中編4
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絡みつく冷たい手

「おい篠原、お前聞いたか?」

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深夜の携帯電話。

それはK の何か切羽詰まった感じで始まった。

K は大学の友達だ。

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「何を?」

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意味が分からず暗いベッドの中で聞き返す俺。

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「N 美、死んだってよ」

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「は?」

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訳が分からなくて思わず聞き返す。

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「同じ学部のA 子から聞いたんだけど、今朝マンションのベッドの中で亡くなっていたんだって。

練炭自殺だったらしいぞ。

なんか心当たりないか?」

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「心当たり?そんなのあるわけないだろ」

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俺はK に答える。

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「なら良いけど、明日の晩は通夜らしいから場所知りたかったら後で電話くれよ」

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「ああ、、、」

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連日のバイトで疲れていた俺は、曖昧な返事で電話を切った。

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N 美は俺の彼女だった。

つまり元カノというやつだ。

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K には心当たりが無いとは言ったが、そうとは言えなかった。

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それは10日前のこと、、、

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早朝4時にラインのコールが鳴った。

眠い目を擦りながら画面を見ると、N 美だ。

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─ったく、こんな時間に一体なんだよ

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一人愚痴りながらラインを開く。

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やっぱり淳は私のことなんかどうでもよかったんだね。

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いきなり意味不明のメッセージだ。

いつもこうだ。

取り敢えず返す。

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何?どういうこと?

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昨日は何の日だったか覚えてる?

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昨日?、、、ごめん、全く分からない

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淳と私が初めて手を繋いだ日だよ

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は?、、、

そんなこと、いちいち覚えてないしwww

だいたい、今何時だと、、、

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もういい!別れる!

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N 美の自己中にはほとほと疲れていた俺は良いタイミングと思って、

分かった

とだけ返した

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N 美とは、それきりだ。

僅か半年の短い付き合いだった、、、

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N 美への愛情がすでに冷めていた俺にとっては、彼女の訃報でさえも何らの感情を動かすものではなかった。

冷たい奴と言われるかもしれない。

でも男と女なんてそんなものだろう。

お互いの気持ちが通じ合っている間は身内以上に大事に思うのだが、絆が切れると街ですれ違う他人のように成り下がってしまう。

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また今だからはっきり言えるが、彼女は異常だった。

独占欲と虚栄心の固まりのような女だった。

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デートはこっちの要望も無視して、常にテレビで紹介されるような有名レストランに連れて行かされた。

単に後から友達に自慢するためだけだ。

もちろん支払いは全て俺。

苦労してバイトで稼いだ金はほとんどこれで消えた。

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またデートの時に一瞬でも他の女性に視線を動かそうものなら即、無言で家に帰った。

その後にどんな予約があってもだ。

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また会わなかった日は必ず夜に、その日の行動報告をさせられた。

報告を忘れたら即浮気認定だ。

サークルの飲み会にでも行こうものなら、その場でその時の写真をラインに送らされた。

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俺は携帯を枕元に置くと、しばらく天井の幾何学的な紋様を眺めてから再び目を閉じる。

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しばらく意識は微睡みの沼を浮かんだり沈んだりしていたが、やがて暗い暗い沼の底へと沈んでいった。

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…………

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生暖かい風が左の頬をくすぐっている。

同時に潮の香りが仄かにする。

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雲一つない青空が広がっていた。

遥か彼方の水平線を横目にしながら俺は浜辺を歩いている

なぜか右横には薄黄色のワンピース姿のN 美がいた。

頭一つ身長に差があるから、その顔は全く見えない。

だがなぜだかそれはN 美という感じがした。

二人の距離は歩くごとに徐々に近づいていき、時折お互いの指先が触れあう。

そして終いにはしっかりと繋ぎ合うようになった。

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─冷たい、、、

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繋いだN 美の手はまるでマネキン人形のように冷たかった

俺は質問する。

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「N 美の手はどうして、こんなに冷たいの?」

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N 美はさっきからうつむき加減だった顔をようやくこちらに向けた。

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途端にゾクリと冷たいものが背中を走る。

心臓が激しく拍動を始めた。

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長い黒髪に飾られたN 美の顔は土色で頬が痩けており、二つの目は空洞のように黒く落ち窪んでいる。

そして干からびた紫色の唇を醜く歪めて、こう言った。

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「あなたからの最後のラインの後、私は悩み苦しみ、その果てにこうなった。

だからあなたも私と同じ世界に落ちなきゃね」

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「わぁぁぁ!」

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俺は必死に繋がれたN 美の手を振りほどこうとした。

だがその力は思った以上に強くて出来ない。

やがてN 美の身体はズブズブと砂浜に沈み始めた。

俺は蟻地獄に捕まったかのように彼女の手に引っ張られて砂浜の下に沈んでいく。

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「た、た、助けて、、、

苦しい、、、」

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身体全体にずっしりとした砂の重みを感じながら、俺は暗い砂の中に沈んでいった。

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…………

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ここで目が覚めた。

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心臓の激しい鼓動を喉元に感じる。

呼吸の乱れが半端ない。

額から流れる冷たい汗が頬をつたっていき顎先から落ちた

カーテンの隙間からの月明かりで天井の紋様をようやく確認出来た俺は、一つ大きく安堵のため息をついた。

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呼吸が落ち着いてきたところで、トイレでも行こうと起き上がろうとした時だった。

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─え?

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上半身がマットに引き戻され、起き上がることが出来ない

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ようやくその理由が分かった途端、再び心臓が激しく拍動し始めた。

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ベッドから垂らした右手を誰かが掴んでいる!

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その手は冷えた陶器のように冷たかった。

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俺は喉元に心臓の鼓動を感じつつ激しく呼吸しながら、懸命に右目でベッド横にある姿見に目をやる。

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ベッドの下の暗がりからは静脈の透けた白く細い腕が伸び、俺の手をしっかりと掴んでいた。

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Fin

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Presented by Nekojiro

Concrete
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