妻、美奈代が失踪してから、今日でちょうど1年が経つ。
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そう、それは去年の正に今日6月1日のことだった。
梅雨の合間の晴れた日の夕暮れ時だった。
美奈代は5歳の一人息子ハルキと一緒に、自宅近くの小さな公園にいたようだ。
ハルキが言うには「お空から大きなクラゲさんがフワフワ降りてて、ママを食べちゃったの」ということだった。
もちろん、私はそんなことを信じてはいない。
だがその日、美奈代が忽然と姿を消したのは、間違いのない事実なのだ。
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昨晩の深夜、私は、横に寝ていたハルキに肩を揺すられて、目を覚ました。
暗闇の中、一重のつぶらな瞳で真っ直ぐに私を見ながら、こう言った。
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「クラゲさんとママがね、明日の夕方、公園においでって、言ってるよ」
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この一年、私はかなりの労力を費やして、妻の捜索に奔走した。
もちろん警察にも協力をお願いした。
だが、何らの手がかりさえも得ることはなかった。
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そして今、私はハルキと二人、あの公園にいる。
時間もあの日と同じ、夕暮れ時だ。
もちろん、ここには数えきれないくらい訪れている。
だが結果は服の切れ端さえも見つけることが出来なかった。
だから一年目という節目の今日、いくらハルキが昨晩、暗示めいた夢を見たからといって、妻がひょっこり現れてくれるなどとは思ってなかったが、それでも何らかの奇跡が起こるのではないか、という一縷の期待があったのも事実だった。
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太陽は西の彼方にある山の狭間に、その姿を隠そうとしている。
辺りは印象派の絵画のように朱色に染まっていた。
公園にはもうベンチに座る私と、ブランコを漕ぐハルキしかいないようだ。
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─やはり、何も起こらなかったか、、、
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再び深い喪失感を味わいながら大きくため息をついた後、さあそろそろ帰るかとハルキに言いかけた、その時だった。
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shake
き!ぃぃぃぃーーーーーん、ん、ん、、、
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突然、ジェット機が空を横切る時のような不快な金属音が鳴り響くと、一瞬で辺りが暗闇に包まれた。同時に公園内にはあちらこちらにつむじ風が起ち上がりだした。
驚いた私は思わず空を見上げる。
すると信じがたい光景が、そこにはあった。
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地上から50メートルほどの辺りだろうか。
巨大な銀色に光る円盤状の物体が、空に静止しているのだ。
立ち上がろうとするのだが、私の体は一ミリも動かない。
ハルキを見ると、あり得ないことに、ブランコを漕いだ状態のまま、空中で静止している。
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しばらくすると円盤の底面が円形に開くと、ピーピーという電子音とともに、中から越前クラゲのような色鮮やかな生き物?が、ふわふわと漂いながら舞い降りてきた。
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体長は2メートルくらいだろうか。
透明な体躯の中身は透けていて、中心に巨大な脳味噌らしきもの、その周囲は神経繊維や臓器が複雑に配置されているようだ。
体躯の下には、無数の触手が蛇のようにうねうねと動いている。
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その奇妙な生き物は地上近くまで降りると、無数に蠢く触手の一本を、するすると水平方向に伸ばしだす。
やがてそれはブランコのところまで到達すると、器用にハルキの体を捕らえ、そのまま自分のところまで引き寄せていく。
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─ダメだ!止めてくれ!
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何度も心の中で叫び続けたが、無駄だった。
生き物はハルキを捕らえると、ゆっくりと一緒に上がりだし、終いには円盤の底面から内部へと消えていった。
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そして正にその後しばらくしてからだった。
私は確かに見た。
円形に開く円盤底面の暗闇の中に並び立つ、美奈代とハルキの姿を。
ゆっくりと閉じられていく底面のシャッターの隙間から二人は、感情を失った瞳でじっと私を見ていた。
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─美奈代!ハルキ!
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私は何度も何度も、必死に心の中で叫び続けた。
だが、そんな思いとは裏腹に、無情にもシャッターはピタリと閉じられた。
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そして再びあの不快な金属音がしたかと思うと、瞬時に円盤は消え、辺りはまた静寂を取り戻した。
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私はようやく立ち上がると、ただただ呆然と夕焼け色に染まった雲の彼方を眺めていた。
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Fin
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Presented by Nekojiro
作者ねこじろう
掲示板より