中編6
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深夜の不在着信

まただ、、、

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それは朝のラッシュ時のこと。

通学途中のMは左手で吊革を握り、右手に持った携帯を眼前にかざして一人呟いた。

画面にはがズラリと発着歴の一覧が並んでいる。

彼は眠たげに一回目を擦ると、再び画面を見直す。

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1月29日(金)  2時02分 不在着信 公衆電話

1月28日(木) 22時18分 着信 ナオミ

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彼は親指で素早く上に画面をスクロールした。

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1月28日(木)  2時1分 不在着信 公衆電話

1月27日(水) 22時42分 発信 ナオミ

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さらにスクロールする。

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1月27日(水) 2時03分 不在着信 公衆電話

1月26日(火) 22時20分 着信 ナオミ

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─毎日だ、、、

一体、誰なんだよ?

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大学生のMは同学年の恋人ナオミとほぼ毎晩、携帯で話している。

だいたい30分ほど、お互いにその日にあったことなどを話して最後はどちらからともなく、お休みと言い合って切る。

それから枕元に携帯を置いて寝るのだが、その後2時くらいに公衆電話から着信があっているようなのだ。

昨晩はさすがに、ナオミと話している途中に聞いてみた。

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「なあ変なこと聞くけど、ここ最近この電話の後に公衆電話で俺に電話かけたりしてる?」

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「かけてないよ

何で?」

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「いや、ここ最近ずっとなんだけど毎晩深夜2時に公衆電話から電話が入っているみたいなんだ」

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「だいたい携帯あるのに、わざわざ公衆電話から掛けたりしないでしょ

なんでその電話にはでないの?」

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「学部の講義が終わったらすぐバイトに行くだろう、それからアパートに帰って晩飯食ったら、もう布団にバタンだよ。

それから布団の中でナオミとしばらく話して電話を切った後は疲れもあるから、すぐ寝入ってしまうんだ。

朝まで爆睡だよ。

だから、まだでたことはない」

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「それじゃあ、どうしようもないじゃない

一回くらいでてみたら?」

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「うん、そうだな、、」

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確かにナオミの言う通りだった。

このまま何もせずにぐだぐだ考えていても、何も始まらない。

そう思ったMは、たまたま明日は土曜日で講義もバイトも休みだから、今日のバイトが終わったらアパートに帰って、いつも通りナオミと話した後、頑張って起きていて、この奇妙な公衆電話にでてみよう。

そう決めた。

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午後の講義が終わったMはバイト先である大学近くのラーメン屋に直行し閉店まで働き、その後店を出た。

2年前に父を亡くし、去年母を亡くした彼は学費は奨学金、生活費はバイトで賄っている。

時計を見ると、もう10時になろうとしている。

彼はいつもの通り地下鉄に乗ると、二駅めの駅で降りる

途中、駅そばにある小さなスーパーに寄り、弁当を買った

そのスーパーは午後8時を過ぎると、弁当や惣菜が半額になるのだ。

貧乏学生のMにとっては、ありがたいサービスだ。

レジで会計を済ませ、出口に向かおうとした時だ。

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彼は何故か背中の辺りに刺すような視線を感じた。

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反射的に後ろを振り向く。

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視界には、レジカウンターで精算をしている人たちやレジ袋やマイバッグを持ちいそいそと行き交う女性や男性の姿が入ってきた。

その雑踏の向こうに一人だけ奇妙な者が立っている。

女だろうか。

黒く長い髪は濡れているのか前髪が白い顔の全面をピタッと覆っており、その尖った顎先からポタポタと水滴が落ちている。

体は輪郭だけでぼんやりとしているが、着物らしきものを着ているのだけは分かる。

しかも奇妙なのはその風体だけではない。

行き交う人たちが次々と彼女を素通りしていくのだ。

まるでそこには何もないかのように。

ということは女が見えているのはMだけということになる

ただ彼は何となく、彼女をどこかで見たような気がした。

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狭い路地沿いにある木造の二階建てアパート。

錆びた鉄の階段を上がり、ギシギシ鳴る共用廊下を真っ直ぐ進むと、一番奥がMの部屋だ。

彼は玄関を開けると、八帖一間の殺風景な部屋で服を脱いでシャワーを浴びる。

それから缶ビールを一本空にして、さっき買った半額弁当を平らげた。

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時計を見ると、10時30分を少し回っている。

彼は壁沿いに敷いた万年床にゴロリと横になると、携帯でナオミに電話した。

30分ほど話した後そろそろ切ろうかという時に、彼女が「寝たらダメだよ 今晩は絶対、あの電話取るんだよ」と釘をさす。

Mは「大丈夫、大丈夫」と明るく言ってから電話を切った

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しばらく彼は布団で横になったまま動画を観たり音楽を聴いたりして時間を潰していた。

だがそれも飽きて立ち上がると立て付けの悪い窓の傍らに行き、カーテン越しに暗い路地を見下ろす。

路地の向こうにはブロック塀に囲まれた古い木造の一軒家が暗い影を落としている。

ブロック塀の角には電話ボックスが一つ、ボンヤリと光を放っていた。

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時計を見ると、もう2時近くになっている。

そろそろかな?とMがポケットから携帯を出そうとしたその時だ。

何処から現れたのだろうか、一人の女が電話ボックスに入っていくのが見える。

歩くというよりスーっと移動する感じで、入っていった。

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─こんな時間に電話?

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そう思ったときだ。

突然携帯が鳴り出した。

画面を見ると、公衆電話と表示されている。

Mは軽く深呼吸をすると画面に指先をタッチし、携帯を耳にあてた。

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「もしもし、、」

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「……」

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何も聞こえてこない。

だが電話は通話中になっている。

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「もしもし、もしもし」

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彼は何度となく語りかける。

すると奇妙な音が聞こえてきた。

最初は微かに、徐々にはっきりと。

それは、まるで周波数の合っていないラジオのような不鮮明な音。

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「$&!!##@!&、、、あ、、$$#!&&@#、、ユ、、、ユウ、、、ユウジ」

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─ユウジ?

俺の名前じゃないか、、、それと、この声、どこかで聞いたような

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Mは頭の中の記憶のファイルを猛スピードで確認する。

そして過去のある一つの出来事に行き着いた。

それは今から1年前のちょうど今頃のこと。

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深夜、アパートの部屋で寝ていた彼に電話が入る。

それもやはり公衆電話からだった。

寝ぼけ眼で電話に出ると、実家の母からだ。

2年前に父が癌で亡くなった後はほとんど外出することが無くなり、めっきり元気を無くしていた。

スマホを使えない母が電話する時は、いつもなら固定電話なのだが、その日は何故か公衆電話からだった。

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「一体、どうしたの?こんな時間に」

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Mが尋ねると、母は長い沈黙の後こう言った。

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「ユウジ、ごめんね、こんな遅くに。

最後にあんたの元気な声を聞きたかったから電話したの

母さんね、もう疲れちゃった」

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「母さん、何言ってんの?

意味分かんないけど

もしもし?もしもし?、、、」

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彼がそう返したとき、既に電話は切れていた。

その後実家に何度となく電話したが繋がらなかった。

翌朝早く、実家の近くで農業を営む兄から電話がある。

着物姿の母が実家近くの川に浮かんでいたと。

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「母さんなのか?」

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Mは半信半疑で尋ねてみる。

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「&&!!@#$!、、ジジ、、、、ユ、、、ユウ、、、ユウジ、、、ユ、、、ユウジ、、、ユ、、、」

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電話の相手は何度も何度も、Mの名前を繰り返す。

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「母さん、母さんなんだね!

俺、大丈夫だから、元気にしてるから」

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Mはさらに何か言いかけたのだが、電話はいつの間にか切れていた。

彼は思わず窓から電話ボックスに目をやる。

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電話ボックスにはもう誰もおらず、暗闇の中相変わらず怪しい光だけを放っていた。

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Fin

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Presented by Nekojiro

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