短編2
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こっちを見てる

数年前、弟と河川敷までウォーキングする時期があった。その河川敷を歩き続け、折り返し地点の辺りでちょうど陽が沈む。冬も夏も折り返し地点で陽が沈む時間を何となく選んで歩いていた。

ただ折り返し地点で弟に必ずある変化があった。河川敷の河側の方ばかりを向くのだ。

逆側は某食品大手企業の工場を囲う長い長い塀。

そして塀を隠すように樹々が生えているだけ。

時折そこから野良猫が飛び出してくる。

行きは飛び出してきた猫に声をかけたり、

たわいもない話をしながら楽しく歩いた。

しかし折り返し地点になると急に口数が少なくなり塀の方に目を向けようとしない。

ある日、その事について弟に問いただした。

弟は最初ははぐらかしていたが、

しばらくして「どうせ見えないから」

と重い口を開いた。

折り返し地点にたどり着き陽が沈むと、

必ず現れる存在。

それは首吊りの男性だという。

スーツを着て首を吊った中年の男性。

初めてその存在に気づいた時は

本物の首吊りと思い声を上げそうになったそうだ。

しかし同じ方向を見ている私は無反応だったのでそのまま黙っていたらしい。

昔から怖いもの好きの私に話したら説明が面倒だと思ったのだろう。

案の定、私がその首吊りの男性について聞き出そうとすると、嫌々ながら弟は話した。

首吊りの男性はこちらを見ていつも左右に小さく揺れながらニヤニヤ笑っている。そして首が尋常じゃないくらい伸びているそうだ。

それを聞いてどんどん興味が湧いた私。

しかし次の言葉で身体中から冷や汗が出た。

「それ俺じゃなく、兄貴の方をずっと見てるんだよね。笑いながら。だから言えなかった。」

私は自らウォーキングのコース変更を提案した。それから数年が過ぎ、今は工場が縮小され塀と樹々は整備されなくなっている。

ふとした時に弟とあの場所へ行こうか悩む時がある。まだ彼はいるのだろうか。

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