その夜、タクシー運転手の相模さんは車内で一人悩んでいた。先程乗せた乗客の忘れ物だ。
この場合営業所に戻ったタイミングで届ければいいのだが、問題はそれだけではない。
荷物が高級品であったり、生物、危険物といったものもある。
「一応中身確認しとくか……」
相模さんはそう言って重い腰をあげ車から降りた。
トランクを開け、中に入っていた大きなダンボールを確認する。
慎重に中を開け、荷物を確認していると。
「運転手さん、いい?」
声に振り向くと、四十代位のスーツを着た男が、ドアの前に立っていた。
相模さんは慌てて頭を下げ運転席に戻り、後部座席のドアを開けた。
「どちら迄?」
すると、男は相模さんに行き先を告げ、ため息をつきながら座席に深く腰掛けた。
相模さんが軽く返事を返し、慣れた手つきで車を動かす。
──ガタガタ。
と、トランクから音が鳴った。
「荷物積んであるので、すみません……」
相模さんはそう言ってバックミラー越しに男に会釈した。男は特に意を返す事もなく黙ったままだ。
暫くすると、それまで沈黙していた客の男が前かがみになり、相模さんに話し掛けようとした。
──ガタガタ。
男が音に釣られトランクに振り返る。
再び相模さんはミラー越しに会釈した。男が気にもせず口を開く。「なあ運転手さん」
「はい何でしょう?」
「タクシー運転手の人って怖い体験とか、そう言う話持ってるってよく言うじゃない、運転手さんも何かそういうのないの?」
ニヤニヤしながら男は尋ねた。
──ガタガタ。
トランクからまたもや音が響くと同時に、客の男が振り返える。
流石にこのままだと何か言われるかもしれないと思った相模さんは、気を逸らそうと男に話を合わせる事にした。
「あ……ああもちろんありますよ!」
「おっ!本当?何なに良かったら聞かせてよ?」
「え、ええ、良いですとも……で、では……」
──ガタガタ。
再びトランクから音が鳴った。
まずいと思い相模さんは直ぐに話を始める。
「実はね……これはある男性客を載せた時の話なんですが、そのお客さん大きなダンボールを持ってまして、それをトランクに置かせてくれって言うんですよ。で、私が手伝いましょうって言ったら物凄く怒って一人でやるって言い出しまして、とりあえずお客さんが荷物を積み込んだのを確認して車を走らせたんですよね」
「へえ、それで?」
──ガタガタ。
「え、ええ、それで暫く走らせてたんですけど、どうもトランクからたまに音が聞こえるんですよ」
「音が?今みたいに?」
「はい、まるでトランクに誰かがいるかの様に……」
「人?」
「はい、だいぶ前でしたけどこんな事件知りません?誘拐犯の男が攫った小さな女の子をダンボールに詰めてタクシーのトランクに載せてたって話し」
「あ、いや、知らないな」
──ガタガタ。
客の男がびくりと肩を震わせ振り向いた。
相模さんはそんな男を無視して話を続ける。
「その時の運転手さん、怪しいなって思ったそうですよ、男にバレないように遠回りしたりなんかして時間を稼いだそうです。そうしたら信号待ちをしていた時にね、聞こえたそうですよ……」
──ガタガタ。
「な、何て?」
そう聞き返す男の額には、薄らと汗が滲んでいる。
相模さんは信号が黄色に変わるのを確認しブレーキを踏んだ。
「出して……出して……女の子の声でね、そう聴こえたそうですよ」
──ガタガタガタガタガタッ!
瞬間、先程よりも遥かに大きな音がトランクから響いた。
車は停車しているのに何故か車体が僅かに揺れている。
「な、なあ後ろ!だ、誰かいるんじゃないか!?」
「誰か……?居ませんよ、荷物があるだけです……」
「いや、でもおかしいだろ!揺れてるし音だって聴こえてる!」
「ええ、ですから先程から何度も謝ったじゃないですか」
「いやそうじゃなくてだな、」
男がそう言いかけた時だった。
「出……せ」
背後から声が聞こえた。
男はハッとし青ざめた顔で恐る恐るトランクの方に耳を傾けた。
「出せ……ここから……出せ……」
地の底から湧き上がるような不気味な声が、男の耳にハッキリと聴こえた。
「うわあっ!お、降りる!もうここでいい、つつ、釣りはいいから!」
客の男はそう言うと、相模さんに五千円札を手渡し飛び出す様にして車内から降りて行った。
「どうしたんだ急に?ふう……まあいい、結果オーライだな……」
相模さんは安堵の息をつき、道路の角を曲がった先にあるコンビニの駐車場へと入った。
車を停車させ運転席から降りると、車体の裏に周りトランクを開けた。ダンボールを開け中身を確認する。
「しかし参ったね……前の客の忘れ物が骨壷だなんて……そう言えばさっきの客といい、忘れ物した客といい、何か慌ててたな……」
以上が当時相模さんが体験した話だ。
後に骨壷の所有者が名乗り出た時に、車内で怖い体験をしつい取り乱して忘れ物をしてしまったと聞かされ、その内容を知った相模さんもまた、あの時の事を思い出し寒気がしたと、今も語っている。
作者👻狐の嫁入り👅