日頃から運動不足だった私は、自分の体型にコンプレックスを持っていた。若い頃はアスリート顔負けの筋肉質だった。しかし気づけば、キューピーちゃんの様なぽっこりお腹に変わっていた。友人には「どんな魔法かけられたんだよ」と笑いのネタにされたが、こんな魔法あるはずがない。
そんな私は友人達を見返すためプールへ通う事にした。仕事帰りに通えるのが都合良い。調べてみると条件の良い施設が見つかった。ただ少しだけ古いのが気がかりだった。私は早速、施設へ出向いた。営業終了前だからか、利用者はまばらだ。
プール内には自分と同じような年代で、体型も似ている面子がチラホラ見えた。皆、私と同じ思いなのであろう。そんな勝手な想像をしながら初日の利用を終えた。
営業終了直前まで泳ぎ、周囲には私以外の利用者はいなかった。スタッフが後片付けをし始めた。私は急いで更衣室へ向かいシャワーを浴びる事にした。古い施設だからかシャワー室の床は所々、黒い水垢のようなものがベッタリはりつき、決して気持ちが良いものではなかった。
個室シャワー室に入り汗を流していると、隣からシャワーの音が聞こえ始めた。私は「自分以外にもまだいたのか。いつ入ってきたのだろう」そんな事を考え頭を洗っていた。すると足の指に何かが絡みつく。シャンプーで目をつぶっているので何かは分からない。顔についた泡を流し、足元を見ると小さく悲鳴をあげてしまった。
足の指に大量の髪の毛が絡み付いていたからだ。思わず自分の頭を触る。しかし悲しい事に変わらぬ寂しい頭皮だ。何処からこの髪の毛は流れ着いたのか。視線を再度、下に向け、水の流れを辿って行く。すると黒く長い髪の毛がどんどん私のいるシャワー室に流れてきた。しまいには排水溝が大量の髪の毛で覆われ水も流れない。水で浮いた髪の毛がゆらゆらと私の足元に漂う。このまま自分の身体全体に絡みつく様な錯覚に陥いる。
私はあまりの気色悪さにシャワー室を飛び出した。そして隣のシャワー室を見る。カーテンは閉められシャワーから出る水の音が聞こえる。
ただ人の気配がしない。足元のカーテンの隙間をチラリと見ると、人がいない事が分かった。
「シャワーくらい止めて出て行け」迷惑な行為に腹を立て、カーテンを開いた。
すると狭いシャワーの個室から女性が使う様な甘いシャンプーの香りがシャワー室全体に漂った。鼻につく香りだ。恐る恐る、足元をみると床一面に大量の髪の毛が落ちていた。そして爪だろうか?マニキュアの色であろう真ピンク色の爪がちらほら剥がれ落ちている。「付け爪だよな...これ...」私はそうであって欲しいと思いながら、急いで施設を出た。
そんな事もあり、初日以降プールから足が遠のいていた。これではダメだと先日久しぶりに泳ぎに行くと、あのシャワー室に板が打ち付けられ、立ち入り禁止の貼り紙が貼られていた。「使用禁止」でなく「立ち入り禁止」だ。あの時、入ってしまった私は大丈夫なのだろうか。
あれから随分経つが体型は変わっていない。きっとあのシャワー室に入ったせいだろう。私は痩せない魔法をかけられたのだ。そう思う様にしている。
作者夕暮怪雨