短編2
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狡猾

秋暮れ、私が神主をつとめる神社に女性が一人訪ねてまいりました。

彼女の首には紐状の痣がくっきりと浮かび上がっており、顔色は死人のごとく青ざめておりました。

私はその女性が皆まで言う前に、どんな用件で訪ねてきたのかを察っすることができました。

ですがとりあえず、私は女性を境内に招き入れ、話に耳を傾けることにしたのです。

座布団を敷き、お茶を出すと、女性はぽつぽつと語り始めました。

きっかけはわからない。

ただしきりに頭の中で誰かが語りかけてくる。

 首。くくれ。

ただただ、そう語りかけてくる。

疲れているのか。

仕事が多忙だったこともあり、それからは帰宅したらすぐに寝るようにした。

だが、何もかわらない。

体調はすこぶる良いのだが、まだ声は語りかけてくる。

 首。くくれ。

精神科医に診察してもらい、薬を処方してもらったが何の効果もない。

ただ、聞こえるのだ。

 首。くくれ。

しまいには夢にまで…。

 もう、おしまいにしようかな。

女性はぽつり。

私はその必要はないと言い聞かせました。

これは縊鬼(いき)の業です。

縊鬼とは江戸の時代より、此岸の人間に取り憑いては首をくくらせ、彼岸に連れて行く鬼であります。

私は以前、一匹の縊鬼を祓いました。あの晩は苦行でした。

今まで会った縊鬼の中でも、最も狡猾なやつでした。滅することは叶いませんでしたが、なんとか子供の尊い命は救うことができました。

ですから今回も縊鬼を祓うべく、私はすぐに祈祷の準備に取り掛かりました。

準備は入念に行います。

前回は取り逃してしまいましたから、今回は結界を張って逃げられないようにしなくてはいけません。

護符を四方に張り巡らし、しめ縄で施錠する。

こうして祈祷の準備は整いました。

そこからは本当に長い戦いでした。

祈祷を唱え始めると、すぐに女性は悶え苦しみ始めます。私はひたすらに経を唱えました。丑の刻まで続けようやく、女性はついに平静を取り戻しました。

女性は涙を流しておりました。そして─。

 すみません、すみません。

なぜか念仏のようにそう呟いているのです。

なぜ謝るのか?

私は尋ねました。

 取り憑かれているふりをして、注意を引けと脅されたんです。そうしなければ、私を彼岸に連れて行くと。

女性はそう言いながら、平謝りしています。

私は嫌な予感がし、母屋の方を見遣りました。

妻と子供が眠る母屋の方を─。

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