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21年01月怖話アワード受賞作品
長編12
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ケイコ

この話は残酷な描写、グロテスクな描写、不快な表現を含んでいます。

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ファミレスのテーブル席に座る男女三人。

スーツ姿の男性、カジュアルな服装で学生と思わしき女性、みすぼらしい服装の老婆。

一見すると家族のようだが、互いを【さん】付けで呼び合っている。

「じゃあ、最初は私から…」

女性が語り始めた。

「これは、とある美容師の話なんだけど…」

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とある美容室に一人の女性が来店した。

「いらっしゃいませ~」

「すみません、13時から予約のS藤です」

ウシロボタンのトップスにハーフパンツを合わせた黒髪ロングヘアの若い女性、S藤が微笑む。

「ご予約のS藤様ですね。そちらのソファーにお掛けになってお待ちください。それと、こちらにご記入をお願いします」

受付の店員からカルテとボールペンを受け取ったS藤はソファーに腰掛け、呼ばれるまでの間、カルテの記入を進めた。

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「お待たせしました。こちらにどうぞ」

店員に案内され、S藤がカットチェアに座ると、女性が鏡越しに微笑みながら話しかけてきた。

「本日、担当させていただくI上です。よろしくお願いします。今日はカットのみとのことでしたが…」

「はい。最近、枝毛がすごくて…」

S藤の髪を確認すると、確かに枝毛は多いが、艶とコシはあり、そこまで傷んでいるようには見えなかった。

「枝毛が無くなるようにこんな感じでお願いします」

S藤は手にしたヘアカタログのページをパラパラとめくり、セミロングの女性を指さした。

「わかりました。それでは髪を流させてもらいますね」

I上はアシスタントに声を掛け、アシスタントはS藤をシャンプー台へと案内した。

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シャンプーを終え、カットチェアに戻ってきたS藤。

「それでは、カットしていきますね」

「はい。お願いします」

ハサミの音がリズミカルに響き渡り、バサバサと黒髪が床に散らばる。

「怖い話ですか?」

S藤の操作する携帯画面が見えたI上は興味本位で尋ねた。

黒地の背景に赤字が羅列しており、ホラー系のサイトであることは明白だった。

「あ、そうなんですよ。【ケイコ】って知ってます?」

「けいこ?聞いたことないです」

「私もつい最近知ったんですけど…」

S藤は携帯電話を操作し、赤字で【ケイコ】と書かれたページを読み始めた。

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【ケイコ】は一人暮らしのOL。

ある日、浴室で身体を洗おうとボディタオルを手にした時、ボディタオルの先端から10センチ程の位置に結び目が出来ていた。

結んだ覚えは無かったが、【ケイコ】は結び目を解き、いつも通り身体を洗い、湯船で温まった。

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ある日、就寝前に携帯電話を充電しようと充電ケーブルを手にした時、充電ケーブルの先端から10センチ程の位置に結び目が出来ていた。

結んだ覚えは無かったが、【ケイコ】は結び目を解き、いつも通り携帯を充電し、眠りについた。

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ある日、洗顔時に顔を拭こうとハンドタオルを手にした時、ハンドタオルの先端から10センチ程の位置に結び目が出来ていた。

結んだ覚えは無かったが、【ケイコ】は結び目を解き、いつも通り顔を拭き、メイクをすると職場に向かった。

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ある日、帰宅してリビングの照明ボタンを押した時、照明が付かなかった。

蛍光灯が切れたのかと思い、照明器具の紐を引っ張ると電気が付いた。

明るくなったリビング。

照明器具の紐を手放した時、照明器具の紐の先端から10センチ程の位置に結び目が出来ていた。

結んだ覚えは無かったが、【ケイコ】は結び目を解き、いつも通り買ってきた総菜をテーブルに並べ、手を合わせた。

「いただきます」

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ある日、身に覚えの無い結び目が気になった【ケイコ】はパソコンで調べることにした。

しかし、思い当たる検索ワードを並べて検索するも、【ケイコ】が求める回答は見つからない。

【ケイコ】はこれまでの経緯を掲示板に投稿すると、いつも通り結び目を解き、返信を待った。

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『結び目を見つけたら放置せずに解いてください』

返信はこれだけだった。

『放置したらどうなるんですか?』

【ケイコ】は興味本位で返信すると、この日は結び目を解かず、眠りについた。

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翌日、掲示板を確認すると、返信がきていた。

『こうなります』

一言だけの返信に続き、h抜きのURLが貼られていた。

『ttps://imgur.com/gallery/FYHDR2ja』

【ケイコ】よりも先にURLを確認した人々のコメントが掲示板に溢れている。

結び目を解いた方が良いというコメントは少数。

そのまま放置して監視カメラの設置や実況配信を希望するコメントが圧倒的だった。

嫌な予感がした【ケイコ】は放置していた結び目を急いで解いた。

そして、コピーしたURLをアドレスバーに貼り付け、先頭にhを入力し、クリックした。

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リンク先は真紅と漆黒で上下に二分されており、上部には奇妙な絵画が複数飾られている。

そして下部には【ケイコ】の母国語ではないメッセージが表示されている。

母国語に翻訳すると『削除されている』と記載されていた。

【ケイコ】は残念に思い、再度書き込みをした。

『リンク先が削除されています。どなたか再掲載いただけないでしょうか』

「…」

コメントで溢れかえっていた掲示板だったが、【ケイコ】の書き込み後は誰一人コメントする者はいなかった。

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ある日、出社してパソコンの電源ボタンを押した後、マウスの先端から10センチ程の位置に結び目が出来ていた。

自宅以外での結び目は初めてだった。

結んだ覚えは無かったが、【ケイコ】は結び目を解き、いつも通り仕事を終えると帰路についた。

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それからも【ケイコ】は結び目に悩まされ、細長いものをみると全て結び目があるように錯覚し、終いには有り得ない幻覚を見るようになった。

ある日、この厄難から逃れる解決法が思い浮かんだ【ケイコ】は仕事を辞め、彼氏とも別れた。

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殺風景なアパートの一室。

全裸のマネキンのような人間がベッドに横たわっている。

カーテンの無い窓から見える風景は曇り空だったが、【ケイコ】の心は晴れ晴れしていた。

糸、紐、電源コード、USBケーブル、その他にも結べそうなものは細くなくとも片っ端から処分した。

念には念を入れて、頭髪と体毛も全て剃っていた。

『ピンポーン。ピンポーン』

インターホンが鳴った。

【ケイコ】は玄関ドアの鍵を開け、足元に携帯電話を置くと、裸体を見せまいと足早にリビングのソファの後ろに隠れた。

『ガチャリ』

玄関ドアが開いた。

「生きてるか~?」

声の主は【ケイコ】の兄だ。

「こんにちは~」

続いて聞こえてきた声の主は【ケイコ】の兄の彼女。

綺麗な黒髪でツヤツヤさらさらロングヘアの美人。

「死んでま~す!」

「はいはい。携帯電話と食料置いとくぞ」

「いつもありがと~」

「それじゃまた」

『バタンッ』

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静まり返る室内。

【ケイコ】は玄関ドアの鍵を掛け、足元の携帯電話と食料を手に取った。

充電ケーブルは処分した為、携帯電話を充電することが出来ず、二台持ちにして交互に兄に充電してもらっている。

冷蔵庫も処分した為、食料と保冷剤を兄に届けてもらい、キャンプ用のクーラーボックスで保存している。

服も全て処分した為、外出は出来ず、不自由はあるものの、この生活にも慣れつつあった。

兄には多大な迷惑をかけてはいるが、事情を説明してここまで協力してくれるとは思いもよらなかった。

『ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン』

インターホンが鳴り続ける。

「何か忘れものかな?」

【ケイコ】は玄関ドアの鍵を開け、足早にリビングのソファの後ろに隠れた。

『ガチャリ』

玄関ドアが開き、足音が近づく。

「何か忘れ…」

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ソファの後ろから顔を出した【ケイコ】の表情が固まった。

視線の先には見覚えのある男。

この生活になる直前に別れた元彼だ。

「おい。さっきの女連れの男は誰だよ?!」

「兄だけど…っていうか何の用?」

「は?兄?嘘ついてんじゃねーよ!大体何で服着てねーんだよ!おかしいだろが!」

「嘘じゃないし、用が無いなら帰ってよ!」

「三人でお楽しみってか?人を馬鹿にするのもいい加減にしろよ!クソが!」

「えっ?」

突然の鈍痛。

元彼の手には刃物。

真一文字に裂かれた腹部から、鮮血とともに臓物が垂れ流れる。

大の字に倒れた【ケイコ】を上から見下ろすと、再び刃物を突き立てた。

「…」

「…」

「…」

遠退く足音。

『ガチャリ』

『バタンッ』

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数日後、いつも通り携帯電話と食料を届けにきた【ケイコ】の兄が変死体を発見し、警察に通報。

監視カメラの映像から【ケイコ】の元彼もすぐに特定され、逮捕。

無期懲役の判決で現在も服役中。

しかし、この事件はこれだけでは終わらなかった。

【ケイコ】が全裸で生活している噂を聞き、【ケイコ】の生活を盗撮し続けていたアパート管理人が捜査中に逮捕された。

【ケイコ】の隣の部屋の天井裏を経由し、【ケイコ】の部屋の真上からカメラをセットしていた。

問題はこの盗撮映像である。

既に警察が押収しており、本来出回ることはないが、ウイルス感染していたアパート管理人のパソコンから流出していた。

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封筒を開けると中には一枚のDVD。

レーベルには赤いマジックペンで【ケイコ】とだけ書かれている。

知人がネットで入手したという話を聞き、興味本位で譲ってもらった。

私はデッキにDVDをセットし、再生ボタンを押した。

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アパートの一室。

大の字に倒れ、腹部から臓物が垂れ流れる遺体。

突如、ベランダの磨りガラスの引き戸に人影が映る。

ゆらゆらと揺れており、両腕が異様に短く見えた。

一瞬、映像が固まり、次の瞬間。

室内に痩せこけたマネキンのようなもの(以下、マネキンと称する)が映った。

顔は俯いており、表情は確認できない。

ゆらゆらと真っ白な身体が揺れており、だらりと垂れた赤紫色の両腕はより不規則に揺れる。

異様に短く細い両腕には本来あり得ないものがあった。

結び目だ。

両腕とも肘のあたりに結び目がある。

肉叩きか何かで骨を全て粉々に砕かない限り、腕に結び目を作るのは不可能だろう。

マネキンは遺体の横に正座し、腹部から垂れ流れる臓物を力なく掴むと、ゆっくりと体外に引き摺り出す。

大腸を2メートル程、引き摺り出したところで手を止め、マネキンは大腸を引き千切った。

そして、慣れない手つきで大腸に結び目を一つ作ると、再び臓物を遺体の体内に戻し始めた。

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臓物を戻し終えたマネキンは立ち上がると、ゆらゆらと揺れながら室内を歩き回り、この映像を撮影している隠しカメラの真下で立ち止まった。

全身を揺らしながら、だらりと垂れた赤紫色の両腕を力なく持ち上げ、まるで万歳をしているようだ。

俯いていた顔を上げ、視線をカメラに向けた。

ピーラーで剥いたかのように細長く赤黒い顔中の皮膚が上下左右、あらゆる方向に向かって垂れ下がり、先端に結び目が出来ている。

眼球は飛び出ており、唯一、綺麗に残っている口元がパクパクと動き始めた。

この映像に音声は無いが、何を言っているのか見当はついた。

『ムスベタ、ムスベタ、ムスベタ、ムスベタ、ムスベタ、ムスベタ、ムスベタ、ムスベタ…』

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とある掲示板のスレッド。

『リンク先が削除されています。どなたか再掲載いただけないでしょうか』

【ケイコ】が最後に投稿したコメント。

【ケイコ】は返信が無いと勘違いしていただけだった。

一つのスレッドに対して返信可能な件数は上限が有り、【ケイコ】のコメントがちょうど最後だった。

これ以上、書き込めない旨、記載はあるが、【ケイコ】は気が付かなかったようだ。

その後、タイトルの末尾に【2】が付与された新たなスレッドが立てられ、【ケイコ】への返信もあった。

『あれを再掲載は無理っしょ。グロ過ぎてすぐに消される」

『だな』

『そうですね』

『とにかく、絶対に見つけた本人が結び目を解いてください』

『は?何で?』

『他人に迷惑がかかるからだよ』

『意味わからん』

『???』

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S藤は【ケイコ】を読み終えると鏡越しにI上に向かって笑みを浮かべた。

「どうでした?まぁまぁ面白いと思うんですけど…」

「怖かったです~。【ケイコ】さんのお兄さんはその後どうなったんでしょうか?」

「あ、【ケンジ】さん?脳梗塞で死んじゃったよ」

「けんじ?名前出てきてましたっけ?」

S藤はI上の質問には答えることなく、会話を続けた。

「私も初めは冗談だと思ったんですよ?【ケイコ】が処分するってダンボールに詰めた衣類を【ケンジ】がリサイクルショップに持って行くって言うから…」

「…」

「結構、高い服も多くて、ちょーだいって頼んだんですけど、頑なに拒否されちゃったから、こっそり一枚だけ抜いといたんですよ。すっごく可愛いパーカーがあって…」

「…」

「でも、パーカーの紐が不自然な位置で結ばれてて…」

「…」

「私、解いちゃったんですよね…そしたら…」

「…」

「まぁ、今さらどうでも良いですよね。すみません」

I上は手にしたハサミの動きを止めた。

「…。あ、カット終わりました、長さどうでしょう?」

I上はバックミラーをS藤の背後で広げた。

S藤はバックミラーを確認しつつ、手ぐしで頭髪をチェックした。

「大丈夫です。この長さなら結び目も全部無くなってます」

「結び目?」

「ほら、来た時にはあったでしょ?枝毛みたいな手触りの結び目が」

「え?」

「毎晩毎晩、枕元で髪の毛結ばれてね、ノイローゼになる直前に気が付いたのよ」

「…」

「散髪してもらえば、その人が結び目を解いたことになるんじゃないか?ってね」

「…」

「次の人も待ちくたびれてるみたいだし、ブローお願いします」

「次の人?」

S藤は一番奥のカットチェアを指さした。

「え?ちょっと…誰???」

カットチェアには俯いたマネキンのようなものが座っている。

美容室に丸坊主の人間は違和感しかない。

I上は恐る恐る近づくと、背後から声を掛けた。

「すみません、お客様…」

マネキンのようなものが顔を上げると同時に、鏡越しに顔を見たI上は絶叫した。

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ファミレスのテーブル席に座る男女三人。

「…おしまい」

話を終えた女性は席を立つと、そのまま戻ってくることは無かった。

「すみません。席、空きましたよ」

スーツ姿の男性が振り向き、後ろのテーブルに座る私に話しかけてきた。

「えっ?私?」

盗み聞きしていたのがバレたのだろうか。

「良かったら相席どうぞ」

「あ、結構です…」

「そうですか…では…」

スーツ姿の男性とみすぼらしい服装の老婆は席を立つと、私を取り囲むように席を移動した。

『ちょっと…あれ?』

声を出そうとするも声が出ない。

「それでは、次は私ですね…」

男性が語り始めた。

「これは、とある会社員の話なんだけど…」

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