AM 7:43 JR総武線内
shake
「キャーーー!!!!」
混沌とした満員電車の中で、耳をつんざくような叫び声。右前に立っていたOLだ。
「に、逃げろぉ!」
「わ、わぁぁ!!!!」
「どけって!!早く!!!」
慌てふためく人々の中心に、手を真紅に染めたサラリーマンが1人。
彼の足元には下っ腹を抑えて蹲る女子高生。
背中には赤黒い刺し傷が3箇所。
彼女は唸り声をあげていたが、すぐにピクリとも動かなくなった。
サラリーマンは、血でドロドロな包丁を持った手を高々と振り上げ、言った。
「やったぁぁぁぁぁ!!!!こ、これでムショに入れるっ!これで3食食べれるぞぉぉぉ!!!」
1人の勇敢な男がサラリーマンの肩に手をやり声をかけた。きっと前世は勇者だったに違いない。
「あ、あんた!何やってr…」
喋り終わる前に彼の腹には深々と包丁が刺さった。
「ふぐぅッうぐぉあぁぁ!!!!」
グチャッグチャッ、クチュリ
3度目の包丁ピストンで、男はその場に倒れ込んだ。
私は目の前で起きていることをなんとか頭の中で処理しようとしたが、それも無駄だった。
メンタリストに催眠でもかけられているかのように膝が動かず、席から立てない。いや正確には、立ったらいけないと場の雰囲気に強く念じられているという感じに近い。
サラリーマンと目が合った。
「おい。そこのオマエ」
はい。と答えたつもりが、声帯が震えることはなく、掠れた空気の情けない音がようやく口から出ただけ。恐怖で舌も歯茎も硬口蓋も、母語である日本語を発することなかった。
額からは脂汗が垂れ、恐怖で奥歯がカチカチと音を立てる。
「オマエ。死にたくないだろう?」
「はいっ。チ、チニタクないです!!!」
娘の顔が浮かぶ。今あの子を残して死ぬわけにいかない。
来週の学芸会では、妻が作った手作りのドレスを着た「シンデレラ」の娘を見ると約束したのだ。
「な、何でも言うことを聞きますっ!!だっ、だから命だけは!!!!」
サラリーマンは見開いた目玉をギョロっとさせ、ニヤけた。
「くっくっくっ。じゃあこれ使って横のババアを殺れ。いいか?一回じゃ死なねえんだから、3発だ。3発決めろ。」
隣に座る主婦らしき女性は泣き喚きだした。
しかし彼女もまた恐怖からか、失禁したのだろう。温かい尿の香りが鼻をつく。
その膝はガタガタと震えていた。
サラリーマンから包丁が手渡される。
持ち手は血でヌルヌルとしていて、先端が少し刃こぼれしている。
女子高生と勇者の腹を刺した時、肋骨だか背骨に当たったんだろう。
転がっている死体は腸を裂かれているのか、車内に大便の臭いも充満し始めた。
とてつもない異臭と惨たらしい光景で、目がくらくらして気が狂いそうだ。
「早く殺れよぉおお!!。ホラ!ホラホラホラホラホラ!殺らないなら死ぬのはオマエだよぉ??」
大量の涙を含ませた瞼をギュッと瞑った。
その時、
「お茶の水〜お茶の水です」
プシューッ。
電車が止まり、扉が開いた。
サラリーマンは足早に車内から出て行った。
駅構内から悲鳴が聞こえていく。
緊張が一気に解けた私は思わず笑ってしまったが、
私の右手は包丁をしっかり握ったまま
隣の女性の腹部へとめり込んでいた。
作者ぎんやみ