『橋姫の章』
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さかのぼること嵯峨天皇の時代、とある公卿の娘に橋姫という女性がいました。
橋姫は何やら大恋愛なるものをしていましたが、大変お気の毒なことに失恋してしまいます。
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ブロークンハートの橋姫は近所の貴船神社に七日間も籠り、
「自分を鬼にしてください!何でもしますから!」
と、血迷ったことを一心不乱に願い続けました。
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自暴自棄を完全にこじらせた橋姫の前代未聞のお願いに、貴船神社の神様もほとほと困り果て、
「鬼みたいなカッコして宇治川にでも二十一日くらい浸かっとったらえぇんちゃう?」
と言うと、それを本気にした橋姫は実行に移します。
ピュアピュアのピュアですね。
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橋姫は白装束を身にまとい、顔や胸を真っ赤に塗りたくって、
五つの束にした髪の毛を角に見立てて逆立ててから鉄輪(かなわ・鉄の輪に三本足がついたヤツ)を引っくり返してかぶり、
火がついた松明を両手と鉄輪の三本足とに計五本を装備した姿で夜な夜な自宅からBダッシュで宇治川へロケットダイブして浸かりました。
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ちなみに、このカッコは丑の刻参りの正装ですので、どうせやるならこれくらい本格的にやってください。
(絶対にオススメはしない!絶対にだ!)
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そんな力を入れすぎた一人ハロウィンをした橋姫の姿を夜道で見かけた人は、ビックリしすぎて死んだらしいです。
明かりもない夜道でそんなもん見たら、わたしも死ぬかも知れません。
とにかく、本当にそれを律儀にやり遂げた橋姫は、念願叶ってガチの鬼へとなり果てました。
鬼神となった橋姫は、ホレていた男とその相手、ついでにその相手の一族を呪い殺したことでリミッターが外れて暴走モードに突入し、目に入る人全てを呪い殺し続けました。
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さながら無差別通り魔の橋姫に困っていると、渡辺綱というちょっと美味しそうな缶詰めみたいな名前の一人の漢が立ち上がりました。
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夜の都をツナパトロールをしていると、一条戻り橋で雪のように白い肌のマブいスケが一人でいるのを発見し、綱は心配して声をかけます。
「お嬢さん、ここは鬼が出る噂があるので、おうちまで送りましょう。大丈夫です!下心なんてありませんよ!ちょっとしか!!」
送り狼を申し出た綱に、女性は「じゃあ、シクヨロ♪」とお言葉に甘えます。
そして、しばらく歩いていると、女性は綱に「うちは都を出たトコなんだけど、いいっスか?」と訊くので、綱は二つ返事で快諾しました。
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その瞬間、女は綱の髪をむんずとつかみ、空へフライアウェイしようとします。
しかし、綱も綱とて急にゴキブリが出ても眉ひとつ動かさずに新聞紙を丸めるくらいの剛の者でしたので、慌てずにスラリと刀を抜くと、女の腕を躊躇なくズバッと斬り落として難を逃れました。
見ると、その腕は白いどころかゴリゴリに真っ黒で、針のようにおっ立った銀色の腕毛がボーボーに生えていたそうです。
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綱は鬼の腕を土産に、かの有名な陰陽師の安倍晴明に相談すると、
「あんさんは七日間謹慎しとって?腕の方はこっちで上手いことやるさかい」
と、頼もしいことを言ってくれたので、その通りにしました。
この橋姫の腕を斬り落とした刀は、鬼丸國綱と呼ばれるようになり、皇室の御物(天皇家の宝物)になっています。
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その後の橋姫ですが、何やかやあって、水神として祀られ、橋の守り神をやったりしているようです。
ただし、橋姫のいる橋でイチャついたり、他の橋のことを褒めたりすると、悪いことが起きて、
「もう!災厄!」
みたいなことになるそうなのでご注意を。
何はともあれ、めでたしめでたし
作者ろっこめ
今回ご紹介する鬼は、丑の刻参りの元祖になったと言われている橋姫です。
一ケタ世紀からの伝承なので、多少は盛っていると思いますが、橋姫さんの姿を想像すると、なかなかに恐ろしいんじゃないかと思います。
調べているうちに、自らの意思で人が人ならざるモノへと変貌する一例として、昔の人は語って聞かせていたんじゃないのかな?なんて思いました。(個人的主観)
むかし話や民話、伝承、伝説……知れば知るほど面白い!
そんな風に思っていただけたら、うれしいです。