中編4
  • 表示切替
  • 使い方

Gショック

11月22日は「いい夫婦の日」らしいです。

ですから、それにちなんでこういう話を。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

nextpage

だからあんたは、、、

nextpage

この役立たず、、、

nextpage

早く死ねば良いのに、、、

separator

─また始まった。

まったく、、、

nextpage

私は大きくため息をつくと、目の前に開いた問題集を忌々しげに閉じ、立ち上がる。

大学受験まであと半年。

クラスの皆が着々と歩を進めてるというのに、高3女子の私ときたら下らない夫婦喧嘩のために毎晩、集中を妨げられている。

まったく少しは、受験生の親としての自覚を持って欲しいものだ。

nextpage

部屋を出ると階段を降り、廊下突き当たりにあるリビングのドアを強めに開けると思い切り息を吸い、

nextpage

いい加減にしてよー!

勉強にならないじゃなーい!

nextpage

と一発かました。

nextpage

そしたらダイニングテーブル手前で背を向けて座っていた父が立ち上がり、

「よおし分かった。そんなにお前がゴキブリが嫌いなら、明日から俺はゴキブリになってやる!」

と叫ぶと私を押し退け、リビングから出ていった。

nextpage

正面に座っている母は、

「ああ、そうしなさいよ。それがいい。

そしたら殺虫剤でもかけてやるから」

と言うと、テーブルに置かれた皿をさっさと片付けだした

nextpage

そして台所に行き食器を洗いながら、

「ごめんね美和、今晩こそは止めようと思ったんだけど、あのクソオヤジときたらトドのように寝転がってゴキブリ一匹も殺そうとしないもんだから、つい」

と申し訳なさそうに私を見る。

nextpage

私はやれやれと苦笑いすると、リビングから出ていった。

separator

父が突然会社を辞めて、かれこれ3ヶ月になる。

nextpage

このまま会社の歯車で終わりたくないという安い青春小説の主人公の捨てゼリフのような理由で、28年勤めた会社を見限ったらしい。

nextpage

だが辞めてからの父は新しい職を探すわけでもなく、ただ1日中リビングのソファーでゴロゴロしていた。

本人が言うには、これは怠惰を貪っているのではなく、これからの自分の新しい生き方を練っているんだということだった。

母はそんな父の姿が耐えられないようで、事あるごとにケンカをしていた。

separator

そしてその翌朝のこと。

nextpage

shake

キャー!

nextpage

母の悲鳴が聞こえたから、何事か?と私は洗面所から出てリビングに走る。

入って左手にある台所に母はいた。

nextpage

「ちょっと、あんたなにしてんの?

いい加減にしなさいよ」と俯いたまましゃべっている。

nextpage

「ねえどうしたの?」と言いながら、母の肩越しに目線の先を見た途端、ゾクリとした。

nextpage

床に大人くらいの大きさのゴキブリがいる!

nextpage

でもよく見ると、それは父だった。

nextpage

上下黒いジャージに背中には黒い発泡スチロールで作った二枚の羽を付けていて、バーコード頭にはご丁寧に二本の触覚が付いている。

nextpage

母はホウキを持ってくると、

「このバカは、こんなところでなにしてんのよ」と言いながら力任せに何度も叩きだした。

nextpage

ゴキブリ(父)は腹這いのままシャカシャカと手足を動かしながら台所から出ていった。

separator

父の奇妙な行動は、ここから始まった。

nextpage

それまでは日がな一日ソファーに寝転がっていたのが、それからは神出鬼没、家のあちらこちらに現れるようになった。

台所や洗面所の床、冷蔵庫の前、部屋の片隅など、おおよそゴキブリのいそうな場所に、あの奇妙な格好で現れるようになった。

そして文句を言うと、シャカシャカとどこかに行ってしまう。

nextpage

食事も一緒にしなくなった。

どうやら深夜に冷蔵庫を開けて、野菜やら肉やらをそのまま食しているようだ。

お腹は大丈夫?

nextpage

ある時は、どうやってしてるのか壁に張り付いていたこともあった。

こうなるともはや母も私も呆れてしまって、というか恐怖さえ感じるようになり、父には一切干渉しなくなった。

nextpage

そして秋が過ぎ、いよいよ冬突入という頃になって、父はあまり現れなくなった。

ググってみるとゴキブリは冬眠しないらしく、冬は暖かいところを探してじっとしているらしい。

一度だけ母と一緒に探してみたら和室押入れにある布団の隙間に潜り込んで、じっとしていた。

nextpage

ただ父がゴキブリになってくれたので夫婦喧嘩はなくなり、おかげで勉強に集中出来るようになった。

そして翌年、私は晴れて志望校に推薦合格出来た。

separator

それは朝から雪がちらついていた2月のある晩のこと。

nextpage

私は母と二人テーブルを挟んで、ささやかな合格パーティーをしていた。

すると、

nextpage

トントン、トントン

nextpage

庭に通じるサッシ戸を叩く音がする。

nextpage

私は母と何だろうと目を見合わし立ち上がりサッシ戸の前に立つと、カーテンの隙間から庭を覗いてみる。

nextpage

そしてはっと息を飲んだ。

nextpage

雪が積もり月明かりで白く光る庭の真ん中に、父が立っていた。

あの奇妙な格好で。

nextpage

私はサッシ戸を開けると、

「父さん、そんなとこに立ってないで、こっちにおいでよ。今母さんと私の合格パーティーしてたのよ」

と言ったが相変わらず父はそのままだ。

nextpage

あんなところで何してんだろう?と母と二人見ていると、父はゆっくり背中をこちらに向け、天に向かって大きく両手を広げる。

すると次の瞬間信じられないことに、背中の黒い羽がパッと両側に開いた。

そしてそのまま小刻みに羽を震わせながら宙に浮いたかと思うと、あっという間に冬の星空の闇に溶け込んでいった

nextpage

その時私は父が、人間努力すればどんなことでも出来るということを身を持って教えてくれたのだと思った。

いや、そうとでも思わないと、あまりに父が不憫だった。

nextpage

母はというと、その様をじっと見送りながら、

「お願いだから、もう帰ってこないでね」

とボソリと呟いた。

nextpage

fin

separator

Presented by Nekojiro

Concrete
コメント怖い
6
15
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信