中編3
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履物

とある民宿で聞いた話。

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そこは昭和の初めが創業という、小さいが歴史のある民宿だった。

民宿には、創業当時から続く不可思議な現象があった。それは毎年決まった日の早朝に、見知らぬ履物が二足玄関に並んでいる、というものだった。

民宿なので、人の出入りは多々ある。初めのうちは、夜中に酔った客が置いていったのだろうと気に留めていなかった。

しかし、その履物は宿泊客のものでも従業員のものでも、出入りの業者のものでもなかった。どこにも持ち主がいないのだ。

単なる誰かの忘れ物かもしれないが、前夜に玄関の見回りをしたときにはなにもない。朝になると忽然と現れるのだ。

しかも、履物が現れる日は毎年決まっていた。年に二回、同じ日の朝、まるで決まりごとのように出現する。

現れる日にちがわかっているのなら、と、前夜に夜通し見張りをしたこともあった。しかし、見張りがちょっと目を離した瞬間、それこそ一瞬の隙をついて、履物は姿を現した。

祟りかなにかなのだろうかと、何件かの寺社や霊能者にお祓いを依頼したこともあったが、原因もわからなければその現象が止むこともなかった。

最初のうちは民宿の主人も、原因を突き止めようと躍起になっていた。しかしやがて諦めたのか呆れたのか、履物が現れるのに任せるようになったそうだ。履物は、現れるだけで悪さはまったくしないのだから、あるのかどうかもわからない原因を探るよりも、受け入れてしまった方が賢いやり方かもしれなかった。

こうしてその民宿では、今も決まった日に履物が現れ続けているのだという。

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「それはまた不思議な話ですねぇ」

私は主人にそう言った。彼はこの民宿の三代目で、生まれたときからこの不可思議な現象に出くわしている。

「一体いつ、その履物が現れるんですか?」

主人はイヤイヤと苦笑した。

「それは言えませんよ、うちも客商売ですからね。ですが、なにかの記念日とか語呂合わせとか、そういった因縁めいたものは全然思い当たらない日、とだけ。

祖父も父もその日にちについて色々調べていましたが、結局はっきりしたものはわからないままです。僕からしたら、その日はすっかり『履物の日』ですよ。なにしろ生まれたときからそうなんですから」

「なるほど。ところで、現れた履物はその後どうなるんですか?」

「現れたら現れっぱなしです。どこから来たのかは知りませんが、しっかり実体があるんですよね。昔は毎回お祓いの後お焚き上げをしてもらっていたそうですが、今は面倒なのでね。正月に古いお守りなんかと一緒に焼いてもらっていますよ。神社でやっているから、問題はないでしょう」

主人は豪快にカラカラと笑った。

「感心するのはね、履物がちゃんと時代をわきまえていることですよ。祖父の代に出てきた履物は草履や下駄が多かったようですが、最近の主流はスニーカーや革靴、ハイヒールなんかです。一度、内側がモコモコの流行りのブーツ、あれが出てきたこともありましたからね。幽霊の仕業か狐狸の類かはわかりませんが、研究熱心なことです」

主人の話に、モコモコブーツの正式名称がわからない私も大いに感心したのだった。

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