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鱗の少年シリーズ 一話目 『鱗の少年』

長編15
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鱗の少年シリーズ 一話目 『鱗の少年』

彼と出会ったのは、まだ私が少女と呼ばれてもおかしくなかった時代の六月。梅雨が始まって間もない頃だった。

彼とはその後、夫と妻という男女の関係になる訳だが、それまでに至るには、色々な因果と結果が重なり合った縁によるものだった。

無論、情ありきの結婚なので、その関係に愛情がないとというのは嘘になる。

その当時、私は海に面した地区に住んでおり、その一角の防波堤で釣りをしていた。

当たり前だが、当時住んでいた私の地域は海に面しているため、漁業が盛んに行われている。

他の地域から来た釣り人もよく来るし、釣り人の魚を狙った猫もいる。

だが、私が釣りをする防波堤には、いつも人っ子一人居ない。

それもそのはず。

この防波堤は父から教えてもらった、穴場スポットだからだ。

ほとんど釣り人が来ることもなければ、猫も来ない。

だが、人が来ないのは、単にそこが穴場スポットだからという理由だけではなかった。

「………。」

ザバッと釣竿から引き上げた魚は、『奇形魚』と呼ばれるもので、今回釣りあげた魚には目玉が何故か三つある奇形魚だった。

薄々何となく分かった人もいるだろうが、この防波堤では、『奇形魚』が必ずと言っていいほど、何度も釣れるせいで、釣り人からはハズレスポットと呼ばれているほどの場所だ。

何故、この防波堤のあるところにだけ、こんなにも『奇形魚』が釣れるのかは、よく分からない。

言ってしまえば、普通の魚が釣れることさえ、ここでは稀である。

少し歩けば、普通の魚が釣れる防波堤なんていくらでもあるのに、何故かここだけ、『奇形魚』が釣れる。

そんな場所でなぜ私が、魚を釣っているのかと言えば、何故か私だけ『奇形魚』を釣るのが恐ろしく上手いから。

父とここに一度だけ釣りに行った時、父には一匹も釣れなかったのに対して、私は五匹ほどの『奇形魚』を釣り上げてしまった。

父には苦笑いされたが、それからは猫もいなければ、釣り人の居ないこの静かな場所で魚を釣ったという実感が欲しくて、ずっとここで釣りをしている。

まあ、そのほとんどが、キャッチアンドリリースという状態になるのだが。

稀に、本当にごく稀に、普通の魚を釣りあげた時は、家に持って帰って、食べる。

そんなことを繰り返しているうち、ここは私だけの穴場スポットとなっていた。

釣った魚を逃がし、私は再三釣りをしようとして、ちらりと横を見る。

先程から気になっていたのだが、私のすぐ横には、何故か、真水が並々入った青いバケツが三個置かれており、もうひとつある空のバケツには、バスタオルと少年が着るような着替え、そして、素潜りに使うような道具達が入っていた。

それらがあったのは、今日が初めてであり、私が来た中で、初めて別の人間がいるということに、私は来た時から気づいていた。

一体どんな人なのだろう?とそう思っていると、私の釣竿にヒットが入った。

相も変わらず、釣り上げてみると、やはり奇形魚だった。

今度は背骨がぐにゃりとあらぬ方向へと曲がっている奇形魚だった。

私はそれを逃がそうと、針から魚を外そうとする。

しかし、何故かその時になって、私に向けた視線があることに気づいた。

敵意ではない為、その方向を何気なく見てみると、少年がいた。

その少年が私の今の夫なのだが、当時、海の水面からニョキっと鼻から上の顔だけ出して、私が針から魚を外そうとしているのをじっと見ていた為、少し気味が悪かった。

パチリと目が合うと、少年はこちらまで泳いできた。

テトラポットの散らばった凸凹のある陸へと上がり、防波堤の上へと上がってきた。

この荷物はこの少年のものだったのか?と少年を改めて見た時、私は異変に気付く。

少年の頬や、海パンを履いた足、腕、体に、魚のような鱗があったからだ。

正真正銘、魚が持っているような鱗である。

彼の体から生えた鱗は、鮮やかな色彩を放っており、まさに異様という単語が良く似合う。

私が思わず、ピチピチと暴れる魚を持ったまま、少年を凝視していると、少年はその視線に慣れているのか、持ってきていた真水を頭から被った。

すると、鱗が剥がれ落ちていく。

三個目の水を被る頃には、鱗は全て剥がれ落ちていた。

どういう原理なんだ?と私が少年を見ていると、少年は不意にこちらを振り向く。

少年と目が合う。

「その魚、捨てるだろ、要らないならくれ。」

唐突に手を差し出してくる少年に、私は「え、あ、どうぞ。」とよく分からないまま、背骨の曲がった奇形魚を差し出す。

差し出された奇形魚を、少年は蓋付きだったバケツにしまい、蓋を閉める。

蓋を閉める瞬間、私が釣って逃がしたはずの目玉が三つある奇形魚がいた。

「あ、その魚…」

と私が言うと、少年は「潜ってたら急に降ってきたから。」と私をちらりと見てそう言った。

蓋をしっかりと閉めると、少年は腰から吊り下げた二つの腰網のうちの一つを外すと、私に渡してくる。

されるがままに、その網を恐る恐る受け取り、中味を覗いてみると、アサリやハマグリ、サザエ、ホタテが入った網だった。

「魚と交換。」

少年の呟きに、そう言えば、この防波堤には、別段何かを捕まえてはいけないなどといった看板はないため、ここで獲るのは自由だったなと思い出す。

「……うーん。」

私が網の中身を見つめながら、奇形魚のいる海だろ?味はどうなんだ?とそう思っていると、

「腹は壊さない、実際に食べたし。」

と私の意図を呼んでか、少年は私にそう言ってきた。

「あ、そう。」

私はそう呟き、クーラーボックスの中に、それをしまう。

「その鱗、何なの?」

私がクーラーボックスに網をしまいながら、少年に呟くと、少年は蓋のないバケツを重ねながら、

「見えるのか?」

と、聞いてくる。

「え?」

私が、見えないの?と返そうとした時、

「この鱗、普通の人には見えないんだ。」

と少年が呟いた。

再度私がえ?となると、

「見えるのはじいちゃんと俺だけだったんだ。」

と少年は話を続ける。

少年曰く、この鱗が生えてきたのは、この海で見た『人魚』を見た日からだったらしく、真水を浴びればそれは剥がれ落ちていくが、海に入る度にそれらは新しく生えてくるのだとか。

「『人魚』って何?」

私が気になった箇所を聞くと、

「人魚って言うか、半魚人?」

と彼は真顔で首を傾げる。

いや、私に言われても。

「よく分からない、人型の魚人みたいな奴だった。アイツ、歌で人を海に引きずり込んで、その人間を食べるんだ。」

「アイツ?海に何か居るの?」

「知らん、じいちゃんが言ってた。」

無愛想にそう呟く彼。

そんな都市伝説上のセイレーンと人魚を混ぜたみたいな話、外国から流通した話でしか聞いたことは無いが…。

そう思っていると、彼はタオルで体を拭き、海パンを脱ぎ始めた。

「え、」

女の前でそんな堂々と着替えるの?と思いつつも、彼は着替えながら、先程話したことを説明してくれた。

「じいちゃんから聞いただけで本当かは知らないけど、霊感とかがある人間って、人魚にとっては美味しい食べ物らしいんだ。だから、アイツらは綺麗な歌声でその人間を引き付けて海の底に引きずり込んで、攫って食べるんだ。人魚に人間が食べられた後の海って、凄い大量に魚とか貝とかが取れるらしくて、昔は飢饉があったら、霊感のある人間を人魚の捧げ物にして、魚を取ってたらしい。」

「へえ。じゃあ、私も、えっとアンタにも、霊感あるの?」

イマイチ実感がわかずにそう質問すると、彼は元からつり上がった三白眼をこちらにちらりを向けて頷いた。

「鱗が見えるならそうなんじゃない。」

「あ、そう。じゃあ、なんで鱗が出来たの?」

「人魚を見たから。」

「人魚を見ただけで、鱗が出来るの?」

「そうなんじゃない。知らんけど。」

なんか、ヤケにぶっきらぼうだな。

そういう性格なのか?と、私が思っていると、彼は着替え終わったらしくバスタオルとゴーグル、貝を取る針をカラのバケツに放り投げ、三段にして重ねたバケツを持ち上げる。

魚の入った蓋の付いたバケツは、空いている手で持ち手の部分を持ち上げ、さっさとその場を去ろうとする彼。

そう言えば、ここには自転車で来たが、彼の様子を見るに、どこかにもう一台自転車が止まっているのだろうか。

私は別段気にすることなく、彼の背中を見送り、クーラーボックスの上に座って釣りを再開する。

だが、忘れ物でもしたのか、彼は直ぐに戻ってきた。

その手には何も握られておらず、荷物を置きに行っただけだったらしい。

クーラーボックスの上に座る私の隣に座り、じっと海を眺めている。

「…何してんの?」

私が思わずそう聞くと、

「お前が引きずり込まれないように見張ってる。」

と、そう呟いた。

「人魚のやつ?」

「うん。これもじいちゃんから教えられただけだけど、ここらに奇形魚しか居ないのは、人魚が住んでるからって言われてる。人魚が住む海って、奇形魚が多いらしい。」

「なんで?」

「人魚の血とかって、不老不死って聞いたことあるだろ。」

「うん。」

「それと同じで、人魚にかじられた魚って、生き返るんだよ。背骨かじられたり、目玉食われたり、頭を食われたりしても、不自然な形で生き返るんだ。だからこの辺りの海には奇形魚しかいないって言われてる。少し行けば、普通の魚の取れる海があるのに、ここら辺だけが奇形魚しか取れないのは、人魚がここを住処にしてるからじゃないかってじいちゃんが言ってた。」

「え、じゃあなんでそんな危険な場所で素潜りしてたん?」

気になったことを聞くと、

「美味しい貝がいっぱい取れるから。」

と呟いた。

確かにここいらは釣り人が全くおらず、自然物で溢れ返っているため、貝が育ちやすいのだろう。

だが、そんな理由で取りに行ったのか?

「アンタのじいちゃんに怒られるよ。」

「だから内緒で来てる。バレたらぶん殴られるし。」

ええ…。

「でも、さっき貝とか持ち帰ろうとしてたよね?」

それでバレたりしないのか?と私が聞くと、

「食って帰ろうとしてた。」

と彼は呟いた。

「どこで?」

「この防波堤にだけ、貝を焼いてくれるジジイが来るんだ。そのジジイの焼いた貝が美味いから、食って帰ろうとしてた。」

「ジジイ……」

急に口が悪くなったな。

「でも、絶対にここにしか来ないから、ジジイって呼んでる。」

「へえ…。」

とは言っても、そんな店見たことないなと私は思っていた。

ここに来るようになってから何年かは経っているか、そんな店一度も見た事がない。

「どこにあるの?その店。」

私がそう聞くと、少年は立ち上がって、こっちに来いと視線で示した。

私は釣竿を片付けようと、クーラーボックスを開ける。

クーラーボックスの中身は二つに別れており、ひとつ目の場所には仕掛け、リール、ウエットティッシュ、ハサミ、ペンチ、タオル、ビニール袋とレインウェアが入っており、二つ目の場所には魚を入れるための空間があったのだが、そこには彼と交換した貝が入っている。

竿を持ち、一人用のクーラーボックスを持ち上げ彼について行く。

防波堤の階段を降り、来た道を戻って少し行くと、人目のつかなさそうな岩場と岩場の影に、小さな屋台が見えた。

確かにあれじゃあ、釣りをしてすぐに帰る私にとっては、見つけられないわけだ。

「あれ?」

私が屋台を指さすと、彼は頷いた。

屋台に向かい、その暖簾をくぐると、確かにそこには七十代ぐらいのおじいさんがいた。

おじいさんは「らっしゃい。」と声を上げ、「貝は取ってきたか?」と彼に呟いた。

私は慌ててクーラーボックスから腰網の中に入った貝を手渡す。

彼も腰網の貝を手渡し、早速何か作ってもらうようだった。

「あ、でも、私お金もってきてません、やっぱ、大丈夫です。」

私がふとそんなことを思い出し、首を横に振ると、

「金なんかいらねえよ。俺の暇つぶしに付き合ってくれるだけで十分だ、」

とおじいさんはそう言った。

私がええ…と困るも、

「ホタテはバター焼きで、サザエとハマグリはだし醤油にして。」

と慣れたように少年はそう呟いて、おじいさんに「へいへい」と言わせていた。

「お前さんは?」

「あ、じゃあ、同じもので。」

お金を取られないのならと、私がそう言うと、おじいさんはハマグリとアサリ、サザエ、ホタテを砂抜きする為に塩水に付けて、別のハマグリとアサリ、サザエ、ホタテを取り出し、炭火の網の上で焼き始める。

「今日取った奴らは砂抜きしねえといけねえから、その前にそこのガキが持ってきた貝を調理すんだ。前もってここに預けてくれりゃ、次来た時予約したもん出してやるよ。」

へえ〜そんなことできるんだと私がそう思っていると、おじいさんはハマグリとサザエを焼き始める。

同時に別の網でホタテとアサリを焼き始め、ぱちぱちと火が爆ぜる音を耳に、私は彼の隣に座っていた。

「あの、何でこんなところで、屋台なんてやってるんですか?誰も人なんて来ないのに…」

ふとそんなことが気になり、おじいさんに聞いてみると、

「人魚の歌声が忘れられないんだって。」

と、隣にいた彼が話してくる。

「人魚の歌ってそんなに綺麗なの?」

「うん。ずっと聞いてると無意識の内に海に行こうとして、人魚に引きずり込まれるんだ。」

「聞いたことあるんだ。」

「前にじいちゃんと貝を取りにここに来た時、海に潜ってたら、海の中なのに急に凄い綺麗な歌が聞こえてきたんだ。なんて言ってるのかは分からなかったけど。俺、その歌の方に泳いでいこうとしたら、じいちゃんに凄い勢いで止められた。」

「それで?」

「じいちゃんに行くな、帰るぞって言われて、帰ろうとしたら、別の手に掴まれたことがあったんだ。」

「……それが、人魚?」

少しの沈黙の後、私がそう言うと、彼は頷いた。

「俺はソイツに腕を噛まれたんだ。でも直ぐにじいちゃんが持ってきてた貝を掘り返す針でソイツの目を突き刺したから、直ぐに離れてった。そこから身体中に鱗が生えるようになって、じいちゃんもその日からハッキリ見えるようになったから、それからはここに近寄るなよって言われてる。」

「ふうん。」

彼があまりにも真顔で呟くものだから、私はへえ、と頷くことしか出来ない。

「でも、ジジイの場合はまた人魚の歌が聞きたいからってここ見つけた日から毎日ここに来てる。」

「人魚つっても、そこらにいるような人魚の歌じゃない。あの歌声の人魚が現れるまで、俺は毎日ここに来るさ。」

どうやら、おじいさんは特定の人魚の歌声を探しているらしく、その歌が聞こえるまではここに居るつもりらしいかった。

「もう老い先も長くねえんだ。女房も先に向こうへ行っちまった。なら最後に、美しい人魚の歌声を聞きながら、俺は向こうに行きたいと思ってる。」

おじいさんはそこまで言って、話を切り上げるように、貝が開いたハマグリや、アサリをだし醤油に付けて出してくれた。

「サザエはもう少し待てよ。」

そう言って、おじいさんはサザエの焼き加減を見ていた。

食べてもいいのだろうかと、無駄なことを考えて隣を見ると、出来たてで熱いはずのハマグリやアサリを、彼は平然と大きな口で頬張っていた。

用意された割り箸で、だし醤油のかかったハマグリを食べる。

「あっつ…!、あ、でも美味しい。」

意外にもそのハマグリやアサリはとても美味い。

だし醤油がハマグリとアサリの元々あった味を邪魔せず、むしろだし醤油が融合することで、新たに味を生み出している。

つまりは、めちゃくちゃ美味しい。

「あの、このタレ、どこで売ってるんですか?」

私がおじいさんにそう聞くと、おじいさんは「自分で作った。」と一言呟いた。

「凄いですね、こんなの作れるなんて。」

素直にここまで海鮮の味を邪魔することなく、人工的な調味料で味を表現出来るおじいさんが凄いと思った。

「このガキもそれぐらい愛想が良けりゃあな。」

おじいさんがちらりと彼を見て、フン、と鼻を鳴らす。

彼は黙々と焼けたアサリとハマグリを食べていた。

どうやら彼は、普段から結構他人の前でも無愛想な人間らしい。

「あの怖ぇ目なんかアイツとそっくりだ。」

「知り合いなんですか?」

おじいさんは頷いた。

「おうよ、昔はよく悪さしてつるんでた。このガキが来た時、アイツの血縁か何かってことはすぐに分かった。そのぐらい目とか無愛想な所とかがそっくりだ。」

「へえ。」

「サザエは?」

ずいっと彼が割り込んでくるように皿を差し出した。

もう食べたのかと、私は急ぐようにアサリを口に運ぶ。

「ほらよ。」

おじいさんはサザエをいくつか彼の皿に投げ入れ、爪楊枝と共に彼に渡した。

「ホタテはどうする?」

「あ、じゃあ貰っていいですか?」

私が食べ終わった皿を差し出す。

おじいさんはバター焼きにしたホタテを私の皿に乗せて、私に渡してくれた。

バター醤油のホタテも美味しく、海鮮の味が染み出ていた。

こんな美味しいものを無料で食べられるなんて、今まで損をしていたなぁと私はしみじみ思っていた。

「これも縁ってやつかね。」

ホタテを頬張っていると、ポツリとおじいさんが私の顔を見ながら、唐突にそう言った。

「縁?」

ホタテをもぐもぐと咀嚼しながら、私は首を傾げる。

「お前の雰囲気というか、性格というか、とにかくどっか、アイツの女房に似てる。」

少年のおじいさんの奥さんのことだろう。

「そんなに似てますか?」

「アイツの女房は、アイツの無愛想な所を「アンタってホント可愛げないわね。」って笑ってるような奴だったんだ。今も元気にアイツを尻に敷いて生きてるよ。」

「仲がいいんですね。」

何となく微笑ましそうなおじいさんの言い方に、私がそう言うと、おじいさんはへっへっと笑って、

「アイツも嫌なら無視すりゃいいのに、言われるたんびに拗ねたような顔しやがる。惚れた女には勝てねえってヤツかね。」

と自分も体験してきたかのようにそう言った。

「ハマグリ。」

「空気読めよ、このガキ。」

サザエを食べ終わり、皿を差し出してくる彼に、せっかく懐かしい話してたのに…とおじいさんは焼いたハマグリを乗せていく。

私と彼はおじいさんの焼いた海鮮物を食べたその後、おじいさんに別れを済ませて、帰ることにした。

辺りは既に夕暮れ時で、空を茜色に照らしていた。

私は防波堤付近に止めていた自転車にクーラーボックスを積み、紐でしっかりと固定すると、自転車に乗り込む。

途中までは帰り道は一緒らしく、私は彼と共に帰ることになった。

二人して自転車を押しながら、無言で帰り道を歩くのが何となく気まずくなった私は、彼に話しかける。

「今日は、ありがとう。」

美味しい海鮮物が食べられたことは事実なので、一応そうお礼を言っておく。

彼は「うん。」とこちらに視線を寄越さず、そう言った。

会話終了。

それでも無理やり会話を続けようとして、私は、

「あの防波堤が人魚の住処って本当なのかな?」

と続けた。

「知らん。」

彼はぶっきらぼうに言った。

「でも、俺は住処じゃなくて、獲物を誘い込んで襲う場所なんじゃないかと思ってる。実際、人魚を見たのはあれ一回きりだし。」

「へえ。」

「でもあれ一回きりだったのはいいけど、腕の肉引きちぎられたから、気をつけた方がいいのは確かだけど。」

彼はそう言って、何を思ったのか、引きちぎられたであろう右腕を見せてきた。

肘から手首にかけて、肉を噛みちぎられたのか、不自然に皮膚が再生した痕があった。

もしも自分がやられていたら…と思うと、私は寒気がした。

「じゃあ、俺こっちだから。」

そんな私の思いに気づかず、彼は、スタスタと名乗りもせず違う道を歩いて行った。

「帰りになんてもん見せてくれるんだ…。」

私は一人そうごちりながらも、彼の背中を見送り、歩き出したのだった。

あそこに釣りに行くのは控えようかとも思ったが、彼の人魚を見たのはあれ一回きりという言葉に気を持ち直し、釣りに行くことにした。

だが、もしもの事があったら嫌なので、護身用程度に、釣り糸を切る為の小型のナイフを父から借りて持っていくことにした。

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