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中編4
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Gショック

11月22日は「いい夫婦の日」らしいです。

ですから、それにちなんでこういう話を。

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だからあんたは、、、

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この役立たず、、、

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早く死ねば良いのに、、、

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─また始まった。

まったく、、、

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私は大きくため息をつくと、目の前に開いた問題集を忌々しげに閉じ、立ち上がる。

大学受験まであと半年。

クラスの皆が着々と歩を進めてるというのに、高3女子の私ときたら下らない夫婦喧嘩のために毎晩、集中を妨げられている。

まったく少しは、受験生の親としての自覚を持って欲しいものだ。

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部屋を出ると階段を降り、廊下突き当たりにあるリビングのドアを強めに開けると思い切り息を吸い、

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いい加減にしてよー!

勉強にならないじゃなーい!

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と一発かました。

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そしたらダイニングテーブル手前で背を向けて座っていた父が立ち上がり、

「よおし分かった。そんなにお前がゴキブリが嫌いなら、明日から俺はゴキブリになってやる!」

と叫ぶと私を押し退け、リビングから出ていった。

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正面に座っている母は、

「ああ、そうしなさいよ。それがいい。

そしたら殺虫剤でもかけてやるから」

と言うと、テーブルに置かれた皿をさっさと片付けだした

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そして台所に行き食器を洗いながら、

「ごめんね美和、今晩こそは止めようと思ったんだけど、あのクソオヤジときたらトドのように寝転がってゴキブリ一匹も殺そうとしないもんだから、つい」

と申し訳なさそうに私を見る。

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私はやれやれと苦笑いすると、リビングから出ていった。

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父が突然会社を辞めて、かれこれ3ヶ月になる。

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このまま会社の歯車で終わりたくないという安い青春小説の主人公の捨てゼリフのような理由で、28年勤めた会社を見限ったらしい。

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だが辞めてからの父は新しい職を探すわけでもなく、ただ1日中リビングのソファーでゴロゴロしていた。

本人が言うには、これは怠惰を貪っているのではなく、これからの自分の新しい生き方を練っているんだということだった。

母はそんな父の姿が耐えられないようで、事あるごとにケンカをしていた。

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そしてその翌朝のこと。

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shake

キャー!

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母の悲鳴が聞こえたから、何事か?と私は洗面所から出てリビングに走る。

入って左手にある台所に母はいた。

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「ちょっと、あんたなにしてんの?

いい加減にしなさいよ」と俯いたまましゃべっている。

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「ねえどうしたの?」と言いながら、母の肩越しに目線の先を見た途端、ゾクリとした。

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床に大人くらいの大きさのゴキブリがいる!

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でもよく見ると、それは父だった。

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上下黒いジャージに背中には黒い発泡スチロールで作った二枚の羽を付けていて、バーコード頭にはご丁寧に二本の触覚が付いている。

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母はホウキを持ってくると、

「このバカは、こんなところでなにしてんのよ」と言いながら力任せに何度も叩きだした。

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ゴキブリ(父)は腹這いのままシャカシャカと手足を動かしながら台所から出ていった。

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父の奇妙な行動は、ここから始まった。

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それまでは日がな一日ソファーに寝転がっていたのが、それからは神出鬼没、家のあちらこちらに現れるようになった。

台所や洗面所の床、冷蔵庫の前、部屋の片隅など、おおよそゴキブリのいそうな場所に、あの奇妙な格好で現れるようになった。

そして文句を言うと、シャカシャカとどこかに行ってしまう。

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食事も一緒にしなくなった。

どうやら深夜に冷蔵庫を開けて、野菜やら肉やらをそのまま食しているようだ。

お腹は大丈夫?

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ある時は、どうやってしてるのか壁に張り付いていたこともあった。

こうなるともはや母も私も呆れてしまって、というか恐怖さえ感じるようになり、父には一切干渉しなくなった。

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そして秋が過ぎ、いよいよ冬突入という頃になって、父はあまり現れなくなった。

ググってみるとゴキブリは冬眠しないらしく、冬は暖かいところを探してじっとしているらしい。

一度だけ母と一緒に探してみたら和室押入れにある布団の隙間に潜り込んで、じっとしていた。

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ただ父がゴキブリになってくれたので夫婦喧嘩はなくなり、おかげで勉強に集中出来るようになった。

そして翌年、私は晴れて志望校に推薦合格出来た。

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それは朝から雪がちらついていた2月のある晩のこと。

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私は母と二人テーブルを挟んで、ささやかな合格パーティーをしていた。

すると、

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トントン、トントン

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庭に通じるサッシ戸を叩く音がする。

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私は母と何だろうと目を見合わし立ち上がりサッシ戸の前に立つと、カーテンの隙間から庭を覗いてみる。

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そしてはっと息を飲んだ。

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雪が積もり月明かりで白く光る庭の真ん中に、父が立っていた。

あの奇妙な格好で。

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私はサッシ戸を開けると、

「父さん、そんなとこに立ってないで、こっちにおいでよ。今母さんと私の合格パーティーしてたのよ」

と言ったが相変わらず父はそのままだ。

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あんなところで何してんだろう?と母と二人見ていると、父はゆっくり背中をこちらに向け、天に向かって大きく両手を広げる。

すると次の瞬間信じられないことに、背中の黒い羽がパッと両側に開いた。

そしてそのまま小刻みに羽を震わせながら宙に浮いたかと思うと、あっという間に冬の星空の闇に溶け込んでいった

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その時私は父が、人間努力すればどんなことでも出来るということを身を持って教えてくれたのだと思った。

いや、そうとでも思わないと、あまりに父が不憫だった。

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母はというと、その様をじっと見送りながら、

「お願いだから、もう帰ってこないでね」

とボソリと呟いた。

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fin

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Presented by Nekojiro

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