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ピンポーン、、、
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突然玄関の呼び鈴が鳴り響いた。
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それは土曜の夜遅くのこと。
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ちょうど遅めの夜御飯を終え、ソファーに寝転がりながらテレビを観ていた俺は、
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こんな時間に一体誰なんだ?
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と舌打ちしながらリビングのドアを開け、廊下を歩き、玄関ドアの前に立つと、
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「はい、どちらさん?」
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と金属のドアに向かって、少し面倒くさげに声を出した。
すると、
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「夜分遅くにすみません。
私同じ階の住人なんですが、ちょっとよろしいでしょうか?」
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と女性の遠慮がちな声がする。
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ドアスコープを覗いてみると、暗闇の中にショートの黒髪をした女が俯いて立っているのが見える。
同じ団地の住人ということなので、鍵を回し、チェーンは掛けたまま、ギギギとドアを押す。
隙間から女が微かに微笑みながら、
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「良ろしければシチュー要りませんでしょうか?
実は晩御飯にと思って作ったのですが、かなり余ってしまって。」
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と言う。
歳は40くらいだろうか。
白のブラウスに紺のスカート姿で、両手に鍋を持っている。
色白でかなり痩せていて頬も痩け、なんだか疲れきった様子で、右目の端のホクロが印象的だった。
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俺は晩御飯を食べたばかりだったので正直にそう言った後、丁重にお断りをした。
言われると女はとても残念そうな顔をしながら俯くと、そのままドアの隙間から消えた。
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その後寝床に入った後、暗闇の中、天井を見ながら、
─この階に、あんな女の人いたかなあ
と一人悶々として考えていると、なかなか寝付けなかった。
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翌朝の日曜は、敷地内を反響するサイレンの音で目が覚まされた。
驚いて時計を見ると、時刻はもう昼に近い。
ベランダに出て、手摺から階下を見下ろしてみると、エントランス辺りに救急車が停まっており、ちょっとした人だかりが出来ていた。
その時俺は、住人の誰かが病気か何かで運ばれたんだろうとくらい思っただけで、それ以上深くは考えなかった。
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そしてその日の夜、晩御飯を食べていると、
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ピンポーン、、、
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玄関の呼び鈴が鳴った。
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箸を止め、リビングを出て、玄関口に行き、
「どちらさんですか?」と尋ねると、
年配の男の声で「夜分すみません。警察の者ですが」という返事。
慌てて鍵を開けてドアを開けると、紺のジャケット姿のくたびれた感じの中年男性が立っている。
男はちらりと黒革の手帳を見せると、おもむろにしゃべりだした。
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「すみませんねえ、こんな時間に。
ちょっとお聞きしたいことがありまして。」
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訳がわからず頷くと、男は続ける。
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「実は今朝、この階に住む独り暮らしのお年寄りの女性が血を吐いて倒れているのを、尋ねてきた娘さんが発見されましてね。
すぐに救急搬送されたのですが間に合わず、お亡くなりになられました」
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「殺されていたんですか?」
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「ええ、その可能性は高いですね。
というのは、その女性が昨晩食べたシチューの中から高濃度のヒ素が検出されたんです」
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サッと
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背中に冷たい何かが走る。
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じわりと生暖かい汗が、
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額に一筋流れるのを感じた。
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警察の男は俺の容貌が急に変貌したのを察知したのか、
「何か心当たりでもあるのですか?」と訝しげに尋ねる。
俺は正直に、昨晩訪ねてきた女の話をした。
その間、男は熱心にメモをとっていた。
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後日再び訪ねてきた警察の男の話によると、
シチューを持っていた女は、この団地の住人ではないということで、俺の部屋以外も数軒、他の部屋を訪ねて回っていたらしい。
そしてとうとうシチューを受け取った老婆が、犠牲になってしまったということだった。
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今思い返しても怖いのは、これは誰か特定の人を狙ってのことではなくて、とにかく誰であれ死ねば良いという異常な殺意からの行為ということだ。
そしてもし、あの時俺がシチューを受け取っていたらと想像すると、それだけでゾッとした。
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驚いたことに今回のような事件が起こったのは初めてではなく、ここ一ヶ月で既に6件めらしく、全て同じような風貌の女がシチューを持って訪ねてくるという同様の手口らしい。
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あれから1ヶ月が過ぎた。
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だが未だに犯人は捕まっていないようだ。
ただ警察が捜査を進めていくなかで、奇妙なことが一つだけあったそうだ。
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それは防犯カメラの映像や似顔絵を持って、団地近隣の住宅街を聞き込みをしていた時のこと。
そこの一軒に住む老夫婦が、写真の女はもしかしたら、以前隣に住んでいた独居の女性ではないだろうかということを言ったそうだ。
というのは背格好から容貌まで酷似していて、右目の端にあるホクロまで同じだったそうだ。
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その時警察の者はいきり立って老夫婦に、女の行方を尋ねたのだが、女は1年ほど前に自宅の一室で服毒自殺をしたということだった。
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当時女は妻子ある男性と交際していたようで、老夫婦は、中年の男性が女の家に入っていくのを何度か目撃していたということだった。
遺書の内容から、女は交際相手の男から別れ話を持ちかけられていたようで、久しぶりの自宅での逢瀬の折、ヒ素を混入した手作りのシチューで無理心中を企てていたのだが、その日結局男は訪ねて来なくて、自暴自棄になった女は自らシチューを口にし、中毒死したということだった。
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Fin
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Presented by Nekojiro
作者ねこじろう