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夜釣りに行った時に、酒飲みながらテトラ帯で釣りをしていた男が釣り道具を残したまま消えたという何処にでもある話だ
その日、私は知り合いのMさんと共に夜釣りに行った。
消波ブロックであるテトラポッドの隙間は魚の住処となっている。そのため、釣り糸を垂らす穴釣りという釣法をすれば、カサゴなどが数多く釣れるのだ。
Mさんは離れた場所で投げ釣りをしていた
その日は新月で、さざ波が消波ブロックにぶつかる静かな波音と潮風、雲に反射した街明かりに仄かに照らされた真っ黒い水面は目の前に広がる海を恐ろしい物が潜む淵の様に感じさせた
夜も更けた頃、ビシャッビシャッと人が歩く音が聞こえた
「こんばんは、良い夜ですねぇ。」
「こんばんは、そうですね。」
ラフな格好で釣りの道具を持ったいかにも地元の人という風体のぽっちゃりした男性だった
「どこから来たんです?」
と男性が親しげに聞いてきたので
「〇〇県です。初めて来たんですけどよく釣れますねここ。近くの方ですか?」
と答える
「ええ、この近くに住んでるんですよ。」
「今日は穴釣りをしようと思ってね。君も穴釣りだろ?」
「はい、明日は唐揚げパーティですねえ。ビールとか買わないといけないんですけど今月結構カツカツですわ。ではお気を付けて」
「君も気を付けてね。結構行方不明者多いんだよぉ…。」
「怖い事言わないで下さいよ。酒も飲んでませんし滑るような場所には行きませんからね。」
そういう感じで軽く会話をし、釣りを再開する
釣り針にアオイソメというミミズのような生物を付け、テトラポッドの隙間に入れ、少し待てばグッグッと魚が餌に食いついた事を釣竿が知らせる。
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(おっ、結構でかい)
など心の中で言いながら針を外し水氷を入れたクーラーボックスに入れる。
冷たさで締まり、鮮度をある程度維持出来る。
釣れる魚は小さいので内部まで一気に冷える事で血抜きも不要だ
しばらくその場所で釣り続けた後、場所を移動した
テトラポッドの上である。
スパイクが付いた靴をはき、慎重に移動していく
丁度いい場所があったので
釣り糸を垂らす
竿が震え魚が釣れる
釣り糸を垂らす
竿が震え魚が釣れる
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釣り糸を垂らす
…
どうやら海藻か何かに根掛かりしたらしい。
重く、糸がある程度の範囲にしか動かない
魚であれば、動くはずだ
糸を持ち、ゆっくり引っ張っていく。急に根掛かりが解消して反動でバランスを崩さぬように
ふっ と手に持った糸に掛かっていた重さが消えた
リールで巻き上げていく
白っぽいぶよぶよとした塊が針に引っかかっていた
「あぁ、この前その辺りで人が消えたんだよ」
後ろから声がした
ビクっと身体が震え冷や汗が背中をつたう
ヘッドライトの光量を落とし照らした
さっきの男性が近くのテトラポッドに立っていた
「人が?」と聞く
「うん。若い女性だったっけな」
男性が答える
服は濡れたように黒ずみ、身体に張り付いている
肌もびっしょりと濡れている
「たしか、その時立ってたテトラポッドは金具が付いていたはずだよ」
立っていたテトラポッドには金具は付いていなかった。
金具が付いていたのは横のテトラポッドだった
「…それって何時の話です?」
「2週間程度前の話。」
「通報は?」
「この辺ってね、結構深い所までテトラポッドがあるのよ」
「いきなりですね」
「テトラポッドの隙間は入り組んでいて、隙間が多いから魚も多く棲むよね」
「深くまで沈んだ人間が上がって来ることはまず無いんだ」
「スカベンジャーが食べちゃうからね」
血の気が引く感じがした
「…そんな顔しなくてもいいでしょ!?始めっからおっさんのジョークだよ!?気を付けてね的な意味で話しただけだよ!」
男性の顔は赤かった。
「酒飲んでます?」
「夜釣りしながら飲む酒って美味いんだよね」
それには同意する
「じゃあね。いっぱい釣りなよ。」
そう言って男性は自分の釣り道具を置いてある場所に戻って行った
白くぶよぶよとした腐肉塊。ちぎれた断面には骨が見える
おそらくウツボか何か大型魚の死体に引っ掛けたのだろう
そう言い聞かせ針を外し、海へ捨てた
しばらくすると空が明るくなってきた
夜明けだ
場所を移動する。
ふと、男性の方を見に行こうと考えた
男性の釣り道具がある方へ向かう
男性は居なかった
(トイレかな?)
と思っていると
『カツン...カリカリ...カツン...カリカリ...』と棒でコンクリートを叩き、引っ掻くような音が聞こえているのに気付いた
釣竿の先端がテトラポッドの隙間からにょきりと出ていた
波の動きに合わせて釣竿が動き音を立てる
テトラポッドの上から穴を覗く
テトラポッドの隙間は暗く深かった
「カツン...カリカリ...カツン...カリカリ」
音が静かに響く
私は見て見ぬふりをし、その時見た光景を話さず釣果について談笑しながらMさんと帰宅した
その場所にはもう行っていない
新月の夜に釣りをすると波音に混ざって静かにきこえてくる
カツン...カリカリ...カツン...カリカリ
作者匿名希望徘徊者
こんにちは
70パーセント程度のノンフィクションです