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死んだ動物しかいないペットショップ

中編6
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死んだ動物しかいないペットショップ

転勤で神戸市に引っ越してきて、ようやく一月が過ぎようとしている。

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神戸というところは海岸沿いに東西に走る国道や線路を境に、南北に住宅が広がっている。

僕の住むマンションは、小さなローカル駅から山側に歩いて5分のところにあるワンルームマンションだ。

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それは越してきて初めての休みの日のことだった。

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コーヒー好きの僕はどこか良い喫茶店はないか?と夕方から、近辺の入りくんだ路地裏を散策していた。

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昔ながらの古い住宅や教会とかを塀越しに見ながら何度めかの曲がり角を過ぎて進んでいったときだ。

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─え!?

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前方に見えるT字路の突き当たりにピエロが立っている。

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夕暮れ時の西からの陽射しに照らされたその姿は、まるで悪夢からそのまま抜け出てきたようだ。

どぎつい真っ赤な髪をサザエさんスタイルに編み、赤白の格子柄のつなぎを着ている。

身長は多分僕よりずっと低い。

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呆気にとられた僕は固まってしまい、動くことが出来なかった。

ピエロは何をするわけでもなく白い顔に不気味な笑みを浮かべてじっとこっちを見ていたが、しばらくすると颯爽と歩き始めた。

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僕は磁力で引っ張られるように、格子柄の背中を追って歩き出す。

彼方に見える水平線付近にあるオレンジ色の太陽を臨みながらピエロの後に続いて進んでいくと、まるで蜃気楼のようにその場所は現れた。

ピエロはそこの中に溶け込んでいき見えなくなった。

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そこの入り口の前で立ち見上げると「サンライズ商店街」というアーチ状の電飾看板がある。

遠目からも赤茶けた錆や破損しているのがあちらこちらに見られ、何だか物悲しい。

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中を覗くと僅か200メートルほどの距離のようなんだが、入り口から入ったとたんに明らかに空気が歪むというか、大げさに言うと目前の光景が全て色褪せたセピアカラーに変わってしまった。

あたかもタイムスリップでもしたかのように。

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店の数は20軒ほどあったかな。

そのおよそ半分はシャッターを降ろしていた。

そのせいか、アーケードの中は薄暗い。

人通りは全く無くがらんとしていて、歩いていると何処からか生まれるずっと前に流行った歌謡曲が聞こえてくる。

どこか懐かしく物悲しいその旋律は、アーケードの高い天井のどこかに次々吸い込まれていっては消えていく。

開いているお店も果たして営業しているのか、それさえも定かではないようなところばかりだった。

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アーケード入ってすぐに洋服屋があった。

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昔ながらの西洋的な顔立ちのマネキンの頭や身体そして手足が店内の床のあちこちに無造作に転がっている。

バブルの末期に流行った黒ずくめのDC ブランドの服に身を包んだピエロが軽薄な笑みを浮かべながら、ガラスのドアにぴったりくっつくようにして立っていた。

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しばらく歩くと、ゲームセンターらしきところがあった。

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見ると店頭に、さっき路地裏にいたピエロが微笑みながら手を振っている。

背後にはプリクラの機械やクレーンゲームがあり、ピカピカ光りながら安っぽい音楽を流していた。

ピエロが耳障りな高い声で「ねえ、お兄さん、遊んでいきなよ」と話しかけてきた。

僕は素知らぬふりをして、また歩きだす。

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するとペットショップがあった。

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可愛い猫とかいるかな?と、ショーウインドウから大きなケージの中を覗き見たとたんにゾッとした。

犬か猫が数匹ケージの中のあちこちにぐったりとなって横たわっている。

どうやら皆死んでいるようだ。

店の奥にある水槽の魚たちも一匹残らず腹を向けて浮かんでいる。

黄色いエプロンをしたピエロが楽しそうに鼻歌を歌いながら右に左に忙しそうに動き回っていた。

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─一体何なんだ、このふざけた商店街は?

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一人呆気にとられて歩いていると、僕はふとアーケードの出口辺りにある小さな古本屋の前で立ち止まった。

店先に置かれたワゴンに山積みされた古本が目に止まった

その中から文庫本を適当に三冊手に取ると、店奥にぼんやりとして座る禿げたピエロに向かって手を上げる。

そしたら黒のジャージ姿の太ったピエロが笑みを浮かべて、のっそりと外に出てきた。

財布からお金を出すと、手渡す。

その時一瞬手に触れたのだが、何だろうマネキンの手のように冷たくてゾッとした。

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僕は混乱した頭のままアーケードを抜けるとそのままどんどん南に進んで行き、とうとう駅の高架下をくぐって海岸沿いの国道まで出た。

太陽はその姿を水平線の彼方に隠そうとしている。

辺りは随分薄暗くなってきていた。

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歩道橋を渡ると、おとぎの国に出てくるモスクのような外観の、白壁に蔦のからまる喫茶店があった。

古びた木製の扉を開け、中に入ってみる。

店内はウッドハウス調の内装をしていた。

店の真ん中には昔懐かしい薪ストーブがある。

木製の丸テーブルの間を真っ直ぐ歩き、奥のカウンターに座る。

カウンターの向こうに立つ蝶ネクタイに白いワイシャツの初老の男が優しく微笑みながら「いらっしゃい」と声をかけてきた。

僕は軽く挨拶を返すとメニューも見ずに、コーヒーを注文する。

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少し離れたところにある窓からは、鮮やかに朱色に染まった海が見えている。

その景色をしばらく眺めていると、マスターが煎れたてのコーヒーを目の前に置いた。

西洋風のアンティークなカップから立ち上るコクのある香りを楽しんでいると、マスターがグラスを吹きながら独り言のようにしゃべり始めた。

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「いやあ最近は、何とか言うけったいなウイルスのせいで世の中がおかしうなりましたな。

ただでさえ私らのような小さな商売をしている人間は大変や言うのに。

しかも今日日はコンビニとかまで増えてきてなあ、全国にあちこちある昔ながらの商店街はどんどん寂れていってるようで悲しいかぎりですわ」

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僕はコーヒーを一口啜ると、正面に立つマスターに向かって口を開く。

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「そうですねえ。

ところでちょっとお聞きしたいんですけど山側の県道渡ったところにサンライズ商店街ってあるじゃないですか。

あそこちょっと変じゃないですか?」

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するとマスターは怪訝そうにピクリと眉を動かしてこう言ったんだ。

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「え、サンライズ?それはないわ」

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「どうしてですか?」

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僕は尋ねた。

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「だってあそこは確か昭和から平成に変わる頃に大きな火事があってな、たいがいの店が燃えてしもうて今あるのは瓦礫くらいなもんのはずや」

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僕の腰から背中の辺りに向かって、冷たい何かがせりあがってくる。

心臓の拍動を喉裏に感じる。

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「結構ひどい火事やったなあ。

もうもうと黒煙が立ち上ってな。

うちの店からも赤い炎が見えたからなあ。

原因はなんや、商店街にあったゲームセンターのピエロの格好した店主が夜中にポリタンク持って全部の店にガソリンを撒き散らして火点けたらしいわ。

ワケわからんやろ。

ほとんどの店主が商店の二階で暮らしとったらしくて、ようさん亡くなったらしいでえ。

真っ黒焦げで誰が誰か分からんほどやったらしいわ。

恐ろしいなあ。

ほんま、うちも他人事じゃないわ」

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いつの間にかコーヒーカップを持つ手が震えている。

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僕はゆっくりカップをカウンターの上に置くと、上目遣いでマスターの顔を見てこう言った。

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「その、、、、、、

そのピエロの店主はどうなったんですか?」

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「それがまだ捕まってないそうや。

一体、今はどこでどうしとるんやろうな、、、」

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僕は手元に視線を移す。

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さっきまであった三冊の文庫本が消えていた。

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Fin

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Presented by Nekojiro

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