俺は、親父の仕事のせいで、行きたくもない学校に転校させられた。そこは、中高一貫の私立校で、いわゆる落ちこぼれのゆく底辺校として有名だった。
本業だけで食っていけない俺の親父は、ここで英語の教師をしている。
いわゆる、労働型副業ってやつ。
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「おい、村上。これなんだかわかるか?」
渡辺は、薄いオレンジと茶色がかった消しゴムぐらいの塊をポケットから取り出し、俺の鼻先に突き付けた。
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「知らねぇよ。きったねぇな。どっから拾って来たんだよ。」
「け、おまえ、親父が牧師の癖に、肝心なことはなんも知らねぇんだな。」
渡辺はそういうと、不敵な笑みを浮かべながら
「これはな。死海の塩なんだよ。」
と、自信たっぷりに顎をしゃくって見せた。
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「死の海と書いて、死海な。おまえの親父の教祖様の生まれた国にある そら怖ろしい海な。」
(途方もないことを言いやがる。こいつ本当にバカな野郎だ。)
「嘘つけ。そんなもん嘘に決まってるだろ。そもそも、どうやって手に入れたんだよ。」
「嘘だと思うなら、舐めってみろ。塩だぞ塩。それも、かなり塩辛い。死ぬくらいしょっぺぇ。」
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俺は、渡辺の手を払いのけ横を向いた。
「どこから手に入れたかって。教えてやるもんか。いいか、覚えてろよ。俺は、お前を殺す。合法的な手段を用いてな。」
「合法的手段ってなによ。俺を呪い殺そうっとでもいうの。おまえのほうこそバカじゃね。」
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「あぁ、察しがいいじゃねぇか。そうだよ。呪い殺すんだよ。こいつとこいつを使ってな。」
渡辺はそういうと、今度は、細長い麻布の切れ端のような物を取り出すと、自慢げに見せびらかした。
「お前、これが何だかわかるか。」
目の前に突き付けられたそれは、直感でヤバいもののような気がした。
(まさか。嘘だろ。)
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俺は、あの歴史的発見を伝えるニュース映像を思い出し絶句した。
「こ、これは、死海文書の一つじゃないよな。」
ぐふぁははははは
渡辺は、わざとらしく大げさに哄笑した。
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「ほう。これは、知っているんだな。お前、エヴァのファンだものな。『人類補完計画』ってが。」
「おまえのほうこそ、『人類補完計画』をちゃんと理解してほざいているんだろうな。」
俺は、社会現象となった伝説のアニメをバカにされたようで腹が立った。
『人類補完計画』は、渡辺の頭では、到底理解できないであろうと思う。
というか、実は俺も、よく解っていないから、余計に頭にくるってわけだ。
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「け!辛気臭い顔しやがって。俺はお前が大嫌いなんだよ。村上信慈(しんじ)君。」
渡辺は、ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべながら毒づいた。
「うるせぇ、黙れ!こん畜生。俺の名前を勝手に口にするな。殺せるもんなら殺してみろ。逆に、呪い返ししたるわ。」
「まぁ、楽しみに待っとって。明日の朝には、お前はもうここにはいないんだから。」
「やかましい。帰る。いいか。そう簡単に人を殺せると思うなよ。」
俺は、そう怒鳴ると、踵を返してその場を立ち去った。
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「逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。シンジくん。」
フフフフフフフフ( ^ω^)・・・
俺を揶揄する渡辺の声がする。
俺は、教室を出て、突き当りの廊下を右に曲がり、西校舎の階段を下った。
忌々しい渡辺の声が私の背中に突き刺さる。
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「村上 死ね!」
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(やばい、やばいよ、ガチならやばい。)
帰路の電車の中、道の途中…あいつの前では、強がってはみたものの、実際、殺人予告をされていると思うと、冷静かつ落ち着いてなどいられない。
当たり前だよな。
所詮、ただの脅し、悪ふざけさ。
と、何度も言い聞かせるも、足が地についていないようなふわふわした感じがして気分が悪い。まさしく、生きた心地がしないとは、こういうことをいうんだろうな。
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俺は、やっとの思いで、帰宅し、飯も食わず、風呂にも入らず部屋にこもった。
一睡もできぬまま、朝を迎えたが、結局、何も起こらなかった。
俺は、まだ、生きている。
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朝めし前、親父に、
「死海文書って、一般人でも簡単に手に入れられるものなのか?」
と聞いた。
「あぁ、一時期そんな話もあったようだがな。未だによくわからん。すべてが謎だ。解らんことには、良からぬことを思いつくものが、必ず付いて回る。ってことだ。なんでまた、死海文書なんだ。」
「え?うん。ちょっと、アニメにさ。出て来たから。知りたいと思って。」
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「YouTubeや漫画ばっかり見てないで、少しはまともな本を読め。」
と一喝される。
「安心しろ。もう、転校は、しないから。」
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「ただし、おとなしくしていること。揉め事は、出来るだけ起こさぬように。」
親父は、射貫くような眼差しで威嚇してきた。
「お、おぅ。わかったよ。」(;'∀')
時々、親父は、変貌する。
「こえぇんだよ。親父。」
俺は、結局、心安らぐ間もないまま、そそくさと家をあとにした。
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歩きながら思う。
父子家庭になって久しい。
母親の顔は知らない。
忘れた。
いや、少し違う。
忘れることにしたんだった。
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渡辺のせいで、一睡もしないまま登校する羽目になり、怒りも頂点に達していたが、その実、何事もなくて安堵する自分がいた。
学校までの道のりは、睡魔が襲ってきてどうしようもない。
(くそ、ずるやすみするんだったな。)
途中、コンビニでエナジードリンクを買って飲むも、今日ばかりは利きそうもなく、半分眠りかけながら、学校に着いた。
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校舎の離れに位置する礼拝堂。
そこに続く渡り廊下前に、人だかりができていた。
パトカーが数台校門の前に横づけになっており、たった今、俺の目の前を救急車が走り去っていった。
朝から騒然とした雰囲気だ。
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こんもりした野次馬の輪の中に、バンド仲間のY子を見つけた俺は、それとなく聞いてみることにした。
「おい、何があったんだよ。」
「なにあんた、今頃登校か?相変わらずねぇ。驚いたわ。あの渡辺がさ。礼拝堂で、倒れて死んでいたんだよ。」
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Y子の話によると、
深夜、警備会社に何者かが学校敷地内に侵入したらしいとの連絡があり、警備員が駆け付けてみると、誰もいないはずの礼拝堂から、女の人のうめき声と 籠るような低い男の声がしたという。
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恐る恐る中を覗いてみるも誰もいない。
さっきまであった人の気配もなくなっていたんだそうだ。
それで、警備員は、そのまま施錠して帰ったらしい。
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今日の朝礼の奏楽当番だった音楽部のN先輩が、オルガンの練習をしに来て、いつもは閉まっているはずの礼拝堂の扉が開いているのに気づいた。
違和感を感じて、礼拝堂の中に入ってみると、渡辺が歴代の学園長が描かれた肖像画の前で、あおむけの状態で亡くなっていた。
と、かいつまんでいうと こういうことらしい。
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「渡辺先輩。どうしてこんなことに。私、好きだったのに。」
「渡辺さん、酷い。あんなに元気だったじゃない。」
ヤンキーこじらせ女子のすすり泣く声が、あちこちから聞こえている。
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渡辺の死因に関しては、不明とのことだった。
遺体の傍らには、暗号文のような文字が書かれた薄い紙と岩塩のような石の塊が、麻布のような細長い布に包まれたまま、置かれてあったと。
渡辺は、本当に、俺を呪い殺すつもりだったんだと思い、再び恐怖が襲ってくる。
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それにしても、なんで、渡辺に呪いがかかってしまったんだろう。
結局、何も分からなかった。
細長く丸まった麻布と、岩塩の塊 昨日、渡辺が俺に見せてくれた二つのアイテム。、果たして、それらは、本物だったかそうかすらわからなかった。
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仮に本物だとして、それらを使って、呪いをかける。そんなことが実際にあり得るのだろうか。
死海の塩の塊だったのか、死海文書だったのか、俺にはわからない。
仮に、本物だったとしても、そんなものがここにあるなんて誰も信じないと思うのだが。
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渡辺が亡くなる前に会っていた俺は、事件のカギを握る重要参考人として警察に呼び出された。未成年ということや、他いろいろな事情があるためか親父と二人で来てくれということだった。
まぁ、渡辺と俺は、仲が悪かったものの、似ている部分も多かったから、当然と言えば当然なんだが。
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俺は、正直に話そうと思ったが、後からめんどくさいことになるのも嫌だったし、渡辺が、俺を呪い殺そうとしていたことは黙っていようと思った。
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ところが、警察は、渡辺の交友関係。特に、異性間について交流はなかったかどうかの情報を教えてほしいと言ってきた。意外だった。
渡辺は、俺と違い、美形だったし、結構、モテていたと思う。
だが、色恋話は、一度も聞いたことがない。
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その時、遺体の傍にあった薄い紙に書かれた暗号文めいたものを見せてもらったのだが。
想像以上に汚い字に驚いた。
その上半紙のように薄い紙に書かれてあったため、所々破けたり、薄くなったりして、かなり読みにくい。
後から、警察の人が、どんなものが書かれていたのかわかるように書き直した写しを見せてくれた。
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それでも、これら一連の文字が、何を意味するのかが皆目見当がつかなかった。
親父は、このwは、渡辺さんのアルファベットの頭文字ではないかと言っていたが、その程度の推理ならだれでもできる。
警察の人も苦笑していた。
(親父頼む。カッコいいふりするな。ここは、教会じゃねぇ。)
俺は、心の中で呟く。
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それが、その写しだ。
|−日− − − /+― −日I+||ー日 W
要するに、アルファベットのWの前に書かれてあるマッチ棒のパズルのような暗号文が何を意味しているかが知りたいわけなんだが。
親父は、取りつく島がないと頭を抱えていた。
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帰宅してから、俺は、再度、写しに書かれてあった マッチ棒のパズルのような暗号文を記憶を頼りに書きあげてみた。
それが、なんというか、全くと言っていいほど、手掛かりがつかめない。
お手上げ状態のまま、ベットに横になった。
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それから、何気なく、暗号文の書かれた紙を上下左右にくるくる回してみる。
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え?
それは、全く偶然の出来事といってもよいほど衝撃的だった。
俺は、大急ぎでベットから起き上がると、紙を裏返しにしてスタンドの灯りにすかしてみた。
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すると、
М 日―||+I 日− ―+/− − −日−|
となる。
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更に気づいたことがある。
このマッチ棒のパズルのような暗号文は、死海文書に書かれたような古代文字でもなければ、たいそうな意味が書かれているわけでもない、要するに、そんなに難しいもんじゃないってことだ。
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渡辺が亡くなる前夜、一番下の妹が、部屋でしきりに電卓を打ちながら、「これ、使えるなぁ。」と呟いている渡辺の姿を目撃している。
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「電卓?」
なんで電卓なんだ。
俺は、電卓のキーを何度かアトランダムに押してみた。
それから、さっきの暗号文らしきものが書かれていた写しと同じように、電卓の本体を、2,3回上下を逆にしてみたりした。
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ほ、ほんとかよ。
なるほど。
そういうことだったのか。
俺は、拍子抜けするほど簡単な暗号文に、ほっとすると同時に、新たな疑問がわいてきた。
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果たして、この程度で、人を呪い殺せるものなんだろうか。
いったい、渡辺は、何をしたんだろう。
そもそも、あいつが俺に見せてくれたものは、どこから手に入れた物なんだろう。
渡辺の家族も、警察ですら入手先が解らないと言っていた。
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死海の塩 死海文書もどきの麻布
そんなものを持っている奴なんて、そう多くはないよな。
嫌な汗が流れて来た。
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それと、もう一つ。
これが一番 不愉快で恐ろしい事実なんだ。
そう、学校は、男子禁制の女子校なんだよな。
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親が、俺に、信慈(のぶよ)って変な名前つけるもんだから。
渡辺みたいなバカに絡まれて、どこに行っても えれぇ迷惑しているんだけどね。
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俺は、生物学上「女」なんだってさ。
渡辺も、俺とおんなじ悩みを抱えていたらしい。
俺は、「女」じゃねぇよ。
俺は、俺だ。
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あいつは、器量よしだったから 俺よりはまし。
宝塚スターみたい だって。
騒がれていた。
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「んなもんしるか。」
「キャーキャー言いやがって。えれぇ迷惑!」
って、いつもイライラしていた。
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結局、俺たちは浮いていたのさ。
どこにいっても、浮いていたのさ。
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塩の海「死海」に浮かぶ
「死体」のようにね。
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いつの間にか、眠りに落ちていた。
ベットに横たわる俺の傍らに 寄り添うように親父がいる。
俺は、親父の胸に顔をうずめため息をつく。
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「警察で聴かれたんだ。渡辺の異性関係。」
「そうか。」
「もちろん、何も言わなかったよ。言えないさ。」
「・・・それでいい。それでいいんだ。」
「なんか、生きにくいんだけど。疲れるんだよね。こういうの。」
「大丈夫。何の心配もない。今までとおり ふたり仲良く暮らそう。」
親父は、俺の肩を抱き寄せると、口元にやわらかな笑みを浮かべ、枕もとのスタンドの灯りを消した。
作者あんみつ姫
今年一年、お世話になりました。
感謝申し上げます。
それでは、良いお年をお迎えください。
新しい年も、どうぞよろしお願いいたします。
謎解き 暗号文は、あまり深く考えるとガッカリします。
ヒントというか、答えは、よーくよーく読めば、マッチ棒を並べたりしなくても、答えはすぐに見つかります。
今年の締めがこんな作品ですみません。