中編3
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娘の来店

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大学の帰り道に個人でやっている喫茶店があって、週に何回かそこに寄り人気メニューのたまごサンドウィッチを美味しくほおばっていました。

そんなことをしているうちに店主のおじちゃんにすっかり顔を覚えられた私は、おじちゃんと色々な話をしました。

新メニューを出したいけど何かアイデアはないかとか、娘が全然連絡くれないとか、世間話から身の上話まで、おじちゃんは色々なことを話してくれました。

おじちゃんは私より何年も生きているだけあって、何でもないような話も面白く話してくれます。

そんなおじちゃんと話すことも、たまごサンドウィッチを食べるのと同じくらい楽しみだった私にとってその喫茶店はまさに憩いの場でした。

喫茶店に通い始めて半年経ったか経たないかぐらいの時、店に入ると先客がいました。

いつも私が行く時間は全然人がいないので珍しく思いそのお客さんをよく見ると、なんだかおかしな人でした。

腰まで伸びた長い黒髪に赤いロングTシャツを1枚だけ着ていて、手も足もガリガリ、おまけに履いているサンダルは年季が入っていてかなりボロボロ。

座っている後ろ姿しか見えませんでしたが、それでも異様な雰囲気をまとった人だということはよく伝わりました。

変な人がいるなあ……そう思いながら少し離れた席に座っておじちゃんを呼びます。

「すみませーん、注文お願いします」

………………

何度読んでもおじちゃんが来ません。

おかしいな、いないんだろうか。

渋々席を離れてカウンターの方を覗くと、奥の方にしゃがみこんだおじちゃんがいました。

「おじちゃん、大丈夫?」

そんなところに座り込んでいるなんてよっぽど具合が悪いのかと心配になった私がそのままおじちゃんのほうに歩いて行こうとすると、おじちゃんは急にこっちを見て身振りで「来るな」と伝えてきました。

あまりにも必死にそうするので、何が何だかよく分からなくなった私はその場に立ち尽くしました。

しばらくそうしていると、スッと先客の女の人が立ち上がりました。

女の人は立ったままゆっくり振り返り、私のほうへ向かってきます。私がいた席は出口側でしたから、おそらく店を出るのでしょう。

その時初めてその人の顔を見ましたが、何故だか私にはその人の顔に見覚えがありました。

ただそんな微かな既視感よりも私が気になったのはその人の表情です。

その人は歯をむき出しにした満面の笑みでこちらに向かってくるのです。目だけが笑っていない満面の笑みで。

完全に危ない人だ。

そう思った私はなるべくその人を見ないようにして、彼女が通り過ぎるのを待ちました。

カランカラン……

店の外に出た音が後ろから聞こえ、私はやっと安堵しました。

「いやー、ごめんね」

おじちゃんはさっきの様子が嘘のようにいつも通りの笑顔でこっちを見ています。

「おじちゃん、今の人は誰?」

たまらず率直に聞いてみると、おじちゃんが答えました。

「あー、あれね、

うちの娘なんだ」

それ以上おじちゃんは何も話しませんでした。

いつもおしゃべりなおじちゃんが、その日だけはたまごサンドウィッチを出したら店の奥に入って出てきませんでした。

その日以来私はその喫茶店に行ってません。

あの女の人の既視感はおじちゃんの顔に似ていたからかなと思います。

でも私、あの人本当の娘さんじゃないと思うんです。

本当の娘ならおじちゃんがあんな風に隠れる意味が分からないし、それにあの日女の人が私の真横を通った時にか細い声が聞こえてきましたから。

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「オマエ、ムスメジャナイダロウナ?」

って。

もし本当の娘なら、そんなこと言いませんよね?

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