとき死んだ姉だった。

〈さあ行くよ〉

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ちいさな手がさしのべられる。

枯れ枝のような私の指がその手をつかんだ。

途端これまでとは比較にならない激痛が襲ってきた。

まるで心臓に棒を突っ込まれたようだ。

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呻吟し、苦痛に耐えかねてナースコールのボタンを押す。

「どうしましたっ」

看護師が駆け込んでくる。

しかしそのときにはすでに私の精神は肉体から切り離されていた。

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看護師が慌てふためく様子を天井からぼんやり見おろしている。

〈ほら早く〉

姉がまた手を引いた。

私はついに観念してうなずいた。

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とつぜん糸の切れた凧のように体がぐんぐんと急上昇をはじめた。

見おろす視界のなかで八十年暮らし続けた街がしだいに遠ざかってゆく。

やがて地球の輪郭が米粒ほどになったとき、

下界のどこかで医者が「ステルベン」と言うのが微かに耳にとどいた……。

Concrete
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