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人混みの中を縫うようにして歩き進めると、私は人の疎《まば》らな自販機の前で立ち止まった。
周りを見渡せば帰宅ラッシュということもあって沢山の人で混雑しているのに、何故かこの場所だけはいつも空いている。毎日のように利用しているこの駅で、この場所で電車を待つのが私の習慣だった。
壁と自販機に囲まれるようにして背を向けると、私はポケットからスマホを取り出す。
(この角が、妙に落ち着くんだよね……)
そんなことを考えながらスマホを開くと、両耳にイヤホンを付けて動画を再生する。
(やっぱいいなぁ……、この声)
両耳から流れてくるその声に思わずニンマリと微笑むと、私は手元の携帯画面に釘付けになった。そこに映し出されているのは、最近私がハマっている配信者の姿。
とは言っても、その姿は実写ではなく美少年風のイラストだ。
私の通っている高校でも配信者にハマっている人は多く、そのジャンルは『歌い手』だったり『ドッキリ系』だったりと様々で、学校ではいつもその話しでもちきりなのだ。
私が今ハマっているVtuberも人気のある配信者で、毎日のように動画チェックをするのが私の日課だったりする。
そんな私を見て、危ないから外で動画など見てはいけないと、毎日のように注意をしてくる両親。
なにも歩きスマホをしているわけではないのだから、危険なことなどないだろう。そう思った私は、そんな両親の言葉を軽く聞き流していた。
両生類として活動をしているVtuberの動画はとても面白く、電車が来るのを待っている間、こうしてこの場所で動画のチェックをすることも毎日の習慣になりつつある。
毎度お決まりのオープニングを見終えると、今回の動画の趣旨が説明されてゆく。その説明によると、どうやら今回のターゲットは学校の友達らしい。
(今回も、凄く面白そう)
そんな期待を胸に画面を見ていると、いよいよ本編へと突入した動画。通話相手である友達に自分の彼女を紹介すると告げたVtuberは、一人二役で友達を騙してゆく。
そんなVtuberにまんまと騙されている友達の反応はとても面白く、ネタバラシの瞬間には期待以上の反応をみせてくれた。
(やばっ! ウケるんだけど……っ)
漏れ出る笑い声を片手で抑えながらも、画面から目を逸らす事なく映像を見続ける。
程なくしてエンディングを迎えると、次の動画を視聴しようと画面を操作しようとした、その時──。
(──あれ……?)
何気なく顔を上げた先に見えてきたのは、閑散とした駅のホーム。つい先程まであれほど沢山居た人達は、一体何処へ消えてしまったのだろうか……?
(え……もしかして、もう電車来ちゃったのかな?)
そんなことを思いながらも呆然とホームを見つめていると、視界の端から突然飛び出して来たスーツ姿の女性。
転びそうになりながらも必死に走っているその姿は、まるで何かから逃げているかのようだ。よく見てみると、怪我でもしているのか腕から血を流している。
(え……っ? な、に……?)
いまいち状況の分からない私は、震える左手でイヤホンを片方外してみた。すると、途端に聞こえてきた人々の泣き叫ぶような声。
「──早く逃げろっ!」
私のすぐ目の前を走り去ってゆくサラリーマンの男性は、私の存在に気付くとそう叫んだ。
「……え?」
一体、何がどうなっているのか──突然のことに、全く思考が追い付いていかない。
そんな状況の中でも本能的に危険を察知したのか、私の身体はガタガタと震え始めた。
(早く、逃げなきゃ……っ)
そうは思うのに、強張る身体は思うように動いてくれない。
恐怖で崩れ落ちそうになる膝を懸命に堪えると、私は震える右足を一歩前へと踏み出そうとした──その時。
shake
「──!」
突然目の前に現れた男によって、壁と自販機に挟まれて身動きの取れなくなってしまった私。男の手元にチラリと視線を向けてみると、その手にはしっかりと包丁が握られている。
「……いや……っ」
小さく震える声を絞り出した私を見て、ニヤリと不敵に微笑んだ男。
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右手に持った血に濡れた包丁を、私に向けて大きく振り上げる。
そんな光景を、私はただ眺めていることしかできなかった。
愉悦した微笑みを浮かべる男の姿を見つめる、絶望に満ちた私の瞳。その瞳が小さく震えたその時──ポタリと一雫流れ出た涙は、私の頬を伝って下へと落ちていった。
─完─
作者邪神 白猫
スマホに夢中になるのも、ほどほどに…