パーキングエリアの落し物

長編14
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パーキングエリアの落し物

長野の実家で法事を終え、東京の自宅へ帰るために高速道路に乗ったのは、すでに夜の十一時を過ぎていた。

久しぶりに実家でのんびりしたかったのだが、明日の昼過ぎに大事な商談がある。

時間的には明日の早朝に出発しても良かったのだが、明日の商談は絶対に外せず、代役もいないため、万が一のことを考えて早めに戻っておきたかったのだ。

そして都心へ向かうには朝よりもこの時間の方が道路も空いており、朝の渋滞でイライラするような精神的な負担も少なくて済むという思いもあった。

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長野道から関越自動車道に入り、埼玉へ入るまで睡魔に襲われることもなく順調にドライブしていたのだが、気がつくと時刻は午前一時近くになっており、念のためにひと休みしようと寄居パーキングエリアで車を停めた。

ここはサン=テグジュペリの『星の王子様』をモチーフにしたエリア造りがされており、《注:現在はこの形で営業されていません。》、

立ち寄る人が多い人気のパーキングエリアなのだが、さすがにこの時間では店も開いておらず、停まっている車もまばらだ。

トイレを済ませ、気分転換に煙草を一服しようと、星の王子様の像が飾ってある遊歩道に入っていった。

天気の良い昼間はまだ真夏の暑さを残しているが、九月の声を聞いたこの深夜の時間帯は、ややひんやりと柔らかく吹く風が心地良い。

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ふと、花壇の脇に何か落ちているのに気がついた。

拾い上げてみると、かわいいフェルト製のコアラが付いたキーホルダーだった。

鍵がひとつ付いているが、車のキーではなく住宅のドアの鍵のようだ。

周りを見ても誰もおらず、案内所へ届けようかと思ったがもちろんこの時間は閉まっている。

一服したら案内所前のカウンターに置いてこようと一旦ポケットに入れ、横にある喫煙スペースのベンチに腰掛けた。

煙草に火をつけ、大きく吸い込んだ白い煙をひと気のない闇に向かって吐き出す。

ふと横を見ると誰もいないと思っていた喫煙スペースの一番奥に座る人影があった。

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その人影は、俺がその存在を認識したのを見極めたかのように立ち上がると、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。

俺はてっきり、ひとりでのんびりしているところに俺という邪魔者が来たので、ここから立ち去ろうとしたのだと思った。

少し申し訳ないような気がしたが、ここは公共の場であり俺が遠慮することではない。

その人影は当然そのまま俺の前を通り過ぎるものと思い、前に投げ出していた足を引いた。

「あの、すみません。」

近づいてきたその人影は女性で、意に反して俺のすぐ横で立ち止まると声を掛けてきた。

このような喫煙スペースで見知らぬ人に声を掛けられる場合、十中八九は火を貸してくれというお願いだ。

俺はその女に作り笑顔を向けると、ライターを取り出すべくポケットに手を突っ込んだ。

街灯と逆光になっているため、はっきりと顔は見えないがやや細面で整った顔立ちをしており、年齢は三十前後と言ったところだろうか。

長い黒髪に黒のタンクトップ、そしてデニムのミニスカートにミュールサンダルといったラフな服装だ。

案の定、その女は手に煙草を一本持っており、俺はポケットからライターを取り出すと彼女が火を貸してくれという前に火をつけて彼女の前に差し出した。

女が煙草を口に当て立ったまま前屈みになってライターに顔を近づけると、灯したライターの炎の向こうに豊かな胸の谷間がタンクトップから覗いていた。

そこは男の習性だ、ライターの炎に照らされた彼女の顔をしっかりと確認するよりも、その谷間の方に視線が奪われる。

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「ありがとうございます。」

煙草の先端が赤く染まり、女はふ~っと煙を吐くと小さな声で礼を述べた。

そのまま元の場所に戻るのかと思ったのだが、驚いたことに彼女はそのまま俺のすぐ隣に座った。

しかも二の腕が軽く触れるぐらいの位置だ。普通見知らぬ人の隣に座るのであれば、少なくとも数十センチは距離を置くだろう。

俺は何気ないふりを装って少しだけ横に動き、彼女との隙間を開けた。

それは彼女を避けたというよりも俺自身の気分が落ち着く、いわゆるパーソナルエリアという奴を確保するためだ。

女はそんな至近距離に座り直したにも関わらず、話しかけてくるわけでもなく、黙って前を向いて駐車エリアを見つめたまま煙草を燻らせている。

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「どちらから来たんですか?」

どちらかというと沈黙が苦手な俺は耐えきれなくなり女に声を掛けた。

しかし女は何の反応も示さずに前を向いたまま煙草を吸い続けている。

先ほど礼を言ったのだから言葉が話せないわけではないだろう。

俺は少し腹が立った。

シカトするならすぐ隣に座るんじゃない。

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煙草を吸い終わると俺は無言で立ち上がり、眠気覚ましに遊歩道の奥に向かって歩き始めた。

それほど広いスペースではなく、遊歩道はすぐに一番奥にある円形の花壇に行きついた。

目の前の薄暗い花壇には取り立てて何かあるというわけではない。

俺はさっさと帰ろうと車へ戻ることにした。

「おっと!」

振り返ったすぐ目と鼻の先、数十センチにあの女の顔があった。

いつの間にすぐ後ろまで近づいていたのだろうか、全く気づかなかった。

それにしてもこの女の他人との距離感は少しおかしくないか。

「びっくりした。どうしたの?」

一歩下がり、薄暗い中で目の前に立つその女に、先ほど腹を立てたことも忘れて思わず問いかけた。

しかし女は、じっと俺の顔を上目遣いに見ているだけで返事をしない。

俺の親しい友人のひとりに、いわゆるコミュニケーション障害で他人とちゃんと会話が出来ない奴がいる。

根はいい奴で俺は奴の事が嫌いではないのだが、彼と同じようなタイプなのだろうか。

そう考えると腹も立たないが、こんな深夜のパーキングエリアで黙ってにらめっこしていても仕方がない。

「何か話があるの?」

できるだけ穏やかにもう一度聞いてみたが、女はじっとこちらを見たまま黙っている。

俺の顔を見ているのは間違いなさそうなのだが、このままでは埒が明かない。

「何もないなら行くね。それじゃ。」

そう言い残して俺は彼女の横をすり抜け車に向かって歩き出したが、女は俺の事を目で追うだけで特に引き留める様子は見せない。

それでもさすがに気になり、車へ向かう途中で何度か振り返ったが、後ろをついてきている様子はなかった。

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俺の車はワンボックスタイプの乗用車で、比較的奥まった隅の枠に停めたため周りに駐車している車もなく、ぽつりと寂しそうに主の帰りを待っているように見えた。

車の横まで来るともう一度遊歩道の方向を振り返ってみたがそれらしい女の姿は見えず、おっぱいは大きかったけど変わった女だったなと思いながら運転席に乗り込んだ。

特に眠気は感じておらず、それほど疲れもなさそうなので、あとはこのまま練馬のマンションまで一気に帰れるなと思いながらエンジンを掛けようとスタータースイッチに手を伸ばした。

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「うわっ!」

エンジンを掛けるのと同時に何気なく見たルームミラーに、あの女が一番後ろ、三列目のシートに座っている姿が映っていた。

慌てて振り返るとやはりあの女が座っており、俺を見て微笑んだ。

後ろの席に乗り込むにはスライドドアを開けなければならないのだが、それに気がつかないはずはない。

俺が車へ戻る前に先回りしたとしてもドアはロックされていたし、そもそもこの車が俺の車だとうことが彼女に判るはずがない。

いつの間に乗り込んだのだろう。

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この時一瞬この女はこの世の存在ではないかもしれないという思いが頭を掠めたが、先ほどベンチで二の腕が軽く触れた時には確かに実感があったし、生暖かい体温も感じた。

とても幽霊とは思えない。

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とにかく相手が勝手に乗り込んできたとはいえ、このままこの女を乗せて帰るわけにはいかない。

「あの、もう家に帰るので、申し訳ないけど降りて貰えませんか?」

女は相変わらず何も答えず、こちらをじっと見て微笑んでいる。

ひょっとすると強引なヒッチハイクなのだろうか?

「もしかして乗って行きたいの?どこまで行くの?」

しかしやはり女は何も答えない。

先程と同じでこの一方通行の会話では埒があかない。

場合によっては女を車から引きずり降ろそうと、運転席と助手席の間を抜けて後席へ移動した。

二列目のシートに座り、上体を捻じって後ろを向くと再び女に話しかけた。

「君は何なの?いきなり車に乗り込んでくるなんていったい何が目的なの?」

すると女は背もたれから上体を起こし、微笑んだまま俺に顔を近づけてきた。

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「うわ~っ!」

間近に迫った女の目は真っ黒で白目がなかった。

先程の喫煙所や遊歩道で向き合っていた時は薄暗くて気付かなかったのだろう。

俺は慌ててスライドドアを開けると転がるように車の外に飛び出した。

そして数メートル離れたところで、車の中を振り返った。

あの女の姿はない。

シートの陰に隠れているのだろうか。

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そのまましばらく様子を窺っていたが、ここから見る限りでは車の中に女の気配はない。

「なんなんだよ、いったい。俺が何をしたって言うんだ。」

恐る恐る車に近づき、ゆっくりと車の中を覗き込んでみたが車の中はもぬけの殻だ。

突然車の中に現れ、突然に消えた。

あの女がこの世の存在でないことを俺は確信した。

とにかく女の姿が見えないうちに一刻も早くこの場を離れようと、スライドドアを閉めて運転席へ戻ろうと振り返った。

「うわっ!」

すぐ目の前に女が立っていた。

相変わらず笑みを浮かべて、真っ黒な目で俺の顔を見ている。

相手が微笑んでいるからといって、微笑み返す余裕なんかある訳がない。

俺は車を離れ、売店やレストランが並ぶ明るい方へダッシュした。

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明るい街灯の下までたどり着き、後ろを振り返ったが女の姿はない。

周りにはちらほらとトイレや自販機などに向かうトラックドライバー等の姿があり、少しほっとして向こうにある自分の車を見たがその周辺に人の姿はない。

消えてくれたのだろうか。

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とは言え、先ほどの状況を思い起こせば、すぐに車に戻る気にはとてもならない。

時計を見ると午前二時半を過ぎたところであり、あと二時間もすれば明るくなってくる。

それまではここで過ごそう。

ここから自宅までもうあと一時間と少しだから、時間は充分にある。

そう思い、比較的人通りのある、トイレ近くの街灯に照らされたベンチに座った。

時折パーキングエリアを出入りする車の音、そして遠くに本線を通過する車の音が聞こえる以外は静かだ。

そして周囲に注意を払いながらそのまま十分、二十分と経過していくうちに、徐々に睡魔が襲ってきた。

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◇◇◇◇

そこは見知らぬマンションの前だった。

目の前にはあの女がいて、俺に向かって手招きをしている。

黒のタンクトップにデニムのスカートという服は変わっていない。

何故か俺は素直に、女に従いマンションへ入って行った。

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マンションのエントランス上部には《タワーレジデンス鶴ヶ島》と表示されている。高級そうなマンションだ。

そして女の後に従い、204号室と表示された、『岩佐由紀子』というネームプレートのある部屋の前に立つと、女は何も言わずに体を寄せてきた。

女の目は普通であり、優しそうな光を湛えている。

そして抱きつくようにして俺のポケットに手を入れると、コアラのキーホルダーを取り出した。

このキーホルダーはこの女の物だったのか。

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女はキーをドアに差し込みドアを開け、再び俺に手招きをした。

玄関へ入り、靴を脱ぐために足元へ視線を移した後、顔を上げると女の姿はない。

女を探して部屋の中に入ってみた。

独り暮らしなのだろうか、女性らしいインテリアで綺麗に整頓され掃除も行き届いている。

しかし見える範囲に彼女の姿はなく、声を出して呼んでみようかと思うのだが、名前が判らない。

ネームプレートにあった『岩佐由紀子』が彼女の名前なのだろうか。

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隣の部屋を覗くと、そこは寝室のようで奥の壁沿いにベッドが置いてある。

よく見ると布団が盛り上がっており、誰か寝ているようだ。

傍に寄ってみると、それはあの女だった。

目を閉じ、顔は青白く唇にも血の気がない。

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そして枕元のヘッドボードには、コップと共に空になった薬瓶が転がっており、口元に手を近づけてみると、やはり呼吸をしていなかった。

自殺か?

そう思った瞬間、女がいきなり白目のない真っ黒の目を見開き、彼女の口元に近づけていた俺の手をぎゅっと掴んだ。

「うわ~っ!」

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◇◇◇◇

悲鳴を上げたところで目が覚めた。

パーキングエリアのベンチに座ったまま、眠ってしまったようだ。

「変な夢を見たな。」

時計を見ると四時を過ぎていた。座ったまま二時間近く寝ていたようだ。

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夢から目覚める時、実際に声が出てしまったのだろう、周りを歩く何人かがこちらを怪訝そうな顔で見ている。

周囲はうっすらと明るくなってきており、駐車場を見渡すとまるでモノクロームの写真のようだ。

もう少しで日の出だろう。

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自分の車に恐る恐る近づき、そっと中の様子を窺ったが女の姿はない。

運転席のドアを開け、もう一度中の様子を確認したが大丈夫なようだ。

俺はほっとして運転席に乗り込み、エンジンを掛けようとしてあることを思い出した。

あのキーホルダーを案内所に預けてこないといけない。

絶対に持って帰りたくないが、適当に捨てるともっと嫌なことが起こりそうな気がした。

一旦車を降りて、案内所の方へ歩き出しポケットに手を入れた。

「?」

ない。

ポケットに入れてあったはずのキーホルダーがないのだ。

他のポケットも探ってみたが何処にもなく、先程のばたばたで落としたのかと車の周囲や、後席を見てみたがどこにもない。

先程、夢の中で女がポケットから抜き取ったことを思い出したが、あれは夢だ。

どこへいったのだろう。

しかしよく考えれば、そもそも自分の物ではないのだ。無くなっても困ることはない。

俺はあっさりと諦めて、車のエンジンを掛けると自宅へと出発した。

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まだ夜明け前であり、関越道は空いていた。

これならマンションへ帰ってから商談までにひと眠りできる。

車の運転をしながら先程の夢を思い出していた。

あのキーホルダーがあの女の物だとして、なぜ上り側の寄居パーキングエリアに落ちていたのだろうか。

鶴ヶ島のインターはまだこの先だ。

鶴ヶ島のマンションであの女が自殺したとして、なぜその部屋のキーが落ちていたのが鶴ヶ島へ向かう側なのだろうか。

誰かが持ち出したとすれば、鶴ヶ島から離れる方向に落ちているはずではないのか。

まあ、夢の中の事だ。あまり突き詰めて考えても仕方がない。

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嵐山、そして高坂サービスエリアを過ぎ、快調に走っていた時だった。

(イッショニ、イコウ・・・)

不意に耳元で声がした。

あの女の声だ。ミラーを確認したがその姿は見えない。

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憑いてきたのか?

そう思った途端、急激に睡魔が襲ってきた。

これはマズい。もう一度休憩すべきだが、たった今高坂サービスエリアを過ぎたばかりだ。

一旦路肩に車を停めるか。

そこで目の前に鶴ヶ島インターの出口を示す標識が目に入った。

「鶴ヶ島・・・」

そう思ったところでふっと意識が途切れ、凄まじい衝撃に襲われた。

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◇◇◇◇

気がつくとそこは病院のベッドだった。

どうやら命は助かったようだ。

心配そうに俺の顔を覗き込んでいた看護師が、俺の意識が戻ったのに気がつきどこかへ飛んでいった。

体を少し動かしてみると全身にかなりの痛みがありほとんど動かせないが、どうやら手足はちゃんとついているようだ。

運転している途中で睡魔により意識が飛び、そのまま何かに突っ込んだのだろう。

一体あの女は何だったのか。

俺はあの女に命を奪われそうになったということなのか。

(イッショニ、イコウ・・・)と囁いた彼女の声が脳裏に蘇る。

何故?

あの女は何者なのか?

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首は若干だが動かせるようであり、まだ少しぼんやりとした意識で周りを見回すと、横のテーブルに俺の財布やスマホ、小銭入れ、マンションの鍵などが置いてある。

ポケットに入っていた物だ。

「え?」

そこにはあのコアラのキーホルダーがあった。

何故ここにある?ポケットの中には入っていなかったはずだ。

こんな物はいらない。どこかに持っていってくれ。

そう思った時だった。

病室の入り口にあの女が立っているのに気がついた。

あの笑みを浮かべてベッドに近づいてくる。

くるな!くるな!

そう心の中で叫びながら、俺の意識は再び白濁した霧の中へ沈んでいった。

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再び目を醒ますと先程よりも意識ははっきりしていた。

傍にいた看護師に聞くと、やはり俺は鶴ヶ島インター出口で事故を起こしてそのままこの鶴ヶ島の総合病院に担ぎ込まれ、そして事故を起こしてから丸二日間意識を失っていたそうだ。

幸い頭部には目立った怪我はなく、肋骨と骨盤、そして両大腿骨の骨折で、エアバックがなければ即死だったと言われた。

そしてしばらくすると、ふたりの警察官が病室に入って来た。事故の聞き取り調査のためだ。

基本的には、俺の居眠り運転による自爆事故であり、俺もそれは認めた。

しかしどうしてもあのキーホルダーの事が気になり、信じて貰えないとは思ったが、警察官にあの夜の話をしてみた。

案の定、ふたりは困ったような顔をしたが、ひとりの警察官が肩を竦めて仕方がないという表情であのキーホルダーを手に取った。

「《タワーレジデンス鶴ヶ島》の204号室だね?一応確認してみるよ。」

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そして夢の通り、その部屋で死亡している岩佐由紀子の遺体が発見されたのだ。

もちろん警察は俺が何か事情を知っているはずだと、重ねて事情聴取されたが、俺は全く面識のない女性であり、彼女の死亡当日は長野の実家でほぼ終日親戚連中と一緒にいたし、高速道路のNシステムでも俺の車があの夜に移動していたことが確認された。

しかし俺があの部屋のキーを持っていたことは間違いない事実であり、入院しているこの病院は、その《タワーレジデンス鶴ヶ島》から百メートル程しか離れておらず、警察も全く無関係と割り切ることが感情的にも出来ないのだろう。

俺の気持ちの中でも、これだけ絡んでくるのであれば、ひょっとしたら無関係ではないのかもしれないという思いはあった。

しかしあの見知らぬ女、岩佐由紀子と俺の間に何らかの関係があるのなら、それが何なのか、この俺が教えて欲しい。

俺はあのキーホルダーを拾った。ただそれだけなのだ。

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(イッショニ、イコウ・・・)

彼女は無作為に向こうの世界への同伴者を探していただけなのだろうか。

その後再び訪ねてきた警察官に聞いた話によると、彼女のパソコンから遺書が発見され、それにより自殺と断定されたそうだ。

その遺書によれば、岩佐由紀子は自殺する前日、同じ市内に住む恋人とドライブに出かけ、その帰り道にあの寄居パーキングで別れ話を切り出されたらしい。

そこで激しい口論になり、彼氏はパーキングエリアに彼女を置き去りにして帰ってしまったのだ。

何故別れ話になったのかは解らないが、彼女は妊娠五か月であり、将来を悲観して自殺に及んだという事らしい。

彼女があの世への同伴者に俺を選んだ理由は特になかったのかもしれない。

たまたま、あそこを通りかかり、キーホルダーを拾っただけ。

そして練馬へ向かう俺を鶴ヶ島インターで強引に高速から降ろそうとして、結果的に事故になってしまったということなのだろうか。

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取り敢えず命拾いをした訳だが、病院のベッドで思った。

道に落ちている他人の物は、たとえ届けるつもりにせよ、絶対に拾うべきではないと。

この世に存在している”物”には大なり小なり必ず何らかの過去がある。

その”物”があるべきところではない場所にあるということは異常なこと。

そして場合によっては、その異常な状態にある”物”を手にした人間に対し、何かしらの影響を及ぼさないとも限らないのだ。

あの時、キーホルダーを拾わずに素通りしていればこんなことにはならなかったのかもしれない。

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いまさらそんなことを考えても、もう遅いか・・・

退院まであと二か月ほど掛かるそうだが、とにかくあの女が再びここに姿を見せないことを願うだけだ。

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落とし物

あなたは道端で何か落とし物を見掛けたら拾いますか?

大丈夫ですか?ソレ。

◇◇◇◇ FIN

Concrete
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