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中編5
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手毬歌

そう、あれは中学1年の時のことだったと思う。

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私は何故かクラスの女子全員から、シカトをされていた。

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どういうわけか中学生初めての夏休みが明けた後から、クラスの女子のボス的位置にいたA子から、攻撃のターゲットにされていたのだ。

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A子は見た目は普通、成績は中位、スポーツもまあまあ、というありきたりの女子だったのだが、何故か彼女はいつも、人の中心にいた。

私にはよく分からないが、A子には、そんな人たらしの才能があったのだろう。

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私は何とか女子たちに溶け込もうと頑張ったが、ダメだった。

仲の良かったクラスメイトは皆、蜂の巣を突いたかのように離れていった。

人間にとって一番辛いのは言葉や行為による暴力などではなく無視されること、ということを、私はその時初めて学んだ。

こんな地獄のような日々がずっと続くというのなら、いっそ死のう。

そう思ったのは、一度だけではなかった。

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それは長く辛い夏が過ぎ、秋もそろそろという、ある日のこと。

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放課後、私は寄り道をして、お気に入りの公園に立ち寄った。

そこは県道から狭い路地に入り、少し歩いたところにある古い住宅街の外れにある。

まるで誰からも忘れ去られているかのように、ひっそりとして佇んでいた。

当時の私にとって、そこは唯一の安らげる場所だったと思う。

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誰もいない公園に一人、錆び付いたブランコに座り、長い影を追いながら、ゆらりゆらりと揺れていると、何処からだろう、微かに幼い女の子の歌声が聞こえきた。

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耳を澄ましてみる。

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─おどま盆ぎり盆ぎり

盆から先きゃおらんと、、、

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それは小学校時代の音楽の時間に聴いたことのある、美しい日本の民謡だった。

確かこの民謡には悲しい背景があったのを、その時一緒に思い出した。

淡々と唱うその声には全く淀みというものがなく、とても澄んでいて、しばらくの間、私はうっとりと聴き入っていた。

それから、こう思った。

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─この子に会って話をしたい、、、

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その時の私は、こんな欲望が生じるくらい、人とのふれあいに飢えていたのだろう。

私はブランコから降りると、公園内を横切り、奥に広がる鬱蒼とした林に足を踏み入れた。

枯れた葉っぱを踏みしめながら、立ち並ぶ木々の中をそろそろ進んでいく。

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歌声は少しずつ、大きくなっているようだった。

ふと下を向くと、ドライアイスのような霧が足元にまとわりついている。

前方に視線を移すといつの間にか、無数にそそり立つ大小の木々の間を腰丈ほどの白い霧がうねうねと蠢いていた。

夕暮れ時の朱色の木漏れ陽があちらこちらから射し込み、辺りに幻想的な雰囲気を醸し出している。

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私はどんどん奥へ奥へと進んでいった。

いよいよ声が間近に迫ってきた途端、前方の視界がパッと広がった。

あれほどあった木々はきれいさっぱり消え、だだっ広い草地が広がっている。

そしてその真ん中辺りに、高さ2メートルほどの赤い鳥居があった。

唖然としながら眺めていると、鳥居の向こう側に人影が見える。

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それは絣の着物を着て赤い鼻緒のついた下駄を履いた、おかっぱ頭の女の子。

鮮やかな刺繍を施した毬を、器用にテンポよくついている。

あの物悲しい歌を唱いながら、、、

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─おどま盆ぎり盆ぎり

盆から先きゃおらんと 

盆が早よ来るりゃ 早よもどる

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「こんにちは」

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私は思わず声をかけた。

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すると女の子は毬をつくのを止め、びっくりしたような顔をして、こちらを見た。

身長は1メートルちょっとくらいだろうか。

まるで白粉を塗ったように真っ白な顔をしている。

細い目の上の眉毛は申し訳程度にポツンポツンと描かれていて、まるでよく出来た日本人形のようだ。

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「驚かしてごめんね。

あんまりお歌が上手だったから、、、」

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「誰?」

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上目遣いで女の子が尋ねてきた。

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「私はアユミ、あなたは?」

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私の質問に、女の子は困ったような顔をして首を橫に振る。

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「私は中学生なんだけど、あなたは小学生?」

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また首を橫に振る。

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「おうちは?」

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女の子はしばらく首を傾げると、おもむろに頭上を指差した。

この子は、ちょっと頭が弛いのだろうか?

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私は、制服のポケットに入れていた飴を一つ、女の子にあげた。

彼女はそれを口内に放り込むと「これ、すごく美味しいね」と、ニッコリ微笑んだ。

そしていきなり、こんなことを尋ねてきた。

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「お姉ちゃんはどうしてそんなに悲しいの?」

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見透かしたような言葉に、私はどきりとした。

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「え!どうして、そう思うの?」

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女の子はまたしばらく首を傾げると、「だって、お姉ちゃんの心、いっぱい傷が付いてるから」と言った。

あまりの赤裸々な言葉に返す言葉がなくて俯いていると、女の子はいたずらっ子のように微笑んで、こんなことを言った。

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「じゃあねえ、私がお姉ちゃんの心を治してあげるね」

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「え?」

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驚いて私が顔を上げた時には、もう女の子の姿はなかった。

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その翌日の学校でのこと。

朝のホームルームの時、担任の先生が深刻な顔をしながら、こう言った。

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「今朝、深谷A子さんのお母さんから電話があり、昨晩からA子さんの姿が見当たらなくなくなっている、という報告がありました。

何か心当たりのある人は、先生に教えてください。」

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担任の話を聞いたその時、私は不謹慎にも、A子なんか、この世からいなくなればいいのに、と思った。

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そして現実は、その思いの通りになった。

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A子は三日経っても、四日経っても、教室に姿を現すことはなかった。

そして、とうとう一週間が経った日のこと。

放課後、私は久しぶりにあの公園に立ち寄った。

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人影のない公園で、いつもの通りブランコを漕いでいると、またあの歌が聞こえてきた。

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─おどま盆ぎり盆ぎり

盆から先きゃおらんと、、、

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私はブランコを降りると、小走りで奥の林の方へと向かった。

女の子の声は徐々に近付いてくる。

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また会える、また会える、、、

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ワクワクしつつ薄暗い林の中を駆けて行くと、突然視界が開け、目の前にまた、あの赤い鳥居が現れた。

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私は立ち止まり、息を整えながら、前方を見据える。

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鳥居の向こうでは、やはりあの女の子が唱いながら毬を、、、

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毬を、、、

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いや、それは毬ではなかった。

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私に気付いた女の子は唱うのを止め、白い顔に満面の笑みを浮かべると、その丸いものを両手で持ち、ゆっくりこちらに差し出した。

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「ヒッ」

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私は小さな悲鳴を上げると、尻餅をついた。

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女の子の両手の間には、青ざめたA子の顔だけがあった。

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Fin

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Presented by Nekojiro

Concrete
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