長編12
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「盆の舟」

旧盆の13日、私は生後6ヶ月の息子を車に乗せ、夫の実家へ向かうため東北自動車道を北上していました。

夫は、3日前から長期休暇が取れ、一足先に実家に着き、旧盆の支度を整え、買い出しと墓参りを済ませ、私と息子の到着を待っているとのことでした。

仕事をはやめに終え、息子を託児所に迎えに行き、高速に乗ったのは、昼の12時を少し回ったところでした。

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時節柄、かなり渋滞しており、このまま ノロノロ運転を続けていては、実家に着くのは深夜になってしまいそうです。

途中何度か休憩を取りながら、乳飲み子を抱えての帰省。それだけでも相当なストレスとプレッシャーでした。

日頃疎遠にしている手前、日をまたいでお邪魔したのでは、夫の両親に申し訳が立たないような気がしました。一瞬躊躇いましたが、グズる息子の声を聞き、小心者でお人好しの私は、高速を降り一般道を走ることにいたしました。

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国道4号線。初めて通る道は、民家もまばらで、街灯は、裸電球のように薄ぼんやりとしています。

時速50キロ。それまで追い越し車線をひたすら走ってきたせいか、あまりのギャップに、私の判断は間違いではなかったかと早くも後悔しておりました。

後部座席を振り返り、チャイルドシートの上で、すぅすぅ 寝息を立てている息子に、「お願い、もう少し我慢してね。」と詫び、ブランケットを掛けると、再びハンドルを握り直しました。

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しばらく農道らしき道をひたすら走り続けていましたが、気がつくと、国道4号線から大きく左にそれ、いつの間にか、海沿いの県道に変わっていました。

起伏の激しい片側一車線。

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既に日は落ち、辺りは海と空の区別がつかないほど闇に閉ざされ、対向車は、一、二台しか通りません。路面も舗装されてはいるものの、凸凹していて、ゆるい傾斜にハンドルが取られます。フラットな状態ではありません。この道は、幹線道路でないことが、すぐに分かりました。

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路面ギリギリまで打ち寄せる波。

時折、闇の中に白く高く上る波しぶき。

日が落ちた後の海が、こんなに不気味だとは思いもよりませんでした。

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私は、ふと、今日が盆の入りであることを思い出し、再び高速を降りてしまったことを後悔し始めました。

「盆の頃、海に近づいてはならない。」

この時期、必ずと言っていいほど聞く言葉です。

「車の中だし。海の中に入って泳ぐわけでもないから大丈夫。迷信迷信。」

そう言い聞かせ、ラジオのスィッチを入れました。

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スピーカーから、ユーミンの名曲「中央フリーウェイ」が流れてきました。

首都高速の混雑と渋滞を思い起こしながら、軽妙なリズムに合わせ口ずさんでいるうちに、多少の起伏と勾配のある田舎道もさほど気にならなくなってきました。

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緩いカーブに差し掛かった時、沖に一艘の屋形船が停泊しているのが見えました。

舟の周りには提灯が灯り、海面をゆらゆらと明るく照らしておりました。

目を凝らしてみると、船の中では、宴が催されているようです。

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お囃子に合わせ、棒の先に丸いお椀のついた杓を手に、嬉しそうに舞を踊る人影が見えました。

やがて、船全体を包み込むように、水色の羽衣が、海風に吹かれながら、右に左にふわふわと宙を舞いながら漂い始めました。

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幻想的な光景は、お盆に飾る走馬灯のようで、眩いばかりの美しさに、私は、思わず息をのみました。この小さな田舎町が主催するお盆のイベントなのかもしれない。思い出にしばし、眺めていようと思いたち、ラジオのスイッチを切り、車をガードレース脇に止め、窓を全開にいたしました。

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すぅと湿り気を帯びた生ぬるい海風とともに、

「おーい。」という微かな声が聞こえてきました。

屋形船の上から黒い人影が、こちらに向かって手を振っています。

一人、二人…人影は、次々と増えていきます。

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「おーい。」

「…来いよぉ。」

「こっちに…来いよぉ。」

「おーい。」

え?

おかしい。

あんなに遠く離れた場所にいるのに、声が、だんだんとこちらに向かって近づいてくるのです。

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そもそも、沖に停泊している船や乗船している人たちが、暗い夜の海で、こんなにはっきりと見えるはずがありません。

提灯の大きさは、伸び縮みする風船のように変化し、灯りも、暗くなったり明るくなったりと不安定になりだしました。どうも様子がおかしいのです。

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船を取り囲むように舞っていた羽衣と思しきものは、よく見ると、破れてボロボロになった帆柱の残骸のようでした。

もはや、この世のものとは思えません。

手元の時計は、22時を指しています。

海岸沿いを走り出してから、既に2時間以上が経過していました。

イベントならとっくに終わっているはずです。

全身が泡立つような怖気と悪寒に襲われ、私は大急ぎで窓を締めました。

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その時、後部座席でおとなしく眠っていた息子が、ギャァァァと大声を上げ、激しく泣き出しました。

ドン!

ドンドンドン!

ガードレール側の後部座席の扉(ドア)が 数回叩かれ、

「おい!」

「おい!」

と嗄れた太い男の声がしました。

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声のする方に身体を向けると、車の扉(ドア)の向こうに、真っ黒い人影が立っているのが見えました。

後部座席の扉(ドア)とガードレールの隙間に、人が立てるほどのスペースはありません。

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私は、これ以上ないというくらいアクセルを吹かし、その場を走り去りました。どこをどう走ったのか覚えていません。

途中、ロー○ンを見つけ、駐車場から夫に電話し、迎えに来てもらいました。

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夫の実家にたどり着いた時は、深夜1時を回っておりました。玄関先では、舅と姑が心配そうに気をもみながら私達の到着を待っていました。

「どうしたの。携帯は通じないし。何かあったんじゃないかって心配したよ。」

憮然とする夫の家族を前に、私は、息子を布団に寝かせ、無事家についた安堵感から、声を上げて泣き出しました。

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取り乱した私を見て、

「まぁ、今晩は、長旅ご苦労様でした。これを飲んで、早く休みなさい。明日、一緒にお墓参りに行きましょう。」

姑は、優しく私の肩を叩き、立派な神棚の有る客間に案内してくれました。

そこには、フカフカの布団が敷かれ、私は、着替えを済ませました。

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「一体何が会ったの。運転に慣れている君が、道に迷うはずがない。あの場所は、昔から良くない場所と言われていてね。そりゃ、ここには一番の近道だけど。地元でも関係者以外は、めったに人が入らない場所なんだよ。」

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夫は、事件性を疑ってるようでした。

私は、黙っていようと思いましたが、意を決して一連の出来事を順を追って話すことにしました。

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例の屋形船の話をしたとたん、

夫は、顔面蒼白になり、、

「父さん、母さん、起きてくれ。ゆかりちゃんが、ゆかりちゃんが、盆の船に魅入られた。」

と大声で叫びました。

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「なんだって。」

「なんてこった。よりによって・・・。」

仏間と居間から舅と姑の発する悲鳴にも似た怒声が聞こえてきました。

「今日は、盆だぞ。それも迎え盆だぞ。盆の入りだ。」

「そもそも、どこをどう走れば、□■海岸に出るんだ。」

「すみません。道がわからなかったものですから。ナビの通りに…走ったんです。そしたら、いつの間にか、海岸沿いを走っていて。」

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「わからないって、どういうこと?」

姑は、真っ青になって、唇をワナワナと震わせ、詰問してきました。

舅は、姑を宥めながら、

「一番辛いのは、ゆかりさんだ。問題は、そこじゃない。」

ゆっくり穏やかに聞きました。

「ゆかりさんが見た黒い人影は、何人だった?」

「三人以上はいたと思います。正確には分かりません。でも、大人数ではありませんでした。はっきりと見えませんでしたが、5人程度かと。」

「話したのか?」

「話してはいません。おーいって、船から手を振っていました。」

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「それから。」

「……」

「△△(息子の名前)は、見てないんだな。」

「多分、見てないと思います。寝ていましたから。」

「気づいてないのね。」

「それは、わかりません。異様な気配を感じ取ったのか、大声で泣き叫んでいました。」

夫は、ふぅと大きなため息をつきました。

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「手は、振り返したの。」

「していません。するわけないです。どうしてそんな事を聴くんですか。」

私は、姑に咎められているような気がして、きつく言い返してしまいました。

私が質問に答える度に、険悪な空気が流れ、その場にいる誰もが、冷静さを失っていました。

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「あと、なにか言われたか。」

「こっちに来いと。」

「呼ばれたのか。」

こくり と首を縦に振り下ろしました。

「それから。」

「船の中では、柄に丸い皿のようなものがついた杓を持って、踊りを踊っていました。あまりの美しさに思わず見とれてしまいました。」

「それから、羽衣のような その時は、とてもきれいに見えたんですけど、よく見ると羽衣なんかじゃなくて、ボロボロなった帆柱の残骸でした。それが、何枚もの布が折り重なるかのように風をはらんで漂うように見えました。」

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夫は、

「流石だねぇ。職業柄、描写力表現力、なにより、臨場感たっぷりのお話ありがとうだ。」

と皮肉ともとれる口調で、泣き笑いし始めました。

舅と姑は、天井を見上げ、顔を覆ってしまいました。

「宴会は、お開きまで見てしまったんだね。」

「お開き?」

あぁ、あの美しい走馬灯のような幻想的な情景のことか。

「要するに、宴会の最後の締めまで見ちゃったってわけだ。お開きは、最後の最後真の姿まで見せるってことだ。」

舅と姑の嗚咽が辺りに響き渡りました。

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「車の窓の外に、黒い人影が数人立って。」

「車の扉がドンドンと叩かれて。」

「おい!って男の声がして。」

話を続けようとする私に、

「もういい。分かった。俺も悪かった。こんなことになるなら、三人で来るんだったよ。」

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夫は、唇を噛み締め、舅と姑の肩を強く抱き、

「悪い、俺たち逃げるわ。もうすぐそこまで来ているかもしれないから。」

「命あっての物種だ。」

「そうね。早く、できるだけ遠く、山を通っていくのよ。」

「わかった。そうする。とりあえず、ゆかりちゃんの実家に身を寄せるわ。」

「それがいい。」

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「さぁ、早く。急ぎなさい。私達のことなら、心配しないで。」

「分かった。落ち着いたら手紙か電話で知らせる。元気で暮らせよ。」

「△△くんは、もう、まともに育たないかもしれん。ゆかりさんと二人、生涯、死ぬ気で守ってやってくれ。」

舅が顔を覆ったまま絞り出すような声で話しました。

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それに重ねるように、姑が、話します。

「生きている人間のほうが強いの。そう言い聞かせて、気を強く持って頂戴ね。負けたらだめよ。あなた方は、親になったのだから。」

まるで今生の別れとばかりに、二人は、目を真っ赤に腫らし肩を震わせ泣いていました。

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夫は、眠る息子を再びチャイルドシートに乗せると、着替えもそこそこに、強引に車に引き戻され、ただ呆然とする私を前に、

「詳しいことは後から話す。とにかく、君と△△は、ここにはいられないんだ。二度とここには、来てはいけないんだ。」

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夫は、運転席に腰を下ろすと、涙を拭い、エンジンを掛け、なにかに怯え気遣うように、ゆっくりと車を走らせました。

私と息子は、たった今、訪れたばかりの夫の実家を後にしました。

もう二度と訪れることのない家。

時刻を確認する元気もなく、私は、目を閉じ、眠りに落ちました。

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東北自動車道に入る頃には、日はすっかり高く上っていました。

近くのパーキングエリアで、冷たい飲み物を購入し、夫と私は、サンドイッチを口にしました。

息子も、変わった様子はなく、授乳が終わりお腹が一杯になったのか、いつもと変わらぬ笑顔で応えてくれました。

それまで、無言を貫いていた夫も、やっと重い口を開き、言いにくそうにしてはいましたが、ぼちぼちと語ってくれました。

―――――――――――――――――――――――――――――――

以下、夫の話です。

常体で書かせていただきました。

私が見た屋形船は、「盆の舟」と呼ばれ、年に一度の盆の入りに、日が完全に落ちてから忽然と沖に現れると言われている。

要するに、あの世とこの世をつなぐ 定期便のような船らしい。

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(「船」と「舟」どちらの表記が正しいのかはわかりません。諸説ありとのことでしたが、便宜上、ここからは、「船」に表記を統一しますが、表題は、「舟」とさせていただきます。)

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あの世から死者たちを乗せ、一年に一度 盆の入りに来て、盆中ずっと沖に停泊し、盆明けの夜明け前、死者を乗せ、またあの世に帰っていく。

古(いにしえ)より、この世とあの世の「渡し船」の役割を果たして来たのだと。

盆の船に乗れる人は、一周忌を迎えたばかりの人で、「自死」を除いた「寿命を全うせずに亡くなった人」だけに限られる。

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定員については毎年変わると言われ、その年に乗れる人数は制限があるらしい。

ところが、毎年、懐かしい家族やかつての恋人に相見(まみ)えると、舟に戻らず、そのまま現世に留まろうとする者が必ず出てくるのだそうだ。

行きと帰りで人数が違うと、船はあの世に戻れなくなり、この世を彷徨うことになる。死者たちは、二度とあの世に戻れないらしい。

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ところが、死んだ者の中には、盆中に自分の身代わりを見つけ、船に乗せようと良からぬことを考える輩も居る。

船を司る船頭は、数さえあっていれば良く、行きと帰りとで、乗船者の顔ぶれが変わろうと一向に頓着しないとのこと。

良からぬことを考える輩のすることは、この時期、海に近づいた者たちを海難事故と見せかけて殺し、自分たちの身代わりとして盆の船に乗せ、あの世に送り帰す。らしい。

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以前は、海難事故だったんだが、最近は、交通事故を装うことが多いらしい。一度に何人も殺せるからだ。

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実際、2年ほど前、錆びたガードレールを乗り越えて、すぐ下の崖にダイビングした家族が居た。

ワンボックスカーに5人が乗っていたらしい。

お盆に一家で帰省していたんだろう。

ひとりだけ生存者が居たんだが、その人の話してくれた内容が、まさしく 君の言ったこととほぼ同じだったというわけだ。

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対処法は、ないと言っても良い。

敢えてあげられることといえば、

盆に限らず、二度と海に近づいてはならない。

それと、この事を知る人間と、今後絶対に会ってはならない。

(電話で話す分にはいいらしい。)

輩たちに気付かれないように、住むところは、海や川のない場所にする。

ぐらいだ。

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この盆休みを利用して、アパートを解約し、奥羽山脈の麓近くにある 私の実家に引っ越すと。

山までは、流石に追いかけては来ないだろうから、その方が安心なのだ。

それと、中でも、身代りに選ばれる者は、弱いもの。年端のゆかないもの。魂の美しいものが選ばれやすいのだという。

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以上が、夫の話してくれた全容です。

話を聞き終わり、私は、私の胸ですやすや眠る息子を ギュッと強く抱きしめました。

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「あくまでも、都市伝説さ。母さんも言っていただろう。生きている人間のほうが、ずっと強いって。」

私は、別れ際、舅が言った言葉が頭から離れませんでした。

「この子は、もうダメだろうって。お父さん話していたけど。それは、さっき、貴方が言ったようなことと同じ理由。」

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夫は、厭な顔をしましたが、話さなければならないのかなと前置きし、次のような話をいたしました。

「良からぬ者たちは、若い女や子どもを好むらしい。それと、過去、盆の船に連れて行かれそうになった乳飲み子がいたんだが。その子は、一生寝たきりで過ごした。というわけだ。」

「ま、気にするときりがない。それこそ、あいつらの思うツボだろうから。君はもう母親だ。俺も父親になった。前だけを向いて行こう。」

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サービスエリアで小一時間ほど休憩し、私達は、私の実家へと向かいました。

高速に乗り、私は実家の母に電話しました。

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「あ、お母さん、急にごめんなさい。これから、そっちへ行くから。

うん、いいの。うちとは、宗教違うから。それに、うちは、お盆関係ないでしょう。

だから、お願い行ってもいいでしょう。しばらく、泊めて。それから、大事な話があるの。お父さんはいる?うん、和也さんも△△くんも一緒だから。待っててね。一時間もしたら着くと思う。」

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昨年8月下旬から、私達は一家三人、私の実家でと私の両親と一緒に暮らすことになりました。

元の仕事を何とか見つけ、夫も地元の企業に再就職が決まり、田舎暮らしも板についてきた頃。

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そう、盆の船を見た13日盆の入りから数えること一年。深夜2時過ぎ、夫の携帯に、義弟から着信がありました。

盆の入りの昨夜、舅と姑が ふたり揃って海で亡くなったとの知らせでした。

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このような事情があったとはいえ、両親の死に目にも、葬儀にも出席できない夫が不憫でなりません。

私は、ごめんなさいと涙を流しながら、何度も何度も謝りました。

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夫は、静かに首を横に振り、誰に聞かせるともなく語り始めました。

―ふたりは、今頃、「盆の船」に乗っているよ。

―まぁ、ひとり足りないけど。

―それは、仕方ないさ。

ー俺は、どうなっても構わない。

ーあいつらには、負けない。

ーたとえ、どうなろうとも、必ず…

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(聞こえないわ)

夫は、微笑むと静かに瞼を閉じ、全てを悟りきったかのように合掌しました。

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