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これは、エレベーターの管理会社に勤める中川さんから聞いた話です。
中川さんの会社は、市内に十数か所ある契約物件のエレベーターを24時間体制で管理・保守しています。
エレベーターに必ずある【非常時に押すと管理会社の担当者につながります】っていう黄色の非常ボタンのつながる先が中川さんの会社なのです。
24時間体制なので、夜中でも2人の当直担当が常駐しており、中川さんも月に10日ほどは当直担当を担っていました。
とはいえ、夜中に連絡が来ることなんてそう多くはありません。
大抵は何もなく朝を迎え、たまに電話が鳴ったかと思えば酔っ払いがイタズラで非常ボタンを押したなど、非常事態でない事がほとんどでした。
しかし、その日に鳴った電話は非常事態を知らせるものでした。
真夏の夜中2時に差し掛かろうという頃、オフィスの電話が鳴りました。
この会社では、エレベーターからの非常通報の場合、着信音でわかるよう設定しています。
中川さんが電話に出て
『こちら○○セキュリティです、どうしましたか?』
と言うと、電話の向こうからかなり慌てた様子の女性の声が聞こえてきました。
「あの!地震でエレベーターが止まったみたいなんです!助けてください!」
監視カメラのモニターを見ると、エレベーター内に女性が1人映っている。
どうやらエレベーターが緊急停止し閉じ込められたようでした。
中川さんが電話越しに操作盤のすぐ上に書いてある管理番号を聞き、もう1人の当直担当に救助担当の別部署へ連絡させました。
緊急通報から20分ほどして、救助班が現場の雑居ビルに到着したと連絡が入りました。
エレベーターは2階のフロア前で止まっていたので、ドアをこじ開けて救出することにしました。
閉じ込められた女性はパニックになっているのか、ドアをドンドンと強く叩く音が受話器越しに聞こえたので
『ドアをこじ開けますのでドアから離れてください!』
と中の女性に伝えたのですが、信じられない言葉が返ってきました。
「私はドアから離れています!でも…誰かがドアを叩いてるんです!私しかいないのに!!」
すうっと血の気が引くのがわかりました。
監視カメラのモニターにはこの女性以外誰も映っていない。
いや、この女性が恐怖のあまり錯乱しているのだろうと思った中川さんは、救助班にドアを開けてもらうよう伝え、作業開始から15分後に無事救助されました。
救助班から、女性に外傷は見られないが、かなりパニックになってはいるので、念の為に手配した救急車で病院に搬送するとの報告を受け、オフィスに安堵の時が訪れました。
救助班からエレベーター内には誰も残っていないことと、危険なので使用禁止の処置をとる旨を伝えられ、ほっと胸を撫で下ろした中川さんは、電話がエレベーターと繋がったままになっているのに気付いて通話を切ろうとしました。
ところが…その瞬間確かにそれは聞こえた。
低い男の声で
「なあ、俺もここから出してくれよ」
という声を…
驚いた中川さんは
『もしもし!誰かいますか?!もしもし!』
と受話器から呼びかけたが返事はなく、監視カメラのモニターも無人のエレベーターを映すだけでした。
エレベーターのドアを叩いていたのは誰なのか?
あの男の声はなんだったのか?
中川さんが定年退職する頃になっても、結局わからないままだったそうです。
作者死堂 鄭和(しどう ていわ)