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鱗の少年シリーズ 六話目 『奇形魚釣りの恩恵』

長編8
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鱗の少年シリーズ 六話目 『奇形魚釣りの恩恵』

ある真夏の時の話。

セミがシンシンとうるさく鳴いていたのが、妙に耳に残る夏だった。

その日は午後から雨で、私は学校から帰ってきてすぐ、あの防波堤にカッパと折りたたみ傘、釣り道具を持って出かけた。

母からは早めに帰って来いと言われ、それに頷いて、パラつく雨の中を自転車で防波堤に向かった。

私の行く防波堤は、いつも人っ子一人おらず、釣り人どころか魚を狙う猫すらいない。

なぜこの防波堤に人がいないのかと問われれば、私が行く防波堤は、奇形魚が必ずと言っていいほど釣れるから。

釣れる確率的には、普通の魚より奇形魚の方が高く、釣り人は気味悪がってこの防波堤には近寄らないのだ。

そんな場所だが、私はいかんせん人集りが苦手だ。

釣り人が釣りに行くような場所は、人が多い上、マナーの悪い釣り人も多い。

一人で釣りが出来る静かな防波堤が、私は気に入っていた。

だが、そんな折、その防波堤で私と同い年の少年と出会った。

私は少年をウロコくんと呼んでおり、彼はいわゆる、見える人である。

詳細は長くなるので短くすると、幼少期、彼の祖父と海に素潜りに行った時、人魚と呼ばれる異形の存在と出会い、襲われたのだとか。

その後、生き残ったはいいものの、彼は常人には見えないものが見えるようになったのと、海水に浸かると体から魚の鱗が生え、真水を被ると剥がれ落ちる特異体質になったとの事だった。

彼が私がよく行く防波堤に現れ、関わるようになったのは最近のことだ。

その日も、彼は私より先に防波堤に居た。

学校終わりにそのまま海に来たようで、制服がほっぽり出しており、バケツ三つには真水、そして空のバケツにはバスタオルと素潜りに使う道具。

既に雨が降り出してきたので、私が防波堤に着くと同時に、彼も海から上がってきた。

相変わらず、彼の体には人魚に襲われた証として、魚の鱗が生えていた。

こちらに気付くも、何も言わずに真水を頭から被り、鱗を剥がし落としていく彼に、こちらも何も言わず、慣れたように釣りの準備をしていく。

彼は海パンを脱ぎ、バスタオルで体を拭いたあと、着替えて、二つの腰網のうち、片方の腰網に入った貝やサザエ何も言わずにくれた。

「何もあげてないけど……」

彼にそう言うと、

「奇形魚釣るんだろ。何匹かくれ。」

「釣るのは確定事項なんだ。」

期待されてるなぁと苦笑を落とすと、彼は何も言わず荷物を自転車に戻しに行ったようだ。

私はそのまま釣りを始め、魚のヒットが来るのを待った。

やがてウロコくんが戻ってきて、前と全く同じ情景になった時、私はウロコくんに話しかける。

「ねえ、なんか話してよ。」

「何を。」

「何か。」

「……」

何を話せばいいんだよという目に、私は珍しく彼が困っていると面白くなった。

だが、ずっと困らせる訳にもいかないので、

「怖い話は?」

と聞いてみる。

「死体を釣る男の話とか。」

唐突に彼がそう言った。

聞けば、彼の遠い親戚から聞いた話らしい。

ここの地区とは違う、海に面した地域に、死体を釣る男の人が居たそうだ。

死体を釣る男の人は、よく海から流れてきた死体を釣りあげることで有名で、周りの人からは少し不気味がられていたのだとか。

何せ、海に落ちて溺れたり、船で遭難して海に流れてしまった人間と言うのは、長い間海水の中に体が浸かっているので、腐敗が凄まじい。

ガスで体が膨れ上がり、顔の判別もままならない個体も多いらしいが、その男の人が釣る死体はいつも死んでから間もないもの、つまりは綺麗な状態で釣り上げられるのだそうだ。

だからその男の人は、少し不気味がられていた。

「その男の人、幽霊見える人だったのかな。」

「さぁ。今はもう亡くなってるみたいだけど。」

彼は海の方を見ながらそう言った。

「亡くなってるの?」

「かなり高齢だったみたいだから。」

なるほど、じゃあ老衰か何かか?と私が彼に聞こうとすると、

「海に落ちて亡くなったらしい。」

と彼はそう呟いた。

「本人の釣竿に引っかかってて、たまたまその男の知り合いだった男の子が釣り上げたって。」

「ええ……」

なんとも言えないオチに、私は思わずウロコくんの顔を見る。

「死体として最後は釣り上げられたって話。」

なんて言うか、不気味な話だ。

「引いてるぞ。」

だが、ウロコくんはそんな私を他所に、私に釣竿がヒットしたぞと伝えてくる。

唐突だったが、何とかリールを回し、魚を釣り上げると、当たり前のように背骨が曲がった奇形魚が釣れた。

「はい。」

あげるとウロコくんにそれを渡すと、彼は残しておいた青バケツに海水と魚を放った。

針に餌を付け直し、私は海に針を放り投げる。

ふと、先程の話を聞いて、私はウロコくんに呟く。

「私も海に落ちたら、アンタに釣り上げられるのかな。」

「何でだよ。」

「や、ここら辺、私一人だからさ。海に落ちて溺れても助けてくれる人いないから。アンタとも最近会ったし、釣り上げてくれる確率が高いの、アンタぐらいだから。」

「お前泳げねえのか?」

「泳げるけど、何時でも万全の状態とは限らないし。」

「心配ねえだろ、ここら辺、他の潮がこっちに流れてくる感じになってるから、泳げるなら流される心配は少ないと思うぞ。」

「全然雰囲気ないね。」

そこは俺が助けてやるからとか、カッコイイこと言えよ、何ちょっと博識な知識展開してんだ。

「また引いてるぞ。」

「え、今日当たり多いな。」

ラッキー、と私が魚を引き上げようとルアーを巻くと、かなり重い。

おっ、結構デカイか?と私がそれを力いっぱい引き上げた時、私は息を飲んだ。

男の子だ。

小さな男の子。

見る限り、7〜8歳くらいの水着の海パンを着た男の子が、ぐったりとした様子で釣り上がって来たのだ。

針が海パンに引っかかったらしく、半ケツになっているが、そんなことを気にしている暇なんぞなかった。

「う、ウロコくん……」

私がウロコくんを見ると、ウロコくんは立ち上がって、

「とりあえずこっちに引き寄せろ、針外すなよ。」

と冷静にそう言った。

私は頭が真っ白だったからか、言われた通りにそうするしかなく、針をようやく岸まで引っ張り寄せると、ウロコくんがテトラポットまで降りていき、男の子を引き上げた。

男の子は息をしておらず、体も冷たい。

どう見ても死んでいる状態にしか見えなかった。

「溺れたか。」

「えっ?」

「ここら辺、近くに海水浴出来る場所があるの知ってるだろ、多分溺れた後、流されてここまで来たんだろ。」

「ど、どうしよう……これ、死んでるよね……?」

「救急車呼ぶ、お前スマホ持ってるか?」

「持ってる……」

慌ててクーラーボックスからスマホを取り出し、ウロコくんに渡すと、ウロコくんは直ぐに救急車を呼ぶ電話番号を打ち始める。

私はどうしたらいいか分からず、とりあえず、見た目で判断してはいけないと、男の子に脈があるかどうかを確認する。

「!、ウロコくん、」

「?」

「多分生きてる、脈が弱いけど。」

「じゃあお前が救急車呼べ、何とかしてみる。」

スマホを投げられ、慌ててキャッチした後、私は救急車を呼んだ。

ウロコくんはその間、肺に溜まった水を吐き出させようとしているのか、素早く応急処置を施していた。

やがて救急車が来た後、男の子を担架に乗せ、私達は状況説明の為に病院に連れて行かれた。

結果、男の子は奇跡的に息を吹き返し、何とか生き残ることが出来たようだった。

私とウロコくんがいなければあそこで死んでいただろうとの事で、男の子と海水浴に来ていた両親は、医者と私達に何度も頭を下げてお礼を言っていた。

しかし、男の子が目を覚ました後、男の子は溺れる前のことについて、奇妙な話をしていた。

ここから先には行ってはならないと言う、区切りがある先の海に、男の子とは違う、子供がいたそうだ。

楽しそうに海の波に乗り、まるで滑り台を滑るかのようにしている子供もいれば、サーファーのように木の板に乗り波乗りをしている子供もいたのだとか。

それだけ聞けばメルヘンな話で済むものの、男の子はその子供達に誘われるように海の中に、浮き輪もなしに入って行ってしまったのだとか。

気が付いた頃には病院で、両親が心配そうに自分を見ていたそうだ。

何はともあれ生きていたのは良かったが、男の子が話した奇妙で不気味な話に、帰り道、私はウロコくんと自分達の自転車を押しながらその事について話していた。

「たまたま呼ばれやすい体質だったんだろ、あの子供が。」

その話に、ウロコくんは結論付けるようにそう言った。

「呼ばれやすい?」

「海で死んだ奴らに呼ばれるんだよ。呼ばれやすい奴らって。」

「引きずり込むためとか?」

「うん。」

彼は肯定する。

「憑かれやすい奴とか、誘われやすい奴とかって、大抵そう言う声が聞こえたり、引き寄せられるように危ない方に行ったりするんだ。」

「ふぅん。じゃあ、あの男の子もそうだったってこと?」

「しばらく海には近寄らない方がいいだろうな。海とかで死んだ奴らって、足がなくなるから帰れないんだよ。だから生きてる奴らに縋って、陸に帰ろうとするんだ。」

「え、じゃあ男の子が見た子供って、」

「海で死んで、陸に帰れなくなった子供だと思う。あの子供を海に誘うことで、仲間を増やしたかったのか、それか縋ることで陸に帰りたかったのかは知らんけど。」

彼はそう話を締めくくり、いつも通り、「じゃあ俺こっちだから。」と、分かれ道で帰ろうとした。

「ねえ。」

私が帰り際ウロコくんに話しかける。

ウロコくんが振り向いた。

「私があそこで溺れたら助けてくれる?」

「溺れることがあったらな。」

そこは「うん。」で良いだろ、本当に雰囲気がない。

まあ、ウロコくんらしいと言えば、ウロコくんらしいけれども。

「あっそ、じゃあね。」

素っ気なく別れを言うと、

「助けてやるけど、溺れないようにしろよ。海水に浸かったらこっちは鱗が生えてくるんだから。」

と、そう返ってきた。

「アンタって可愛くない。」

「なんだよ。」

もういいや、とこれ以上ウロコくんに期待するのを止めて、私は帰る。

元はと言えば、勝手に期待したのは私だけど。

次の日、学校でウロコくんと話していたら、彼のおじいさんに、「お前は本当に分かってないな。そんなんじゃ振られるぞ。」と呆れられたらしい。

ざまぁみろとちょっと思った。

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