鱗の少年シリーズ 五話目 『住む益虫達』

中編6
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鱗の少年シリーズ 五話目 『住む益虫達』

ジメジメとした梅雨の時期。

ある時、私の家に実態のないヤモリが住み着いていた。

実態のないヤモリは、その言葉通り、実態がなく、黒い影だけが動き回っている状態で、現れてからも特に害がなかったことから、私はそのまま放置していた。

家族にも言ってみたが、ヤモリは家を守ってくれる益虫だから良いじゃないかと、そんなにヤバいと思った様子もなく。

と言うよりも、相手にされていなかった。

そんな時、夜間、私が風呂に入っていると、不意に設置してあった姿見に、ヤモリが映ったのだ。

ヤモリは大体、15cmくらいの少し大きめのサイズで、なぜか体に苔が生えており、その苔から小さな白い花が咲いていた。

白い花だけでなく、うっすらとピンクに染まった花も咲いており、恐怖は感じなかったが、不思議な色合いをしたヤモリだと思った。

しかも、しっぽがスラリと長く、ヤモリの体の半分がしっぽで締められている。

鏡に映ったのは数十秒程度で、その程度の色や形しか分からなかったが、風呂から上がる頃には、そのヤモリはどこかに消えていた。

不思議なヤモリも居たものだなぁと、さして恐怖も覚えず、着替えながら何気なく洗面所の鏡を見た時、私は驚いた。

「うわぁああ!」

と声を上げてしまうほどには驚いていた。

なぜって、そのヤモリが、私の顔の上にいた。

苔を乗せた体と、スラリと伸びたしっぽ、そして小さな白とピンクの花。

ヤモリは私の顔の上を這い、腕の方へと移動していく。

その感覚がダイレクトに伝わり、ゾワリと背筋に悪寒が走った。

どうにか出来ないかと、私はそのヤモリに触れようとするも、鏡にしか実態が映らないそのヤモリは、鏡を介さず見るとただの黒い影。

黒い影が、私の体の上を這い回り、動いているのである。

何だこれ、何だこれ、と思い、私は風呂場を飛び出し、母や父にヤモリを取ってくれと言ったが、そんなもの体のどこにも這ってないと言われ、一括された。

その日は動き回るヤモリのゾワゾワ感と戦いながら、あまり眠れない夜を過ごした。

翌日、朝一でウロコくんが居る教室に向かった。

ウロコくんは、いわゆる見える人で、ある時、彼のおじいさんと素潜りに行った際、人魚を見たのだとか。

ここら辺の地区は海に面しており、漁業が盛んに行われている。

そんな地区で素潜りをしていた際に、人魚と呼ばれる怪異に出会い、腕の肉を噛みちぎられたのだとか。

その日から彼は変なものが見える体質になり、同時に、人魚を見たおじいさんも、変なものが見えるようになったそう。

彼とは少し前に出会って、同じ中学であることを知り、そこから頻繁に関わりを持つようになった。

なので、霊感体質なウロコくんなら、何か知っているだろうと思ったからだ。

だが、予想に反して、ウロコくんからは、

「ああ、お前んとこ、ヤモリなんだ。」

と、そう返ってきた。

予想の斜め上を行く回答に、私は「え、私ん所って何?」と聞き返す。

「俺ん所、クモなんだよ。アシダカグモ。」

「えっと……その見える影が?」

「うん。」

聞く所によれば、ウロコくんの家にも似たような実態のない虫がおり、それがたまたまクモの形状をしていたそうだ。

多分、クモの種的に、アシダカグモだろうと彼のおじいさんは冷静に分析したそうだ。

「アシダカグモもヤモリも、家の害虫食べてくれる益虫だから、殺したりせず自然にしておく方が良いってじいちゃんが言ってた。」

「ええ……でも……」

「だって、ソイツに住まれても別に害は無いだろ?」

彼にそう言われ、ふと気付く。

確かに、ヤモリが体の上を這っていても、別段ちょっと体がくすぐったいだけで、不調や何かが起こったなどの悪いことはない。

「それはそうだけど、っていうか、住むって何?」

「気に入った宿主が居るとその宿主に住むんだよ、コイツら。」

「住む?人の体に?」

「うん。その宿主の悪い部分を食べてくれるから、大事にしろよってじいちゃん言ってた。」

彼はそう言って、何気なく首を掻いた。

すると、その首を掻いた場所から、カサカサと大きなクモが彼の顔を這って出て来た。

「コイツの足が首元に来ると、痒くなるからあんまり来ないで欲しい。」

彼はそう言って、ポリポリと未だ首を軽く掻いている。

「うわっ」

と私が声を出すと、クモは彼の頭の方に行ってしまい、見えなくなった。

「でも、お前、随分綺麗なヤモリに住まれてるんだな。」

彼はじっと私の顔見ながらそう言った。

「え、どういうこと?」

「お前の顔に今止まってる。」

「え、マジで?」

慌てて手鏡を取り出して見てみると、確かに居る。

しっぽがスラリと長く、苔が生え、花を咲かせたヤモリが、頬から目元にかけて、顔に止まっている。

「………。」

「益虫にも色々居るんだ。俺が知ってるのだと、他に蝶々も居る。」

「え、誰?」

「俺のばあちゃん。若い頃からずっと住まれてるんだって。」

なんとまあ、彼のおばあさんは蝶々に住まれてるのか。

何かそう考えると可愛らしいな。

「じいちゃんが、ハッキリ見えるようになって良かったことで、ばあちゃんの蝶々がハッキリ見えるようになって、これだけは良かったと思ってるって言ってた。」

「どんな感じなの?」

「オレンジ色の綺麗な蝶々らしい。」

奇怪なヤモリやクモの話が、蝶々に変わるだけで随分とメルヘンチックな話になったなと私は、恐怖心が途端に無くなった。

手鏡をもう一度見ると、ヤモリは私の体の方へと移動していき、制服に隠れて見えなくなった。

「アンタ、鏡無くてもハッキリ見えるんだね。」

そう言えばと思い、私がそう呟くと、彼は真顔で、

「お前も影が見えてんだろ?」

とそう呟いてくる。

「いや、そうだけどさ。」

「貸してやれよ、害はないんだから。」

本を貸すみたいな感覚で言わないで欲しい。

得体の知れないものに勝手に体に住まわれているのだから、そりゃ驚きもする。

まあ害がないのであれば、特に何もする必要は無いかと、私は結局、ウロコくんの話を信じることにした。

ウロコくんの言った通り、アレからヤモリに住まれ続けているが、特に体や周りに害もなく。

本当に、ただの益虫だったようだ。

ただ、私が風呂に入る時、益虫はまるで何かを探すように、私の体から出て行き、風呂場を動き回っている。

だが、風呂を出る時には私の体に戻って来る。

ヤモリは鏡にしか実態が映らないようだが、普通に存在する虫も食べるようだ。

前に、風呂場の鏡の上に張り付いていた蚊を、ヤモリはペロリと舌を出して食べてしまった。

ウロコくんにその事を話すと、やはりウロコくんに住んでいるクモもそんな感じだそうだ。

実態のある虫も食べるし、やはりGも食べてくれるようで。

ただ、ウロコくん曰く、この益虫は、見える人の体にしか住まないとのことだった。

ということは、彼のおばあさんも見えるのかと聞いた所、おばあさんは、彼のおじいさんが見えるから、それに影響されたのだろうとのこと。

「見える人の近くにいると、必然的にソイツも見えるようになってくるんだ。お前は俺とよく関わる機会があるから、それで見えて来てるんじゃないのか?」

彼にそう言われると、確かに、と自分でも自覚する。

正直、彼と関わり出してからヤモリが見え始めたし、彼と関わり出してから、割とよく変なものを見る機会がたまにあった。

「別に関わるのは良いけど、見えても無視しろよ。」

彼は仏頂面の真顔でそう言った。

「俺はお祓いとか出来ないし。」

「そうだね。体験した人にしか分からない感覚だよ、これ。」

見える人ってどんな感じなのだろう。とそう思っていた時期がなかった訳じゃない。

霊感診断とか怖い怪談話とか、小学生が読むような本を読んだりしていた時期もあったが、これは体験した人にしか分からないし、こういうのはやっぱり、体験しない方がいい。

今回はたまたま益虫が体に住み着いただけだから良かったが、何か別のものだったりしたらと思うと、私は少し薄ら寒くなった。

「何か、秘密を共有し合ってる感じがしていいね。」

何気なく私がそう言うと、彼は珍しく素直に、

「そうだな。」

と呟き、また何気なく首を掻いたのだった。

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