22年04月怖話アワード受賞作品
長編27
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出品代行

<閲覧注意>

この話は残酷な描写、グロテスクな描写、非常に不快な表現を含んでいます。

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週明けの通勤通学路。

俯きながら道路の端を歩くスーツ姿の中年男性。

談笑しながら並んで歩く男子学生。

子供を乗せて電動自転車を漕ぐ女性。

背格好は異なるが、目的地は一緒。

最寄りの〇〇駅だ。

そんな人々とすれ違いながらスマホを操作するA子。

「よしっ!売れた!」

突然の大声にすれ違った人々が振り向く。

背後からの視線に気付くことなく、再び無言で手元のスマホを操作し始めた。

スマホの画面にはフリマアプリの商品ページ。

『この度はご購入ありがとうございました。商品発送次第、改めてご連絡いたします。』

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しばらく歩くと目的地に到着した。

入り口にはド派手な衣装とサングラスをかけたマネキンが二体、肩を組んでいる。

だだっ広い倉庫のような店内には家具・衣類・電化製品等が所狭しと並ぶ。

24時間営業のリサイクルショップだ。

値札も確認せず流れ作業のように買い物かごへ商品を放り込む。

「すみません。これ買うんで預かっておいてもらえますか」

A子はいっぱいになった買い物かごを店員に渡すと、空っぽの買い物かごを手に再び店内を巡回した。

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「ちょっと買いすぎたかなぁ…」

この日の戦利品は大きなレジ袋三つ分の衣類等。

「あ、カード一括でお願いします」

A子はクレジットカード決済端末にカードを差し込み、代金を支払った。

「いつもありがとうございます。またのお越しを」

両手にレジ袋を持つと、A子は満足げな顔でリサイクルショップを後にした。

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衣類が散乱した室内。

木製フレームの姿見鏡の前に立ち、ポーズを決めながら鏡越しに着用イメージの写真を撮影するA子。

次から次へと戦利品の衣類に着替え、撮影してはフリマアプリに出品を繰り返す。

「A子~!お昼ご飯できたよ!」

母親の呼びかけに反応することなく、日が暮れるまで出品作業は続いた。

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【バタンッ】

二階から下りてきたA子が勢いよくリビングドアを閉めた。

「ご飯出来てるなら呼べよ…」

「…」

無言のままソファで横になりながらテレビを見る母親。

A子は不機嫌そうに椅子に座ると、耳からワイヤレスイヤホンを外してテーブルの上に置いた。

「はいはい。無視ですか…」

舌打ちしながら席を立ち、冷めきった料理を電子レンジで温めるA子。

「ん?」

ふいに視界に入ったキッチンカウンターの上に置かれたチラシの中から一枚を手にした。

電子レンジの温め完了音がした後もしばらくチラシ眺め続けた。

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『短期アシスタント募集!』

未経験者歓迎!親切丁寧に教えます!

オンラインショップ運営管理に携わっていただきます。

■仕事内容

 販売・商品管理・データ入力等

■給与

 時給1,700円

■勤務地

 テレビ〇〇本社オフィス

■交通アクセス

 JR〇〇線「△△駅」より徒歩3分

■勤務時間

 8:30~17:30

 ※完全週休2日制

■待遇

 交通費全額支給、従業員割引有、服装・髪型自由

■応募方法

 下記QRコードを読み込み、応募ページに必要事項の記載をお願いします。

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温めた料理を食べながらスマホを操作するA子。

応募ページを上下に何度もスクロールし、入力内容を確認する。

「そうだ…」

空欄になっていた一番最後のアピールポイントにフリマアプリのマイページURLを入力し、応募ボタンをタップした。

「ん?」

視線を感じたのか振り向くと背後にはスマホを覗き込む母親。

「何を申し込んだの?」

スマホの画面には『応募完了』と表示されている。

「うん。バイトでもしよーかなーて。まぁどうせ落ちるだろうけどね…」

「大丈夫。きっと受かるよ」

母親は微笑みながらA子の肩をポンと叩いた。

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数日後。

テレビ〇〇本社ビルのエントランスホール。

指定された時間通りに到着したA子は受付に向かう。

「A子さん!」

受付に向かう途中、背後から呼びかけられて咄嗟に振り向いた。

視線の先には体育会系の男性。

白いワイシャツの裾を肘までまくり、首にテレビ〇〇の社員証をぶら下げている。

「採用担当のK田です。今日はよろしくね」

「あ、よろしくお願いします」

K田が会釈し、A子も会釈を返した。

「それじゃ、場所変えようか。付いてきて」

K田は踵を返し、ワイシャツの胸ポケットに社員証を入れ、テレビ〇〇本社ビルを後にした。

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【カランコロン】

喫茶店のドアを開けると珈琲の香りが漂う。

「何名様でしょうか?」

無愛想な店員が声をかけてきた。

「二人です」

「お好きな席へどうぞ」

K田は右奥のテーブルに向かい、テーブル席の椅子を引いた。

「あ、すみません」

椅子に腰かけるA子。

「早速だけど…」

面接の開始に身構えるA子。

「不採用です」

「え?」

思いもよらない言葉に呆然とするA子。

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「申し訳ありません。応募いただいた時点で他の方に採用が決まっておりまして」

「あ、そうだったんですね…」

「そこで、ご相談なのですが…別のお仕事をお願いできないかと思い、お越しいただきました」

「別の仕事ですか?」

K田はバッグから茶封筒を取り出すとA子に手渡した。

「先にお渡ししておきます。交通費としてお納めください」

「あ、ありがとうございます」

【~♪~~♪~~~♪】

鳴り響く電子音。

K田はバッグからスマホを取り出すと真剣な眼差しで操作し始めた。

A子の視線はK田の手にするスマホに釘付けとなった。

煌びやかなラインストーンが散りばめられたスマホケース。

背面にはピンク色の大きなハートのガラス細工が付いている。

K田の外見とのギャップに違和感しかない。

「すみません。少し席を外しますね。何か好きなもの頼んで下さい。珈琲と自家製ケーキのセットが人気なんですよ」

K田は入口近くのお手洗いに向かって行った。

メニューを眺めていたA子はK田の姿が見えなくなったことを確認すると、先ほど受け取った茶封筒の中身を確認した。

「うっそ…こんなに?!」

中には一万円札が二枚入っていた。

一瞬だけ真顔になったA子だったが、すぐに笑みがこぼれた。

茶封筒をバッグに入れ、再度メニューを眺める。

「これにするかな…。すみませ~ん!注文いいですか?」

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数分後。

ケーキセットが届いたの同じタイミングでK田が戻ってきた。

「お?美味しそうだね。すみません、私も同じのを」

「日替わりケーキセットを一つですね。お飲み物は…」

「アイスコーヒーで」

無愛想な店員が会釈して立ち去るとK田は席についた。

「お待たせして悪かったね。それでお願いしたい仕事なんだけど…」

K田は派手なスマホを操作すると、A子に手渡した。

見慣れた画面が広がっている。

いつもA子が利用しているフリマアプリだ。

マイページの上部には【Sさん】と表示されており、下にスクロールすると売り切れ表示の出品物がずらりと並んでる。

いずれの商品も女性の自撮り写真となっており、私物の衣類を出品しているようだ。

「弊社の応募ページ、アピールポイントにA子さんのフリマアプリのページ載せてくれてたでしょ?」

「はい…」

「このアカウントで同じようにフリマアプリでの出品と発送をお願いしたいんだよね。」

「え?」

「A子さんの自撮り商品写真を見てピンと来たんだけど、骨格が【Sさん】に似てる!」

【Sさん】の商品写真を再確認したが、口元までしか写っておらず、似てるかは判断できなかった。

「そう…ですか?」

「そう!それに見た目だけじゃなく対応も素晴らしい!」

K田はバッグから何かを取り出すと、テーブルの上に置いた。

それはA子には見覚えがあった。

数日前にフリマアプリで売れたアクセサリだ。

「実際にA子さんの商品購入させてもらったけど、丁寧な対応で商品の発送も早かった!梱包もばっちり!」

「あ、ありがとうございます…」

「アクセサリはお返しするので、要らなければ再出品してください。もちろん私への返金は不要です」

「あ、はい…」

「ちょっとスマホ貸してね」

K田は派手なスマホを操作し、メモアプリを開くと再度A子に手渡した。

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■仕事内容

 フリマアプリ出品代行

・出品商品は弊社の空き社宅にて保管しております。

 商品を選定の上、お持ち帰りをお願いします。

・弊社貸与のスマートフォンにて指定アカウントよりフリマアプリへの出品をお願いします。

・出品時、以下順守をお願いします。

 商品名:ランダムな数字の羅列

 カテゴリー:その他

 配送方法:匿名配送を推奨

 販売価格:送料込み1万円固定

 ※過去の出品を参考にしてください。

・弊社で簡易検品済ではありますが、目立った傷や汚れがある場合は出品しないでください。

・いかなる理由があっても私物の出品は禁止です。

・購入者とのコメント及びメッセージでのやりとりは禁止です。

 支払い完了連絡があり次第、速やかに商品発送してください。

・取引終了時の評価コメントも不要です。

■給与

 売上金額に応じた歩合(50%)

■勤務期間

 一か月

■勤務地

 社宅、ご自宅

■待遇

 社宅⇔ご自宅間の交通費全額支給

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A子は首を傾げながら派手なスマホの画面を見つめる。

「何かご質問はありますか?」

「え、えっと…。社宅は近いんですか?」

「A子さんのご自宅からだと1時間程度でしょうか。これ渡しておきますね」

K田は社宅の住所が書かれたメモと合鍵をA子に手渡した。

「私は一緒に行けませんが、早速今日からお願いします。部屋の中のものは何もかも出品いただいて問題ありません」

「あ、はい…。あと、出品時の商品名とカテゴリーに指定がありますが、これだと検索に引っかからないのでは…。販売価格も1万円固定になってますが、元値が高い商品なのでしょうか?」

「検索には敢えて引っかからないようにしてます」

「え?それじゃ売れな…」

「いえ、すぐに売れます」

「そうなんですか?」

「はい。出品次第、フォロワーに通知が行きますので、フォロワーがすぐに買います」

A子は【Sさん】のマイページを最確認すると、フォロワーは10人登録されていた。

「ごく稀にフォロワー以外の方が商品購入してしまうことがありますが、その場合は取引キャンセルの上、即ブロックしてください」

「あ、はい…」

「フォロワーが10人登録されてると思いますが、実際に購入するのはその内の5人だけです。その他はブロック済みです。対象の5人はこちらからもフォローしてます。」

確かに【Sさん】がフォローしているのは5人だけだった。

「あと出品いただく商品は古着、日用品、生活雑貨となるので元値は数百円~数千円程度です」

「それで1万円で売れるんですか?」

「はい。何度も言いますがすぐに売れます。他言無用ですが【Sさん】は活動休止中の芸能人でして…」

「え?!そうなんですか?!誰ですか?」

「申し訳ありませんが、教えられない決まりで…。あまり知名度は高く無いのですがどんな芸能人でも熱狂的なファンは少なからずいます。フリマアプリのフォロワー5人は【Sさん】のオンラインサロンで高額プランにご加入いただいてまして、フリマアプリの購入権利は特典の一つになってます」

「なるほど!推しの私物だからすぐに売れるんですね!」

「はい。本来であれば本人に引き続き出品していただきたかったのですが、先週からご家族の看病で地方におり、出品の継続が困難な為、A子さんに出品代行をご依頼させていただいた次第です」

「そうだったんですね…でも、大丈夫でしょうか?本人が出品してないのがバレたらまずいんじゃ…」

「はい。もちろん大問題です。フォロワーの方に信頼いただく為、商品写真には必ず【Sさん】も一緒に写るようにしてます」

K田は自身のスマホでA子さんの自撮り商品写真を表示させ、A子さんに手渡した。

「A子さんは骨格や体形がほぼ同じなので、パッと見は【Sさん】に見えるでしょ?」

「そう…ですかね…」

「爪の形は違いますが、同じネイルチップをつければ誤魔化せます。社宅にそのまま置いてありますので、自撮りの際は着用をお願いします」

「あ、はい…」

「ただ、現時点では【Sさん】にあってA子さんに無いものがあります。これが非常にまずい。分かりますよね?」

A子は【Sさん】の写真を穴の開くほど見つめた。

「あ…ほくろ…」

「そう。【Sさん】のチャームポイントである口元のほくろがA子さんには有りません…」

「写真を撮る時、同じ位置にマジックペンで書けば良いですか?」

「いえ、毎回書いていたら大きさや位置が異なっている事に気が付かれてしまう可能性あるのでダメです」

「じゃあ、美容整形でほくろを取ったことにするのは…」

「当時のプロフィールに口元のほくろがチャームポイントである旨、明記していたのでそれもダメです。大変申し訳ありませんが、アートメイクで口元にほくろを入れていただきますか?その上で商品写真には必ず口元のほくろを写してください」

「え?それはちょっと…」

唐突な申し出に困惑するA子。

「個人差もありますが入れ墨と違って1~2年で自然に消えますし、万が一、痕が残った場合は除去手術の費用はこちらで全額負担します」

「…」

A子は悩んだが、何を出品しても1万円で売れることを考えた途端、頭の中の天秤は一気に傾いた。

「分かりました!やります!」

「ありがとうございます。実は出張アートメイク施術の予約は済ませてますので、本日社宅にて施術を受けてください」

「あ、はい…分かりました」

「他に何かご質問はありますか?」

「あ、給料の支払いは…」

「毎週金曜締めで売り上げを確認の上、翌週水曜にご自宅へ郵送いたします」

「分かりました!」

「最後となりますが、こちらの契約書に署名をお願いします」

A子はさらっと目を通したが、先程のメモアプリと同内容が堅苦しい表現で記載されているだけだった。

「署名は一番下の方の空欄にお願いします。…はい、ご記入ありがとうございます。不明な点等ございましたら貸与させていただくスマホに私の連絡先が登録してありますので、そちらからご連絡ください」

「あ、はい…」

「では、本日より一か月よろしくお願いします」

「よろしくお願いします!」

A子は貸与された派手なスマホをバッグに入れると喫茶店を後にした。

K田はケーキを一口食べると、遠ざかるA子の後ろ姿を見つめた。

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「ここかな?」

目の前には二階建てのアパート。

社宅の住所を地図アプリに入力し、スマホを頼りに目的地に到着した。

「<一〇二>号室は…真ん中の部屋か」

A子はドアノブに合鍵を差し込み、ドアを開けた。

「お邪魔します」

目の前に広がるのは紙袋と段ボールだらけの室内。

人が住んでいるような痕跡は無く、空き部屋を物置として使っているようだ。

試しにいくつか中を確認すると、中身は衣類がほとんどだった。

押入れの中も同様に紙袋と段ボールで埋め尽くされていた。

「それにしても…」

部屋中に充満する香水のきつい香り。

A子は窓を開けて換気した。

外から流れ込む心地よい風。

「それじゃ、始めますか!」

A子はなるべくかさばらないキャミソールやワンピース、Tシャツを選定し、紙袋に詰め込み始めた。

何でも1万円で売れるのであれば、質よりも量だ。

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【ピンポン】

持ち帰る分の商品選定を終え、スマホをいじっているA子の背後で玄関チャイムが鳴った。

玄関ドアスコープを除くと、サングラスとマスク姿の女性と思わしき人物が見えた。

「アートメイクに伺いました」

「はーい!」

A子が玄関ドアを開けると、大きな黒のメイクボックスを手にした女性が室内に入った。

「本日、担当させていただきます。○○です。よろしくお願いいたします」

「…あ、はい。お願いします」

日本語は上手であったが、日本人ではないようで、名前が聞き取れなかった。

「本日は口元のほくろのアートメイクですね」

「はい」

「予約時にご希望の内容をお写真いただいておりますが、変更はありませんか?」

「あ、はい。お願いします。ちなみに痛いですか?」

「人それぞれですが、麻酔しますので気にならない程度です」

「麻酔って注射…ですか?」

「いえ、麻酔クリームを塗らせていただきます。塗布後30分放置してから施術いたします」

注射が苦手だったA子は安堵の表情を浮かべた。

「それでは始めさせていただきます」

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帰宅後。

自室の姿見鏡で口元のほくろを再確認するA子。

思いのほか馴染んでおり、気に入ったA子は笑みを浮かべた。

「A子~!晩ご飯できたよ!下りておいで!」

母親が一階から呼びかけるも、ワイヤレスイヤホンから流れる音楽にかき消された。

出品商品に着替えては派手なスマホでの自撮りを延々と繰り返すA子。

気が付けば日付が変わっていた。

出品写真を撮り終えるとベッドに寝転がりながらフリマアプリで【Sさん】として初出品をした。

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数分後。

『〇〇さんが「4016495636104010」を購入しました。発送をお願いします。』

本当に売れるか眉唾だったが、プチプラのキャミソールがすぐに売れた。

偶然売れただけかも知れないと思い、次の商品を出品した。

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数十秒後。

『〇〇さんが「281628163050163929」を購入しました。発送をお願いします。』

先程と同じフォロワーが間髪入れずに購入した。

本当に売れることを確認したA子は笑みを浮かべた。

「そろそろ寝ようかな…」

最後にもう一つだけ出品したA子は大きなあくびをしながら、派手なスマホを枕元で充電し、目を閉じた。

【~♪~♪~♪】

鳴り響く通知音。

暗闇の中、スマホ画面の明かりがついた。

目をこすりながら派手なスマホを確認するA子。

『〇〇さんが「36304830491648104856」を購入しました。発送をお願いします。』

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翌朝。

A子は売れた商品を丁寧に梱包すると、発送手続きをする為に近所のコンビニに向かった。

普段は同日にまとめて商品が売れることは滅多に無いため、気にする必要は無かったが、商品に発送伝票を貼る際、類似サイズの商品を同じように梱包するとどれがどれだか分かりにくくなり、誤発送しかねないとA子は思った。

数字の羅列と実際の品名を記入した付箋を貼ってはいるものの、調子に乗って大量出品するのは止めた。

出品も発送手続きも一度に三品までとするマイルールを課した。

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三週間後。

出品、梱包、発送を一日に何度も繰り返し、商品が無くなりそうになったら社宅に行って補充する日々が続いていた。

毎週送られてくる給料も相当な金額になったが、A子は憂鬱だった。

「あと一週間かぁ…」

一か月間限定の契約である為、今週でこのルーチンワークも終わってしまう。

K田に契約期間の延長が可能か問い合わせてみたが、結果は延長不可だった。

頭を掻きむしるA子。

「とりあえず、今週も頑張りますか…。あ…」

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最終日。

かさばらない衣類はほとんど売りさばくことができた。

A子は清々しい表情を浮かべながら残りの三品をまとめて出品した。

明日はK田と喫茶店で待ち合わせをしており、派手なスマホと社宅の合鍵を返却する。

【~♪~♪~♪】

【~♪~♪~♪】

【~♪~♪~♪】

連続して鳴り響く通知音。

『〇〇さんが「3630363019103930」を購入しました。発送をお願いします。』

『〇〇さんが「50164829403048292816」を購入しました。発送をお願いします。』

『〇〇さんが「3630481019104916292730」を購入しました。発送をお願いします。』

A子は最後の三品を丁寧に梱包すると、発送手続きをする為に近所のコンビニに向かった。

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翌日。

喫茶店にてK田と一か月ぶりに再開したA子。

派手なスマホと社宅の合鍵をK谷に手渡した。

「一か月間ありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ大変助かりました。ここ最近はいつもより梱包が大変丁寧だったとサロン経由で御礼のメッセージもいただいております。本日以降【Sさん】にも同水準で対応いただかないとお叱りを受けてしまうかも知れないので、梱包のハードルが上がってしまいましたが・・・」

K田は笑いながら頭をポリポリと掻いた。

「あ、何か好きなもの注文してくださいね」

「すみません、これから用事があるので…」

A子は立ち上がり、会釈した。

「そうでしたか、またご縁がありましたらよろしくお願いします。本当にありがとうございました」

K田も立ち上がると深々とお辞儀した。

A子は喫茶店を後にすると、行きつけのリサイクルショップに向かった。

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数日後。

『〇〇さんが「281628163050163930」を購入しました。発送をお願いします。』

A子はフリマアプリの新規アカウントで【Sさん】としての出品を続けていた。

勿論、K田からの許可は得ていない。

フリマアプリ出品代行の最終日、フォロワーで最も購入頻度が高かった〇〇さんが購入した商品を梱包する際、一通の手紙を同封した。

『〇〇さん、いつもご購入ありがとうございます♪実は今回の出品が最後となります。正確には出品は続くのですが、それは私ではなく、私のふりをしたスタッフの成りすましです。いつもお世話になっている〇〇さんを騙すようなことは出来ず、お手紙書かせていただきました。〇〇さんとだけ今後もやりとりできるアカウントを内緒で作成したので、良かったら今後もそちらからご購入いただけると嬉しいな♪試しに一品だけ出品したから、購入して貰えると嬉しいな♪商品名は「491629362939」だよ♪あと、〇〇さんが一番気に入っている私の写真をフリマアプリのアイコンに設定してくれたら嬉しいな♪』

〇〇さんはA子の手紙を信じたようで、商品到着後、すぐにフリマアプリのアイコンが女性の写真に変更された。

可愛らしい女性だったが、知名度が無いとK田が言っていた通り、見たことのない顔だった。

A子は○○さんのフリマアプリのアイコン写真を保存し、画像検索エンジンで【Sさん】が誰なのかを特定した。

どこにも所属していない地下アイドルだった。

歩合制も無くなり、売り上げ金がそのまま手元に入るようになったA子は笑いが止まらなかった。

衣類に限らず、使わなくなったコンタクトレンズや百円ショップで買った新品のフェイスパック等も一万円で売り捌いた。

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数日後。

『〇〇さんから「50305649562716303616492929」にメッセージがあります。』

これまで一度もメッセージでのやりとりが無かった為、A子にとっては珍しい通知だった。

『すみません。先程、商品受け取ったのですが、裾のところに破れがあり…。返品できますでしょうか?』

どうやら、検品時に見落としがあったようだった。

匿名配送でやりとりしている為、返品いただくにはA子の住所を教える必要があり、それは出来なかった。

『大変申し訳ありませんが、返品は承っておりません。次回出品時にもう一品サービスで同梱させていただく形はいかがでしょうか?』

『でしたら、返金用に出品しますので、ご購入いただけますでしょうか?手数料を引いて1万円になるよう11111円で出品します。』

返金用の出品はよく見かける為、A子は仕方なく提案を受け入れることにした。

『承知いたしました。お手数ですが出品でき次第、ご連絡をお願いします。』

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数分後。

『返金用の出品完了しました。ご購入をお願いします。』

A子は〇〇さんのマイページから返金用の商品を購入した。

『早速、購入させていただきました。商品の返品は不要ですので、商品は発送したことにして取引完了をお願いします。』

しかし、それ以降〇〇さんからメッセージのやりとりが来ることはなく、数時間後に取引完了となった。

〇〇さんからの評価コメントには『ありがとうございます。』の一言。

とりあえずトラブルにはならず穏便に済んだとA子は安堵した。

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数日後。

A子は苛ついていた。

今までは出品後すぐに売れていた商品がここ数日は何も売れていない。

過去に売れた商品ページから〇〇さんにメッセージを送ろうか悩んだが、購入を催促するのもイメージが悪い為、とにかく待つことにした。

【~♪~♪~♪】

通知音。

やっと売れたと思ったA子は笑顔でスマホを操作した。

『〇〇さんが新しい商品を出品しました。』

「え?」

購入通知ではなく、〇〇さんの出品通知だった。

気になったA子は出品通知をタップした。

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『商品名:162939292936565030

 商品説明:案外近い。』

商品写真は一枚だけ添付されており、A子はタップしてから拡大表示した。

添付されていたのはGoogleマップの地図画像だった。

地図の一か所にハートマークがある。

「嘘でしょ…」

ハートマークの位置にあるのはA子の自宅だった。

匿名配送は徹底していたのに、自宅住所が何故バレてしまったのか分からず、一瞬困惑したA子だったが、原因はすぐに判明した。

先日、〇〇さんが出品した返金用の商品ページを再確認すると、配送方法が匿名配送になっていなかった。

商品の返品は不要であった為、配送方法をきちんと確認することなく迅速に購入してしまったのが間違いだった。

自宅がバレて怖くなったA子は取り急ぎ〇〇さんをブロックした。

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数日後。

【~♪~♪~♪】

通知音。

『〇〇さんが新しい商品を出品しました。』

A子は出品通知をタップした。

『商品名:505648564916391629

 商品説明:母親が違う。成りすまし確定。』

商品写真が複数添付してあり、いずれもA子の自宅が様々な角度から撮影された写真だった。

最後の一枚には買い物帰りに自転車から降りたA子の母親が写っていた。

A子はこれまでに感じたことのない恐怖から吐き気を覚え、トイレに駆け込んだ。

「どうしたのA子?具合悪いの?」

トイレのドアを開けっぱなしで床に座りながら便器に嘔吐くA子の背中をさする母親。

「お母さん…」

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数日後。

【ピンポーン。ピンポーン】

A子の母親がインターホンを確認すると、ダンボール箱を抱えた見知らぬスーツ姿の男性が映っている。

「は~い」

「すみません。A子さんに会いに来ました」

「あ、A子のお友達?ちょっと待ってくださいね」

母親はインターホンを離れると階段下に向かった。

「A子!お客さん来てるよ!」

二階に呼びかけるも反応は無い。

待たせては悪いと思った母親は玄関ドアを開け、男性に声をかけた。

「ごめんなさいね。部屋にA子いるんだけど…たぶん音楽聞きながらスマホいじってるみたいで…」

「あ、大丈夫です。すぐに済むので」

「え?ちょ、ちょっと…」

男性は玄関ドアを強引に開けると玄関で革靴を脱ぎ、二階に向かった。

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耳元で大音量で流れる音楽。

ここ数日、飲みすぎたようで頭が酷く痛む。

欠伸をしながらゆっくり瞼を開けると、寝転がる私の顔を見知らぬスーツ姿の男性が覗き込んでいた。

「ん?」

男性は口を動かしており、何かを言っているようだったが、耳元の音楽にかき消されて聞き取れない。

ワイヤレスイヤホンを外そうとするも、両手と両足が縛られていた。

声も出せない。

私の代わりに両耳のワイヤレスイヤホンを外し、電源を切る男性。

今度ははっきりと聞こえた。

「返品しに来ました」

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男性は手鏡を女性に向けた。

「ん?」

鏡の中には真っ白いフェイスパック姿の女性。

「返品します。化粧水の代わりにあれで貼り付けました」

テーブルに置かれた容器を指さす男性。

業務用の接着剤だ。

先程から声が出せない原因が分かった。

上唇と下唇も接着されていた。

「もしかすると、これで美肌に近づけるかも知れませんよ」

男性はフェイスパックを顎の方から掴むと、一気に剥がした。

「ん!」

裏面に表皮がびっしり貼りついた血だらけのフェイスパックをゴミ箱に放り投げる男性。

あまりの激痛にのたうち回る女性の顔は文字通り、一皮剥けていた。

赤黒い真皮が露出し、眼球の白さが際立っている。

「全くダメですね。これも返品します」

男性は一箱三十枚入りの使い捨てコンタクトレンズを取り出した。

容器から一枚ずつコンタクトレンズを取り出すと、剥き出しとなった女性の眼球に乗せていく。

一枚、二枚、三枚、四枚…。

両目に二枚ずつ乗せた所で、男性は面倒になったのか、使い捨てコンタクトレンズを容器のまま女性の眼球に押し込み始めた。

「ん!!」

一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、六枚、七枚、八枚、九枚、十枚…。

眼球は潰れ、眼窩は使い捨てコンタクトレンズの容器で埋め尽くされた。

「もう見えないでしょうし、余ったのは捨てておきますね。これも返品します。あ、これは元々あなたのでしたか」

男性は先ほど外したワイヤレスイヤホンを女性の両耳につけた。

「もう少し、聴きやすくしましょうか」

両手で女性の頭を掴み、両方の親指でワイヤレスイヤホンを耳の奥深くまで一気に押し込んだ。

「あ、すみません…。電源入れるの忘れてました…。ちょっと待ってて下さいね」

男性は部屋を出て行った。

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「お待たせしました。お母さんから借りてきましたよ」

男性の手にはキッチンから持ってきたであろうステンレス製のおたま。

細長い柄の部分を女性の右耳に突っ込んだ。

「あれ?駄目ですね…。押し出したら反対から出てくると思ったのですが…」

ぐりぐりと手探りで掘り進めるも向こう側に辿り着くことは無かった。

しばらく痙攣した後、ぐったりとする女性。

「すみません…。不器用で…。あとはそこのダンボールに返品する衣類が入ってるので…ってもう着ないですかね」

動かなくなった女性に手を合わせると、男性は立ち上がった。

「それじゃ、そろそろ失礼…」

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交際相手を殺害後に自殺か

●●市の住宅で、住人のA子さんが血を流して倒れているのを、同居する母親が発見し110番通報、警察が到着後、死亡が確認された。交際相手の男性も同室内で死亡しており、警察は、男性がA子さんを襲った後に自殺を図ったとみて詳しい経緯を調べている。

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数か月後。

とある喫茶店。

「無事、A子の保険金も下りました。本当にありがとうございました」

中年女性が目の前に座る男性に菓子折りを手渡した。

男性は菓子折りの箱を開けると、中身を確認した。

「美味しそうなお菓子ですね。確かにいただきました」

「それで、あの子は…」

「元気にやってますよ」

「そうですか…。では、私はこれで…」

「はい。またご縁があればよろしくお願いします」

女性は席を立つと会釈し、喫茶店を後にした。

「お母さん、お元気そうでしたね」

男性は前を向いたまま、後ろのテーブルに座る女性に話しかけた。

「そうですね」

「新生活はどうですか?」

「特に問題無いです。住み込みで働かせてもらえて三食きちんと出るので」

「それは良かった。新しい戸籍はもう少しお待ちください。ご希望の地域で天涯孤独の女性を探してますので」

「…」

「それにしても、あなたが面接に来たのがつい先日のことのようですね」

「…」

「色々やってきましたが、あの時のご依頼はなかなか印象深いです」

「…」

「働かずに親の金を浪費する娘に数年前から多額の保険金をかけ、殺害を依頼する母親」

「…」

「保険金をかけられている事を知り、独り立ちする為の資金を集めようと嫌々仕事を探し始めたが、トラブルに巻き込まれる娘」

「…」

「契約期間終了後、本当は私の方から【Sさん】は別人がバイトで出品している旨、フォロワーの方に情報を流して、けしかける予定でしたが、まさか個別にやりとり続けてるとは思いませんでしたよ」

「…」

「契約書に違約金の記載もありましたが、リスクを背負ってまでよくやる気になりましたね」

「…」

「まぁ、私はテレビ〇〇の社員じゃないですし、あの契約書は何の効力も無いただの紙切れですが」

「…」

「あと、替え玉の替え玉とはよく思いつきましたね。保険金さえ手に入るなら、娘は殺害しなくても良いとお母様から依頼変更のご連絡をいただきましたが、あなたが思いついたそうですね」

「…」

「ちょうど、私が運用している自殺系の裏サイトであなたに雰囲気が近い自殺志願者の女性と知り合ったので、紹介させていただきましたが…あの死にざまは酷かったですね…」

「…」

「交際相手の役の方はこちらで自殺を偽装させていただきました。おっと…」

男性は派手なスマホを操作するとテーブルの上に置いた。

「最後に一つ聞きたかったのですが、フォロワーの〇〇さんのこと、どう思いますか?」

「死んで当然のキモオタ野郎…」

男性は口元を押さえて笑った。

「…だそうですよ。〇〇さん」

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男性は派手なスマホを手に取り、通話終了ボタンを押した。

その直後、喫茶店の入り口の方が騒がしくなった。

叫び声が聞こえた。

刃物を手にした中年男性が無表情のままゆっくりと近づいてくる。

中年男性は店の奥のテーブル席に一人で座る女性を床に押し倒し、無慈悲に何度も刃物を振り下ろした。

「ほくろも偽物なんだってな」

女性の口元のほくろを中年男性は刃物で抉り取り、満足げな表情を浮かべると喫茶店の外へと走り去って行った。

床に倒れた女性の傷口を台ふきんで軽く押さえながら、男性がささやき始めた。

「すみません。いくつか嘘ついてました。あなたの替え玉を殺したのは〇〇さんじゃないんですよ」

「…」

「お金を払って安全に殺人がしたい人が集まる裏サイトがあるのですが、そちらで声をかけた方です。シチュエーションと殺害方法を指定して実行いただきました」

「…」

「もちろん、本物の〇〇さんもあなたに殺意を抱いておりましたが、あなたが殺されたニュースを見て、手を汚さず済んだと安堵してました」

「…」

「それなら、何故こうなったのかって?お母様から再度ご依頼をいただいたんです。やっぱり、始末してくれと。万が一、あなたが生きているのがバレたら罪に問われますからね。先程、受け取った菓子折りの中身は前回の成功報酬と今回の追加依頼分の前金です」

「…」

「ほら、窓の外、見えますか?あ、その位置だと見えないかな?お母様も見てますよ」

窓の外から中年女性がじっと喫茶店内を見つめていた。

「〇〇さんも、あなたから謝罪の言葉が聞けるようであれば今回は許すとおっしゃってくれていたのに…残念です」

「…」

「死んで当然のキモオタ野郎…ですか。全くもってその通りですね」

周囲の野次馬に見えないよう、男性はそっぽを向いて笑った。

「…」

男性は近くで立ちつくす店員に声をかけた。

「すみません…お亡くなりになりました…」

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とある喫茶店。

男性と女性が向かい合って話している。

「大変申し訳ありませんが、ご応募いただいた時点で他の方に採用が決まっておりまして」

「え?そうなんですか…」

「そこで、ご相談なのですが…」

男性はテーブルの上に派手なスマホを置いた。

「別のお仕事に興味ありませんか?」

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さとる様
読みに来るのが遅くなり申し訳ございませんでした。
久しぶりに「さとる節」を読めて幸せです。
圧倒的な存在感と筆力 戦慄する怖さに感動いたしました。

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