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鎮魂歌【狐の嫁入り体験談③】

長編15
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鎮魂歌【狐の嫁入り体験談③】

  これは、私こと狐が生涯忘れられない出会いをした、占い師Yさんとのお話。

その日、狐は友達数人と、とある廃墟を訪れていた。

時刻は午前一時。

きっかけはカラオケの後、友人I子の彼氏Tが、皆で肝試しに行こうとその場のノリで言い出した事が発端だった。

蒸し暑い夏の夜、カラオケもお開きになり、時間を持て余した彼等にとっては、良い時間潰しにはなると思ったのだろう。

そんな中、狐だけは少し浮かない顔をしていた。

彼女は周りに話した事はないが、これまでにも人には言えない不思議な体験をしてきた過去がいくつもあった。

そういった経験から、正直自分からそういった所に赴くのはどうなんだろうと、僅かばかりの葛藤があったのだ。

しかしここで空気を濁すのも躊躇われ、結局周りに流されるまま廃墟に着いてきてしまう情けない状況にいた。

メンバーは狐、その友人のI子と彼氏のT、もう一人Fという友人がいたのだが、彼女は門限があるため先に帰宅してしまった。

「いや、結構やばめ、思ったより雰囲気あるな」

先頭に立つTが懐中電灯を手に言った。

場所はとある山間にある廃ホテル。

地元では有名な心霊スポットで、周辺に住む人間なら一度は耳にした事がある場所だった。

廃墟となって数年、色々と噂はあるが、そのどれもが何処かで聞いた事があるような話ばかり。

男性の死体が発見された、ドラム缶で人が燃やされた、母親と赤ちゃんが無理心中しただのと、どれも噂程度で信憑性はないが、これまでに数多くの幽霊の目撃情報が相次いでいる。

「足元やばっ、狐、あんた鈍臭いんだからコケないでよ」

I子に言われ狐は彼女の腕にしがみつき、床に散らばったガラス片に怯えながら避けて歩いた。

「引っ付きすぎ、そういうのは彼氏にしてあげなさいよ……あれ?そう言えば狐、最近彼氏とは?」

「別れた……」

「ええ、何でよ?」

「キスもさせない女とは付き合えないって……」

「まじかよ狐ちゃん、それ何て拷問だよ極刑じゃん」

「うるさいT、ちゃんと前照らして」

「へいへ~い」

「狐もブスくれないの」

そう言ってしがみつく狐のほっぺをI子は軽く摘んでみせる。

「おお伸びる伸びる、雪見大福じゃん」

「雪見違う、マシュマロだもん……」

「ん……あんま違いなくない?」

「マシュマロの方がやわっこい」

「意味不明なんだけど……」

等と、二人がくだらないやり取りをしている時だった。

先頭に立っていたTが急に振り返り、持っていた懐中電灯をI子に手渡してきた。

「悪い、ちょいトイレ」

「うっそまじで?」

I子が露骨に嫌な顔をしてみせるが、Tは掌を縦にし、頭を下げ慌てて入口へと戻って行った。

「しょうがないなあ、狐、その辺で待ってよ」

I子がため息混じりに言うと、二人はロビーらしき場所でしゃがみこみTの帰りを待つ事にした。

暫く他愛もないやりとりをして時間を潰している時だった。

ふと、I子のスマホから着信音が響いた。

慌てて彼女がスマホの画面に目をやると、その顔が見る間に苦々しそうな顔に変わっていった。

「あ、もしもし?う、うん、今家だけど……」

通話口に向かって言いながら、I子は狐に頭を何度も下げながら慌てて去ってゆく。

狐はそれを察したかのように片手をヒラヒラさせ、遠ざかるI子を見送った。

「まだ二股やってんだ……懲りないなあ……」

I子はクラスでも人気者でスポーツも得意だ。

明るく誰とでも打ち解けるため男子にもよくモテる。

見た目も可愛いし何よりスタイルが良い。

年頃の男子なら放ってはおけないだろう。

「いいなあ……」

俯きボヤいていると、狐はハッとして顔を上げ辺りを見渡した。

──てか私一人だよね……

しかも懐中電灯はI子が持って行ったままだと気が付き、狐は涙目になりながら下唇を噛みしめる。

蹲り待つが二人とも一向に帰ってくる気配がない。

先程まで届いていた月明かりすら、雲間に隠れてしまったのか暗さは増すばかり。

だんだんと不安が積り、狐は待つのをやめ一度車に戻ろうと考えた。

立ち上がり埃が気になってお尻を二度ほど払った時だ。

「きゃっ」

一瞬、暗闇の中、小動物の影が蠢くのを狐は視界に捉えた。

だがいきなりの事に慌てて狐はバランスを崩し、その場で尻餅を着いてしまった。

「痛たたたた……何よ今の」

辺りを直ぐ様見回すと、暗闇の中、四つん這いの動物らしきものがいる事に気が付いた。

「猫?」

徐に手をかざすと指先がそれに触れた。

廃墟に住み着いた野良猫かなと思い、狐は手を広げ適当な場所を撫でてみた。

ほんのりとした温もりが肌に伝わり、束の間の安堵を覚える。

──あれ……何……?

不意に、狐の体が不自然にくの字に折れた。

眠気、と言うより意識が薄れていく感じに近い。

手だけは猫を撫で続け、視界が徐々に塞がってゆく。

─何だろ……これ……

重くなっていく瞼を必死に開けようとするが、その抵抗も虚しく、やがて全身の力が抜けていく中、狐の意識は完全に途絶えてしまった。

「狐!?」

「I……子?」

目を覚ますと、そこには心配そうに狐の顔を覗き込むI子の姿があった。

起き上がり周囲を確認し、要約狐は自分が車内の後部座席に寝かされていたのだと気が付いた。

後に二人から話を聞かされたところによると、狐はロビーの柱にもたれる様にして寝息を立てていたという。

I子とT二人がかりで運んだけど重かったと言われ、狐は帰宅するまでの間、終始車内でふくれっ面をしたままだった。

廃墟探索から数日がたったある日の事、狐は学校でI子からこんな誘いを受けた。

「Fの知り合いにさ、良く当たる凄い占い師さんがいるんだって、初回無料だから狐も誘って今から来ないかってさ!もち行くよね!ね!!」

目を輝かせながら狐の手を取るI子。

「ん?狐ひょっとして具合悪い?」

「えっ?う、ううん大丈夫、ちょっと寝不足なだけ……」

「そう?ならいいけど……あっ!ひょっとしてこの前の廃墟で何かお化け連れて帰っちゃったとか?」

意地悪そうな笑みを浮かべ、I子が恨めしそうな顔で言った。

「そそ、そんな訳ないじゃん!何よお化けって……」

「あはは、だよね、私もTもピンピンしてるし」

「そ、そう……占い、私も行くよ」

「おっ!本当に!?狐も恋愛運占ってもらいなよ!」

「うん……」

どうせ自分の色恋沙汰を占って貰いたくて、自分をだしにしようという魂胆なのだろうと狐は思ったが、前回は迷惑もかけたこともあり、渋々その提案に乗っかる事にした。

学校を出てI子と二人待ち合わせの場所である駅前まで行くと、Fがスマホを弄りながら待っていたため、声を掛け三人は合流し、Fに案内されるまま占い師の元へと向かった。

やがて三人は多くのテナントが立ち並ぶ場所までやってきた。

クレープ屋に喫茶店、美容室などが建ち並び、店の前は若い学生達で溢れ返っていた。

その一番端に、他とは違い落ち着いた雰囲気の店がある。

一見、何の店かは分からないが、何かハンドメイドの小物でも売っている様な落ち着いた店構え、看板らしきものにはちっちゃな魔女を形どったタペストリーか飾られており、その横にFairytaleと書かれている。

「ここだよ、私の叔母がやってるお店」

Fが指さしながら言うと、I子は怪訝そうな顔を向けてきた。

「叔母って……親戚の宣伝かよ……」

「酷い!叔母さんの占いはよく当たるって評判なんだよ!」

「ご、ごめんごめん、ほ、ほら、二人とも入ろ」

抗議の目を向けるFを宥めつつI子が扉を開き中へと入って行く。

狐もその後に続いた。

店の中に入ると、ふわりと漂う甘いラベンダーの香りが三人を包んだ。

入口にはアロマオイルが炊かれ、中は程よく空調が効いているため、さっきまでの蒸し暑さと比べ天国の様な場所に、三人はほっと一息着く。

「あら、いらっしゃい……」

不意に店の奥から女性の声が聞こえ、三人は同時に顔を向けた。

長い黒髪、黒を基調としたブラウスに薄いカーディガンを羽織った女性が、カーテンで仕切られた部屋から現れた。

三十代くらいだろうか、落ち着きのある印象、背筋もピンとしており優しそうな顔をしている。

占い師と言うよりは穏やかな文系の教師といった感じだ。

「Yさん遊びに来たよ!」

Fはそう言うとYの元まで駆け寄った。

「ふふ、早速お友達連れてきてくれたのね」

「うん!電話でも話したけど今日で大丈夫だった?」

「ええ勿論、今日は予約入れない日にしてあるから、三人とも占いでいいのよね?」

すると、さっきまで二人のやり取りを見守っていたI子が食い気味に身を乗り出してきた。

「あ、あの是非占って欲しいんですけどい、いいですか?」

「いいわよ、時間も惜しいし早速初めていい?」

「は、はい!」

「じゃあこっちにいらっしゃい、集中したいから一人づつね、二人はそこでお茶でも飲んでて」

そう言ってYは、入口近くにあるソファーの横に置いてあるポットを指さし微笑んだ。

高級そうな紅茶や珈琲パックが彩り良く並べられていて、Fと狐はどれにする?等と言い合いながらIの占いが終わるのを待つ事にした。

ソファーに腰掛け、淹れたてのオレンジペコにふぅふぅと息を吹きかけながら、狐は徐にFに尋ねた。

「さっきYさんって人、占いでいい?って言ってたけど、他にも何かしてくれるの?」

すると、Fは少し考えた後に口を開いた。

「基本は占いだけなんだけど……実はここだけの話……」

そう言ってFがガラステーブル越しに身を乗り出してきた。

「叔母さんお祓いとかもできるらしいよ、あと催眠術」

「えっ?何それ?」

「修行とかもした事あるんだって、修行ってやっぱあれかな?滝に打たれたりとかするのかな?」

「ど、どうだろ……」

「でもさあ、オカルトってちょっと怖くない?」

「え?な、何が?」

「いやオカルトって言うかさ、ほらいるじゃん幽霊見えちゃう系のやつ?悪霊に取り憑かれたあ!とかさ、クラスの男子でもそんな話してる奴らいるでしょ?、ちょっと関わりたくないって言うかさ、正直ちょっとキモくない?」

「そ、そうかな?」

「何?狐って信じる系?」

「えっ?いやいやいやそんな私は……別に……」

「だよねえ狐そういうの鈍そうだし」

「Fちゃんに言われたくない……」

「ええ何それ、」

Fが不満そうな顔をして返事を返した。

そんな彼女を見て狐はふと思う。

Fは悪い子ではないと。

元々思った事を素直に口に出す子で、よく言えば素直で正直者、悪く言えばちょっと空気が読めない子、でもそんなFの事を、狐は嫌いではなかった。

可愛らしい子だし、たまにとんでもない事を言い出す所も面白いとも思っている。

「お待たせ」

仕切られていたカーテンからYが顔を出し、I子と共にこちらに戻ってきた。

「あっどうだったI!?」

持っていたカップをテーブルに置き、FがI子の側に近寄ると、彼女は目をうるうるさせながら口を開いた。

「私目が覚めた!これからは一人の男を愛せる女になる!」

「えっ?えっ?」

I子の発言に戸惑うF、それを横目でクスリと笑いYが狐に向き直った。

「次はそちらの子ね、いらっしゃい」

「えっあ、あのFは?」

「あ、私はこの前もうやってらったから、狐行っておいでよ、それより何なに?IちゃんT以外とは別れちゃうわけ?」

二人が話し込む中、Yが狐にそっと手を差し伸べる。

「緊張しないでいいわよ、取って食べたりしないから……」

「取ってって……は、はい……」

何処か見透かされているような気持ちになりながらも、狐はおずおずとその手を取り、言われるがままカーテンの奥へと向かった。

奥の部屋は入口と違って少し薄暗かった。

内装も落ち着いたモダンチックなものになっており、オレンジの照明がその印象をより一層引き立てていた。

「座って……」

Yが優しく声を掛けると、狐は先程よりも幾分か緊張がほぐれ、素直に従うことができた。

丸いウッドデッキを挟んで互いに向き合うと、Yの切れ長の瞳が、狐にはより一層綺麗に見える。

「貴女が狐ちゃんね」

「あ、はい……そうです」

気恥ずかしくなり狐が慌ててぺこりと頭を下げる。

「ふふ、可愛い、でもちょっと……困ってるようね……」

「困る?」

「ええ……何か悩みとか抱えてない?」

「悩み……ですか?恋愛とか、友達関係とか?」

言われてみても狐はピンとこなかった。

恋愛は臆病で奥手なため、相手から呆れられ振られる事はあったが、友達関係は至って良好に思えた。

全てをさらけ出して、とまではいかないものの、ある程度周りに合わせていれば特に問題なく穏やかに過ごせている。

しかし、そんな狐にYは口元をニヤリとさせ口を開く。

「じゃなくて……何か変なものが視えたり、不思議な体験したりとか……」

「えっ……?ええっ!?」

狐は思わず肩をびくりとさせ後退りした。

今まで誰にも打ち明けた事はない。もちろん家族にも。

なのになぜ初対面のこの女性はこんな事を言ってくるのか……。

「心当たりあるのね……最近それで悩んでる事は?」

「そ、それでって……」

堪らずYからサッと目を逸らした。

狐には思い当たる節があったのだ。

それは、あの日肝試しに行った翌日から始まった。

最初は声だった。

か細い子猫の様な声。

部屋に子猫が?

等と戸惑ったが部屋中探しても子猫の姿はなかった。

しかしその声は度々耳にする事があり、最近は寝ていてもその声で目を覚ます事が多々あった。

次に黒い影。

部屋を暗くしていると、ふと床に黒い塊を目にする事があった。

それはよたよたと左右に揺れ動き、暗闇の中をまるで徘徊しているように見えた。

それが不気味で、狐はここ最近昼間だろうが夜中だろうが明かりをつけたまま過ごしている。

そして最も嫌なのが、突然体を何者かに触れられる事だ。

最初、狐は気のせいだと思っていたが、やがて腕を掴まれたり、足に擦り寄られるような感触がハッキリと分かるようになっていた。

ここ最近起こっているこれらは何なのか、狐もこの事は誰にも相談できず、また何か部屋にいるのかもなあと、正直半ば諦めて過ごしてきた。

「ちょっと待ってて」

突然Yは狐にそう言って席をたち、カーテンを潜り入口へと向かった。

何事だろうと思いつつ戻ってくるのを待っていると、十分程してようやくYが姿を現した。

「IちゃんとFには先に帰ってもらったわ、狐ちゃんちょっと具合が悪いから先に帰ってって、店ももう閉めておいたから、ここには私と狐ちゃんだけ、本当の事話して大丈夫よ、私は驚いたり気味悪がったり何てしないから」

「気味悪がったり……?」

「ええ……だから隠さなくていいのよ?誰にも話せないって辛いわよね……でも誰も悪くは無いのよ?もちろん狐ちゃん、貴女も……」

「私も……ですか?」

「そうよ……隠して生きるのも、それはそれでいいの、理解なんてされなくても仕方の無い事だもの。でもね、世の中には最後まで狐ちゃんの味方でいてくれる人もいるの、それれが一人でもいい、そんな人が一人でもいれば、貴女はこれからも生きていけるはずよ、だから正直に話してみて……」

Yの言葉一つ一つが、狐の心に染み入っていくように浸透していく。誰にも打ち明けられずこれまでずっと一人で飲み込んできたのだ。

全ての暗い過去を洗い流すとまではいかないものの、狐にとってそれは束の間の安らぎを得るには十分な答えだった。

「ひっく……」

静まり返る室内に、狐の嗚咽混じりの泣き声が響く。

「私も経験あるのよ……まあ私の場合、周囲にそれを打ち明けた事によって随分生きにくい人生になっちゃったけどね、後悔はしてないけど、あの時こうだったら何て、たまに思っちゃうわ……結局答えなんてないの、自分らしくとか格好つけたところで、歩むのは自分自身なんだだから……最後に笑っていられればそれでいいのよ」

「は、はい……」

目を赤くさせ鼻をすする狐に、Yはハンカチを差し出した。

「ありがとう……ございます」

「さてと、聞かせてもらえる?今、狐ちゃんの身の回りで起こってること……」

ハンカチで涙を拭い、やがて落ち着きを取り戻した狐はゆっくりと口を開き、意を決してこれまでの経緯を全て語って見せた。

「廃墟で猫を撫でた……なるほどね……狐ちゃん、驚かないで聞いてちょうだい、私には今、貴女の肩に纒わり付く黒い影が見えているの……」

「黒い影……ですか?」

それを聞いて狐は自分の肩をちらりと見たが、無論影など微塵も見えなかった。

「そう、でもそれがしっかりとした形を取ってくれないと、私にも簡単に手は出せないのよ」

「形?」

「ええ。漠然としたままの相手を祓うのではなく、その本質を知って祓う事こそ、神道の基本なのよ」

「じゃ、じゃあその影っていうのはあの時の猫じゃ」

「かもしれないわね……でもそれだけじゃだめ、見極める事はできない、その影には寄り添えないわ……そこで何だけど、狐ちゃん、貴女に一度催眠術を掛けてもいいかしら?」

「さ、催眠術ですか?」

「そう、まあ催眠術ってだけだと怪しく聞こえちゃうけど、医学的にはヒプノセラピーと言ってね、科学的にも証明されている催眠療法なのよ」

「で、でもそのヒプノ何とかって言うのと、私の事と何が関係あるんですか?」

「狐ちゃん、貴女猫と遭遇した時に眠りに近い不思議な状態になったって言ってたわよね?」

「は、はい……眠気というか……意識がやんわり遠くなったというか……」

「そして気が付いたら車内にいた……」

「そ、そうです」

「うん、じゃあやっぱり試してみた方がいいかもしれない、いい?」

「ちょ、ちょっと怖いですけど……分かりました……」

「よし、じゃあ早速始めましょうか」

Yはそう言うと席を立ち上がり、狐を壁側にあるソファーに誘導し横になるように言った。

「これでいいですかYさん?」

「うん、ありがとう、じゃあ次は目を瞑って、寝たままでいいから深呼吸するのよ……肩の力を抜いて、自分の体が水面に浮かぶ様なイメージを思い浮かべるの」

「は、はい……」

狐はゆっくりと目を閉じ、深呼吸をしながら頭の中で思い浮かべた。

水面に浮かぶイメージ。

抗わず全てに身を委ねる様に……。

不意に額に触れる感触、Yの手だ。

心地よい体温、それが額から全身へと行き渡るような錯覚。

瞼が不思議と重くなっていく。

意識が微睡み、やがて狐の意識はゆっくりと薄れていった。

狐が目が覚ますと、目の前でYが席に腰掛けノートパソコンを弄っていた。

「あ……わ、私……寝ちゃってたんですね……な、何かすみません」

「おはよう……いいのよ、最近余り眠れてなかったんじゃない?」

言われてみて狐はハッとして気が付いた。

確かに睡眠不足ではあったが、ここ最近で一番熟睡できた気がしていたからだ。

「その調子だと、お祓いは成功ね……もう大丈夫よ」

「す、凄い……寝ている間にですか……?」

「ええ、ヒプノセラピーのおかげで、影の本質も分かったからね」

「本質……な、何か分かったんですか?」

「うん……映像見てみる?」

「え、映像!?わ、私の寝顔ですか!?涎とか垂らしてませんか!?」

「ちょこっと」

そう言ってYがクスリと笑ってみせる。

「あうあう……」

「ふふ……これ見て」

Yがテーブルに置いていたノートパソコンをくるりと反転させ画面を狐に向けてきた。

マウスを動かし動画を再生する。

画面では目を閉じたままの狐が、Yの支持する通りに身体を起こし、操り人形の様にソファーに腰掛けていた。

やがてYが再び耳元で狐にこう言い聞かせた。

「あの晩、貴女は何を見たの?何を撫で、何をしたの……?思い出して……そう……やって見せて……」

すると、狐はそのままの姿勢で足元に手をやり何かを撫でるような仕草を取った。

それは狐にも見覚えがあった光景。

が、次の瞬間、画面の中の狐は何かを抱き抱えるようにして急に立ち上がった。

「えっ?」

画面を凝視する狐から思わず声が漏れる。

何かを抱えた素振りを見せた狐は、そのまま身体を左右にゆっくりと揺らし始めた。

見えない何かを大事そうに抱え、ユラユラと。

そして……。

『ねんねんころりよおころりよ、坊やは良い子だ、寝んねしな……』

「こ、子守唄……!?」

目を見開いて画像を見つめる狐の顔が、見る間に青ざめていく。

そして、狐は両手を口に当て愕然とした顔で呟いた。

「誰……この声……私の声じゃ……ない!?」

狐の脳裏に廃墟で過ごした日の出来事が過ぎる。

あれは……猫何かじゃなかった。

すると横にいたYが、これまでに見せた事のない冷たい瞳でボソリと答えた。

「これが……影の本質よ……」

以上が、狐が生涯忘れられない相手、占い師Yと体験した初めての話だ。

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