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放課後の料理部は、いつも優しい香りに溢れている。
「アリス」
先輩が湯気を立てるお皿を私の前に置いた。
「スープはいかが?」
今日のスープはじゃがいもをとろとろになるまで溶かし込んだクリームスープだ。微塵切りパセリの緑色が食欲をそそる。
「他の部員は?」
「もう帰ったわ。それよりアリス、早く召し上がれ」
一口スプーンですくって口に運ぶ。甘い香りと、ほんのり酸味がかった味付け。申し分ない出来だ。
「おいしいわ」
「そう、良かった」
向かいに座った先輩は嬉しそうににっこりと笑顔を浮かべ、ピースサインを見せた。
それを見て、一瞬遅れてアリスの顔が強張る。
「ハサミは怖いの」
「え? あ…………ごめん、そんなつもりじゃ…………」
「先輩だけは、私を傷つけないって思ってたのに」
アリスの顔が青ざめたまま、声のトーンに冷たいものが混ざる。
「ごめん、アリス。お願い、やめて。私がいなくなったら、あなた…………」
「だめ。絶対許さない」
shake
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いつの間にか手にしたハサミを、何度も先輩に振り下ろす。鮮血に塗れながら、アリスは恍惚とした表情を浮かべた。
§
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「発見が早かったため、すぐに処置できましたので一命は取り留めました。しかし今後は二十四時間拘束衣を着せる必要があります」
白衣姿の医師たちが、カルテに目を通しながら話し合っている。
「西園寺有栖、麗桜女学園高校二年。性暴力から逃れるために父親をハサミで殺害。その後事件の記憶を失うとともに極度のハサミ恐怖症となる、か」
「空想上の先輩を罰するために、自ら腹部を刺したようです」
「ハサミはどこから?」
「看護師のポケットから抜き取ったようです。以前はハサミを見るだけで失神するほどだったのに、一体何を考えているのか……」
「あの子にとって、ハサミは忌まわしき記憶の鍵であると同時に、自らを救ってくれた守り刀のようなものなのだろう。これからはもっと注意しなくてはな」
§
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「スープが飲みたい」
全身を拘束され、虚脱したまま独り言を呟く。料理部の先輩のスープは幼い頃病没した母の味を思い出させるのだ。どんなに嫌なことがあっても、彼女のスープがあれば生きていける。だから先輩、早くスープを、私のためのスープを作って…………。
「アリス」
母の面影を宿す先輩の優しい声が聞こえた。よかった。来てくれた。
「スープはいかが?」
作者ゴルゴム13
ふたば様の掲示板企画用の作品です。