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鱗の少年シリーズ 三話目 『船乗り人形』

長編10
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鱗の少年シリーズ 三話目 『船乗り人形』

彼と中学が同じだと知った日の話。

「…あ。」

私がそう声を上げる頃には、向こうは私の存在に気づいたらしく、あの鋭い三白眼で、私をじっと見てくる。

恥ずかしながら、彼が私の今の夫なのに、当時、私は彼と前に二回ほど会っているのにも関わらず、彼の名前を知らなかった。

通っていた中学校が同じだったことに、私は少し驚いたものの、そこで、彼の名前を知らなかったことに、私は初めて気づいたのだ。

私は少し考えた後、

「ウロコくん。」

と彼のことをそう呼んだ。

理由は彼と初めて出会った時、彼の体から魚の鱗が生えていたから。

彼は不思議なことに、海水に浸かると体から鱗が生えてくるらしく、原因は腕の肉を人魚に食いちぎられたから、らしい。

さらに不思議なことに、その鱗は常人には見えないらしく、今まで見えてきた人は、彼、彼の祖父、私だけらしい。

そして、彼はいわゆる『見える人』であり、これもまた常人には見えないものが見えるタチのようであった。

私がウロコくんと、その名前で彼を呼ぶと、彼は怪訝な顔をしながら、こちらへとやってきた。

何気に身長が高く、憶測だが、泳ぎが得意らしい彼は、体格もいいので、どうも近寄ってくると威圧感があるが、別段、彼は無愛想なだけで危害を加えてくる性格でないことを私は知っている。

「同じ学校だったんだ。」

そう呟きながら、中学校に知り合いがいた事に私は少し嬉しくなった。

私は人と話せと言われれば話すが、好き好んで女子達の騒がしい輪に入りたいという願望も無いため、いつも教室では一人でいることが多い。

なんというか、私は騒ぎ立てる集団が嫌いなのである。

だからいつも一人なのだが、彼はどちらかと言うとうるさい方ではなく無口な方なので、案外話しやすそうだと個人的には思っていた。

「クラスは?」

「3。」

「隣じゃん、こんなすぐ近くにいたのに気づかなかったんだ。」

昼休みの騒がしい廊下の隅っこで、私は彼とひっそりと話すことにした。

「アンタって存在感薄いって言われない?」

こんな近くにいたのに気づかなかったぐらいだし。と私が彼にそう言うと、

「知らん。聞いたことない。」

と彼からそう返ってきた。

相変わらずぶっきらぼうで無愛想だなと苦笑する。

「休み時間いつも何してんの?」

「トイレ行ってる。」

「それ以外で何してんの?」

「何もしてない。」

彼は私と視線を合わせずに、壁に背を預けたままそう言った。

真顔なのに、私と話すのが、面倒くさいという顔をしているような気がした。

「なんか、私と話すの面倒くさそうだね、嘘つくの下手くそでしょ、アンタ。」

それでも、尚諦めず、私が彼にそう言うと、

「別に、面倒くさくはない。」

と彼は否定した。

どうやら私は彼の顔だけで感情を読み取っていた為、誤解していたようだ。

「じゃあ、話しててどんな感じ?」

「普通。」

「ええ……。」

返答に困る発言に、私はまたも苦笑した。

彼は話していても直ぐに話の話題を終わらせてしまう。

まあそれでも尚、諦めずに話しかける私も私なのだが。

「私さ、明日、あの防波堤じゃなくて、川の方に釣りに行こうかなって思ってるんだよね。」

明日は学校が休みである為、一日自由だ。

テストが近いなどと言った現実は考えてはいけない。

「へえ。」

「魚が並ぶ市場みたいな商店街抜けたところの山なんだけど、知ってる?」

「うん。俺ん家があるところだから。」

「あ、山に住んでんの?一応、その山で一番大きいって言われてる川に行こうと思ってるんだ。」

「ふうん。」

「家あるならアンタも一緒に行かない?明日なんか用事ある?」

「じいちゃんの畑作業手伝う。」

「あ、そう。じゃあ無理か。」

私は少し残念そうに諦める。

そのタイミングで、昼休みを終了するチャイムが鳴り、私は彼と別れる。

結局、彼と会って話したのはそれが最後で、帰りに手を振るぐらいで、その日は終わった。

■■

翌日

私は予定通り、昨日行こうとしていた川に来ていた。

だが、その隣には昨日は行かないと言っていたはずの彼がいる。

私が川に行った所、彼、ウロコくんが既に川にいて、聞くところによれば、「こんなジジ臭い手伝いなんかしてないで遊んで来い」と、彼のおじいさんに言われたとのこと。

今まで女の気配がなかった孫息子に、ようやくその兆しが見え始めたことによる希望からか、「お前は女の扱いがなってない」とも言われたそうだ。

「本当に良いの?」

「うん、手伝いに依存するほど、そこまで老いぼれてないから大丈夫って追い出された。」

「おじいさん元気だね。」

「ボケとかもまだ来てないみたいだし、多分ばあちゃんと同じでずっと元気だと思う。」

健康なのは良いことだ。

ウロコくんの方は問題なさそうなので、私は適当に釣りの仕掛けを作り、餌が着いた針を川に放り投げる。

「ウロコくんさ、名前はなんて言うの?」

「鱗。」

「え」

「鱗。」

「まんまウロコなの?」

「うん。」

どうやら私が体から鱗が生えるからと適当に名付けたあだ名が、ウロコくんの本名まんまだったようだ。

彼は|坂酒 鱗《さかざけ うろこ》という名前の少年らしく、鱗という名前は、彼のおじいさんから付けられたらしい。

「お前が何で俺の名前知ってるか不思議でしょうがなかった。」

あの怪訝な顔の意味はそういうことだったのかと、私は今納得した。

「あぁ、アンタと出会った時、体からウロコ生えてたから、印象に残ったものと言えばウロコしかなくて。」

「ふぅん。」

「じゃあ名前は、これから変わらずウロコくんでいいや。」

「うん。」

妙に納得がいったと私は川に視線を戻す。

少しの間、音を立てて流れていく川を見ていたが、隣に人が居るという謎の好奇心から、すぐにウロコくんの方を見る。

ウロコくんは相変わらずの仏頂面で川を見ていた。

「ねえ、ウロコくん」

「ん?」

「ここら辺に出るって話知ってる?」

「何が?」

彼は何気なく首を掻きながら、こっちを見る。

「幽霊が出るって話。」

「知らん。」

「ええっ、知らないの?ここら辺住んでるのに?」

「うん。興味無いから。」

無愛想にそう言われた言葉に、彼はここいら近辺に住んでいて、見えるタチなのだから、てっきり知ってるものだと思っていた。

「いや、興味無いとかじゃなくて、ホントに見たことないの?この川を流れる『人形』の話。」

「人形?」

再度、彼が整った顔をこっちに向けた。

「そう、人形。何か、学校でも家族でキャンプに行った人とかで、見た人が何人かいるみたいなんだよ。ここら辺で遊んでたら、日本人形みたいな人形が、小さい船に乗って流れて来るんだって。」

「……。」

「その人形が流れて来る時、太鼓の音がするらしいんだけど、太鼓の音が聞こえてる最中に川に入ったら、引きずり込まれるとか何とか。実際それで怪我とか行方不明になった人がいるって噂らしいよ。」

これでも本当に知らない?と、私が彼に聞くと、

「それ、多分間違ってる。」

と、彼が一言。

「何が?」

私が首を傾げると、彼はそのまま言葉を続けようとした。

しかし、不意に私と彼の耳に聞こえた、『ドン』という太鼓を叩くような音に、お互い同時に川の上流の方を見た。

どこかで今、太鼓の練習をしていたのかと思うほどに、ハッキリとした音だった。

しかし、今の今まで、太鼓の音や、太鼓を叩く人間など、どこにもいなかった。

ここに来て祭りでもないのに、人が太鼓の練習をしているとも考えにくい。

「ちょっと来い。」

「えっ、ちょ」

唐突に腕を引っ張られ、人気のない茂みに連れて行かれた。

なんだと思うまもなく、身を潜めるように言われた。

「何、どうしたの?」

「さっきの話、間違ってるって言ったろ。」

彼がそう言う間も、太鼓の音はずっと鳴り続けている。

「太鼓の音が聞こえている最中川に入ったらダメって言うのは違うんだ。」

「え」

思わず私が彼の方を見る。

「実際には流れて来る人形の髪飾りと、着物の色が赤色だとダメなんだよ。」

「人形の、色?」

彼は頷きながら川の方を見る。

「流れて来る人形の着物と髪飾りの色が赤色の時と、青色の時があるんだ。青色の時は、その人に害を及ぼさないけど、人形が赤色に見えた時、それはその人が普段から見える人って言う認識を人形が感知する。それを感知されたらダメなんだよ、感知された瞬間、引きずり込まれる。」

「え、じゃあ……」

「多分俺らが人形を見たらアウトだと思う。」

「……どうすんの?」

「このまま人形を見ないようにして、ここで身を隠す。」

太鼓の音が遠ざかるまで振り向くな、と彼からそう言われ、現実味がないものの、そう言われたからには言う通りにして置いた方が良さそうだと、私は無意識的に彼の腕を掴んだ。

彼はこちらを見たが、特に抵抗することなく人形を見ないように、元の位置に顔を戻した。

ドン、ドン、と太鼓の音が近付いてくる。

太鼓の音は、ゆっくり降りてきて、遂に私達が釣りをしている最中だった付近の所まで降りてきた。

ドン!、ドン!とそれに比例して、音も大きく、尚且つハッキリしたものになる。

数十秒ほどして、私はふとある違和感に気付いた。

音がずっとその場で留まり続けている。

流れて行かないのだ。

まるで、さっきまで誰かがいた事を察知したように、太鼓の音は遠ざかることなく、川の流れに抗っている。

私は途端に怖くなった。

彼の腕を握る力が強くなる。

ここいらでじわじわマズイと気付き始め、私は息を殺した。

早くどっか行け。とかそんなことを思いながら、じっと待つ。

だが、不意にもしかしたら、さっき投げた釣り針に、船が引っかかっているのか?と私はそう思い始めた。

でも、彼は振り向くなとそう言った。

少しだけ、なんて囁く自分に抗いながら、私はぎゅっと目をつぶった。

いつまでそうしていただろうか。

やがて、太鼓の音は川の波に抗うのを止めたらしい。

徐々に太鼓の音は遠ざかって行く。

やがて、完全に聞こえなくなった辺りで、彼が川の方を見て、

「おい」

と私に声をかけた。

「もう行ったぞ。」

グイッと腕を引っ張られて、茂みから脱出。

真昼間だと言うのに、とんだ体験をしてしまったと私はホッと息をついた。

そして、針を投げた釣竿を何気なく引っ張ると、何か赤いものが引っかかっていることに気付く。

不思議に思い、私はそれを引っぱりあげようとした。

だが、不意に彼がそれを手で制した。

「止めとけ。」

「え?」

何で?と思った時、不意に耳にドン!と太鼓を叩く音がした。

ビクッと体が反応した。

既に流れて行ったはずの太鼓の音が、ハッキリと聞こえたのだ。

「糸切るぞ。」

彼はそう言うなり、私の釣竿の糸を持っていた小型のナイフで切り裂いた。

ぶちん、と切れた糸は、下流の方へと流れて行く。

「多分、印を付けようとしてたんだ、あの人形。」

「し、印?」

「うん。」

彼いわく、あの人形は、先程の通り、人形が赤い着物と髪飾りをしていると認識した人間を川に引きずり込む為に、その人間に印を付けていくことがあるのだとか。

その印は、自分の着ていた赤い着物の切れっ端だったり、自分の髪の毛だったり。

その印に人間が触れてしまうと、その日の晩、夢に人形が出てきて、川に引きずり込まれるのだとか。

そして現実でも川に引きずり込まれ、そして二度と陸には上がれない。

一説によれば、人形はどこかの地方で死者を弔うために流されたものが、こちらに流れ着いて来たのが原因ではないかとの話があるらしいが、審議の程は定かじゃない。

とにかく、この川で人形が出たら隠れるか、見ないようにすること。

それが一番の解決策だと、彼はそう言った。

「でも、一回見た人間の所にはもう来ないと思う。じいちゃんの所にも、若い頃一度だけ来たけど、その後見てないって言うし。」

「アンタのおじいさんの所にも来たの?」

「うん。川で魚を取ってたら、いきなり太鼓の音がして、見たら上流の方から船が泳いで来るのが見えたんだって。船なんかこの辺り通るはずがないから、川から上がって様子を見てたら、小さい船に何かが乗ってるのが見えたけど、その時じいちゃん、目の病気の治療中で船がどこかに行く所までしか見えなかったらしい。」

命拾いしたな、そのおじいさん。

まさか目をやってる事で、功を奏したとは思わなんだ。

「でも、多分人形はじいちゃんの存在に気付いてたんだと思う。じいちゃんが川から帰ってきた時、川魚を入れてた網に、赤い布の切れっ端が入ってたんだって。」

「えっ。」

「その日の夢で、人形が現れて川に引きずり込もうとしたんだけど、夢にばあちゃんが出て来て、岸の方にじいちゃんを引っ張る所で目が覚めたらしい。目が覚めたら、ばあちゃんがじいちゃんの頬を叩いてて、「アンタ、うなされてたよ」って起こされたって。」

「おばあさん凄いね。起こしてくれなきゃ今頃どうなってたか。」

ウロコくん、生まれてないんじゃないのか。とそう言いかけたが、それは流石に失礼かと思い、言葉を飲み込む。

「だから、触んない方がいい。今日もし人形が出て来ても、全部無視しろ。」

彼はそう言って、片付けを始めた。

今更釣りをする気にもなれず、私も片付けを始めた。

結局、何も釣ることなく帰ってきたが、その日はウロコくんの行動が良かったのか、夢を見たが、起きる頃にはなんの夢か忘れてしまった。

ただ、手には持っていた覚えのないお守りが握られていて、何だこれ、と思う間もなく、母親の朝ご飯の支度が出来たから降りて来いという声に、全てはかき消された。

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