短編2
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寒露の井戸と恋月夜

あの人の婚礼の日、私は、お屋敷の井戸に身を投げた。

井戸の周りには、満開の野菊が、さわさわと音を立てて揺れていた。

日はすでに傾きかけ、賓客たちが一人二人と席を立ち、どこか忙(せわ)しない雰囲気が漂っている。祝宴もたけなわといったところなのだろう。

女中のひとりやふたり 姿が見えずとも、誰も気に留めやしない。

そう、私のことなど。誰も。

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井戸を覗き込むと、白装束に身を包む わが身と思しき女の影が、はるか下の水面に映る。

毎日、水面に映るわが身を見ては、つるべを落とし、桶に何度も何度も水を汲んだ。

叶わぬ恋だった。もうどうにもならないと、ここに来ては泣き崩れた。

それも、もう今日で終わる。

終わらせる。

終わらせなければ。

深い闇に落ちる時、菊の花びらが、ひとひら零れ落ちるのが垣間見えた。

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花の盛りを散らしてしまうのかい。

―構いません。あなたのためなら。

お菊の笑顔は、私を照らす満月のようだ。

私を抱いたあの夜。月明かりが差し込むあの部屋で、あの人は、そう呟いて顔を伏せた。

―あぁ、いつまでも この夜が、この月が輝き続けていればいいのに

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凍えるような怖気に身が震えた。気が付くと、辺りは真っ暗闇で、遥か天上には、ぽっかりと見事なまでの満月が私を見下ろしていた。その月も、ぼんやりと霞みがかかり、やがて見えなくなった。

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「おーい、あったぞ。見つけたぞ。」

十月下旬。いつもなら紅葉狩りで賑わうはずの旧市立図書館の跡地は、人だかりで騒然としていた。

「井戸の上に建ってたってことですか。そりゃヤバいわ。」

「まいったな。井戸だけじゃなく、中から人骨が出てくるとはなぁ。」

採掘現場の作業員が訳知り顔で呟く。

「司書の話によると、ここは、昔お武家様のお屋敷だったらしい。跡継ぎが次々他界して没落したってことだが。」

「ほう。いわくつきですな。人骨と関係あるんですかね。」

作業員の足元に咲く野菊の花びらが、ふわりと揺れた。

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叶わぬ恋ですね。何とも切なくなりました。

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