秋暮れ、私が神主をつとめる神社に女性が一人訪ねてまいりました。
彼女の首には紐状の痣がくっきりと浮かび上がっており、顔色は死人のごとく青ざめておりました。
私はその女性が皆まで言う前に、どんな用件で訪ねてきたのかを察っすることができました。
ですがとりあえず、私は女性を境内に招き入れ、話に耳を傾けることにしたのです。
座布団を敷き、お茶を出すと、女性はぽつぽつと語り始めました。
きっかけはわからない。
ただしきりに頭の中で誰かが語りかけてくる。
首。くくれ。
ただただ、そう語りかけてくる。
疲れているのか。
仕事が多忙だったこともあり、それからは帰宅したらすぐに寝るようにした。
だが、何もかわらない。
体調はすこぶる良いのだが、まだ声は語りかけてくる。
首。くくれ。
精神科医に診察してもらい、薬を処方してもらったが何の効果もない。
ただ、聞こえるのだ。
首。くくれ。
しまいには夢にまで…。
もう、おしまいにしようかな。
女性はぽつり。
私はその必要はないと言い聞かせました。
これは縊鬼(いき)の業です。
縊鬼とは江戸の時代より、此岸の人間に取り憑いては首をくくらせ、彼岸に連れて行く鬼であります。
私は以前、一匹の縊鬼を祓いました。あの晩は苦行でした。
今まで会った縊鬼の中でも、最も狡猾なやつでした。滅することは叶いませんでしたが、なんとか子供の尊い命は救うことができました。
ですから今回も縊鬼を祓うべく、私はすぐに祈祷の準備に取り掛かりました。
準備は入念に行います。
前回は取り逃してしまいましたから、今回は結界を張って逃げられないようにしなくてはいけません。
護符を四方に張り巡らし、しめ縄で施錠する。
こうして祈祷の準備は整いました。
そこからは本当に長い戦いでした。
祈祷を唱え始めると、すぐに女性は悶え苦しみ始めます。私はひたすらに経を唱えました。丑の刻まで続けようやく、女性はついに平静を取り戻しました。
女性は涙を流しておりました。そして─。
すみません、すみません。
なぜか念仏のようにそう呟いているのです。
なぜ謝るのか?
私は尋ねました。
取り憑かれているふりをして、注意を引けと脅されたんです。そうしなければ、私を彼岸に連れて行くと。
女性はそう言いながら、平謝りしています。
私は嫌な予感がし、母屋の方を見遣りました。
妻と子供が眠る母屋の方を─。
作者Yu