ついにこの日が来た。
以前から、気になっていた彼女が飲み会にやってくる。
とは言っても、オンライン飲み会なのだが。
だいたいSNS上のアイコンは、目いっぱい自分を盛って可愛く見せようと上目遣いで口を尖らせているものが多いが、彼女は違った。
ごく普通のピンナップ写真のような普通に笑っている画像だ。
部屋を綺麗にし、小洒落た観葉植物も買った。カーテンは白い清潔感のあるものに変えて、ファッションは無難に黒のタートルネックのシャツにグレーのジャケット。ちょっとお洒落なテイクアウトの料理を大きめの皿に盛り付け、もちろんワインは欠かせない。髪の毛を整えると、緊張した面持ちで、オンラインにする。
続々と、仲間達が画面上に集まってきた。アイコンとのギャップに驚く人も居た。過激な発言をする人が、意外に温厚そうだったり、男性っぽい語り口の人が妙に色っぽい美人だったり。俺は皆の目にどう映ってるんだろう。
「いやぁ、思った通りの人だね。うん、らしいらしい」
どういう意味だろう?言葉の裏を考えてしまう。
「やっぱ思った通り、スマートで優しそう。しかもお洒落だし」
本当にそう思っているのだろうか。ネガティブな心の内を顔の出さないように笑顔を作った。
「どうも~、こんばんは~」
彼女だ!
「こ、こんばんは」
思った通り素敵な人だ。飾らない笑顔が、想像以上に眩しい。
上下部屋着のようなスウェット姿の彼女に、一瞬自分を恥じた。
何だか俺だけ頑張ったように浮いてないか?そう言えば皆普段着だ。
「な、何だか俺だけ、浮いてるね」
俺は自虐のつもりで呟くと彼女の視線がこちらを見た。
「そんなことないよ~。シンプルでカッコイイね、その服。やっぱK氏は思った通り、お洒落だね~」
俺は天にも昇る気持ちだった。
彼女が俺のことをそんな風に見てくれていたなんて。
もう俺の頭の中は彼女でいっぱいになった。他の人なんてどうでもいい。
画面を彼女のアップのみに切り替えた。
割と部屋が散らかっているな。アップにしたとたんに、部屋の様子が見てとれた。まあ、片づけが苦手な女性もいるだろう。
俺の部屋も普段はこれよりもっと酷い。雑然と料理やおつまみが並んだテーブルの上に、免許証が無造作に置かれていた。俺は魔がさした。これは、彼女の情報を得るチャンスではないか。
オンライン飲み会なので、ここでは皆ハンドルネームで呼び合う。彼女のことは、haluと呼んでいる。もちろん偽名だろう。
俺は彼女の映っている画面を拡大して、免許証をズームした。読める。住所、生年月日、名前。
本名は、竹中 薫さんか。意外と普通の名前だ。俺は、画面に映らないようにこっそりとそれをメモした。
そのあくる日から、俺は彼女の住所のあたりを目的もなくブラブラした。もしかしたら彼女に会えるかもしれない。偶然を装って、彼女に近付き、もしかしたらお付き合いできるかもしれない。
しかし、そんな淡い期待は裏切られた。それはそうだ。アパートの隣の人間ですら、1週間も顔を見ないことだってあるのだから。では、待つしかないだろう。俺は、彼女が帰宅するかもしれない時間を待った。一時間ごとに時間をずらして待てば、きっとどの時間かには会えるはず。
待った甲斐あってか、階段を上ってくる足音が聞えた。俺は慌てて、上の階へ続く階段を上り、上の階の階段の壁に隠れてそっと伺った。
男だ。嘘だろう?彼氏がいたのか。俺は、その場にへたり込んだ。傷心のまま、家に帰る。それはそうだ。あんな素敵な人だから、彼氏くらいいても不思議じゃない。
数日後、またオンライン飲み会があり、俺はあまり気が進まなかったが、彼女への未練からと、不参加というのも不自然なので参加することにした。俺はショックと彼女への未練とで酒が思わぬほど進んでしまい、したたか酔ってしまった。
「ちょっとー、K氏大丈夫~?飲みすぎだよ」
フラフラとしている俺を皆が心配する。
「大丈夫、大丈夫。俺、こう見えても強いらからなぁ~」
呂律の回らない俺を苦笑いで見る彼女。チクリと心が痛む。
「あ~、それにしてもなあ。haluちゃんに彼氏がいたなんて、ショックだよぉ」
瞬間、彼女の表情が固まった。
「えっ?」
しまった。バカな俺は、彼女にストーカー紛いのことをしていたことを自ら暴露してしまったのだ。
「い、いや。ぐ、偶然街で見かけちゃってさ、彼氏と居るところをさ。あはは」
そう俺が言うと彼女の顔が見る見る、怒りの表情に変わって行くのがわかった。
「K氏って、嘘つきなんだね。見損なったわ。私、彼氏なんていません。もしかして、私の事、調べたの?」
「ち、違うんだ。あ、ああ、きっと見間違いかも。そ、そうかも」
その後、場はすっかり白けてしまい、俺は早々に退散した。
俺は自分の愚かさを嘆いた。彼女に嫌われた。余計なことを言わなければ、せめて友達でくらい居れたかもしれないのに。
最悪だ。何故彼女は彼氏がいるのに嘘をつくんだろう?
そうだよ、どうして俺があんなふうに言われて責められなければならないんだ。大勢の前で恥をかかされた。もうあのSNSにも入れなくなった。
俺はストーカーのクズ野郎のレッテルを貼られてまでそこに居るほど図太くはない。俺にもプライドってものがある。
あの女、ちょっとかわいいからって調子に乗りやがって。
俺の憩いの場を奪いやがって。
俺の足は、彼女のアパートへと向かっていた。忍び足で彼女の部屋の前に立つ。ドアノブを回す。鍵がかかっているかと思ったが、ドアは簡単に開いた。
思い知らせてやるよ。俺を傷つけたらどういう目に遭うか。俺は深く帽子を被り、マスクを鼻の上までずり上げた。奥の居間のテレビが点いている。俺は足音をしのばせた。
「いらっしゃい」
不意に後ろから声をかけられて、羽交い絞めにされた。
男が居たのか。しまった。
「来ると思ってたよ、K氏」
男は俺のハンドルネームを呼んだ。
「えっ?誰?」
まず、俺はSNSの誰かだと思った。そうか、あの中に彼氏が。
「俺だよ、俺。haluだよ」
「は?え?」
「本名は竹中 薫」
薫は男だったのか。
「で、でも、こ、声が」
「お前、ボイスチェンジャーって知ってる?」
騙されてたのか。顔が綺麗だからカツラを被れば十分化けることができるだろう。
「なあ、K氏。いや、柳川健司。お前、陽菜って覚えてるか?」
俺は血の気が引いた。それは、以前SNSで知り合った女の子の名だ。
俺は彼女の情報を調べ上げ、彼女の気を引こうと彼女の周りをうろついた。
だが彼女には彼氏がいて、俺は相手にされることなくストーカー扱いされた。
その時も傷ついた。俺は腹いせにその子の部屋に忍び込み、そして嫌がる彼女を押し倒した。
「その顔は思い出したんだな?あれ、俺の妹だったんだよ」
「す、すみません。ごめ、ごめんなさい」
俺は震える声で懇願した。
「ごめんで済めば警察はいらねーんだよ。まあ、警察も役立たずだったけどな。お前は親がお偉いさんがから、もみ消したんだよな?」
そうだ。俺は親の庇護のもと、親の金で日々暮らしている。今回だって、ちょっと女の子にいたずらしたくらいはパパがもみ消してくれるという算段で忍び込んだのだ。
「妹、自殺したんだよ。知らなかっただろ?」
首を絞める腕の力が強くなる。や、やめて・・・首が折れる。
「法がお前を裁けないのなら、俺が裁くしかねーだろ。死ね」
ユラユラと目の前で何かが揺れた。
目の前のロフトの手摺からロープがぶら下がって、女が揺れている。
ああ、陽菜、悪かった、俺が悪かった。助けて・・・。
女は満面の笑みでユラユラと揺れていた。
作者よもつひらさか