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長編8
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77で死んでいく

「喜寿(きじゅ)」は77歳のことを指し、またその長寿を祝う風習を表す。中国から伝わった「還暦」や「古希(こき)」と異なり、室町時代末期に日本で生まれたと言われる習わし。

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二丁目の堺田さんが昨日亡くなられた。

享年は77。

急性心不全だったらしい。

確か先週【喜寿】のお祝いをしたばかりだ。

あの時は元気そうだったのだが、、、

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初秋日曜日の昼下がり。

リビングの壁際にあるソファーに座り、Sはさらに考える。

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─待てよ、、、

一丁目の木村さんも去年77で亡くなられたな。

確かあの人も急性心不全だったような、、、

特に持病があったような感じではなかったけどな。

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Sが郊外にある山あいの住宅街「KIBOU」の一軒家に越してきて、今年で三年経つ。

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この住宅街「KIBOU」は平成の始め頃に山を削って造成されたもので、同じような2階建ての家が碁盤の目のように整然と並んでいるが、かなりの年月を経ているためか、どの家も老朽化が目立ってきていた。

そして家に合わせるかのように、ここに住んでいる人の全ては65歳以上の高齢者の方々である。

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というのは元々この住宅街は政府主導の下計画的に造られたもので、その二階建ての住居は生活に困窮した身寄りのない高齢者に無料で貸し付けることを目的に作られたものだからだ。

入居のための審査は厳しく、年収や生活の困窮度合いなど一定の条件をクリアーして最後は抽選に当たった者だけが晴れて住むことが出来る。

現在全国に32箇所あるのだが、まだ数千人の高齢者の方々が空きを待っているような状況である。

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Sはとある政府関連会社の要請の下、この住宅街の管理全般を住み込みで行っている準公務員である。

だから住宅街の住民たちの年齢とか生活状況とかをある程度把握している。

特に古稀(70歳)、喜寿(77歳)と節目節目の年齢を迎える住民にはお祝いの粗品を贈答しているため、その年齢になる住民に関しては前もって把握しておく必要があったのだ。

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Sは一つ大きく伸びをするとソファーから立ち上がり、フリースを羽織って散歩に出かけた。

路地を真っ直ぐ歩きだすと、二軒先の家の門前に二人の女が並び立っているのに気付いた。

女は二人ともナースの着るような白い服に身を包んでいる。

顔は黒くボヤけていて、よく分からない。

立ち止まり何気に見ていると、女たちは二人並んで歩き門の向こうに消えた。

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─確かあそこは相場さんの家だ。

そういえば、あの人は今月【喜寿】だ。

それにしても相場さんの家に入って行った白い服の女性たち。以前にも他の住居近くで見掛けたことあるが、何をしてる人なんだろうか?

ヘルパーかな?

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Sはそんなことを思いながら、また路地を歩きだす。

T字路を曲がりしばらく進むと、小さな公園が見えてきた。

そこは住宅街の住民たちの憩いの場になっているところで、申し訳程度に砂場や遊具がある。

彼は公園内に入ると、片隅にあるベンチの一つに腰かけた。

太陽は西の彼方の山の端に近付きつつあるようだ。

陽光は昼間の勢いを失いつつあった。

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体操をしている人、ベンチに座り瞑想している人、住民たちは皆思い思いで日曜日の黄昏の訪れを迎えようとしていた。

Sも柔らかい陽光を浴びながら、ただ何となく物思いに耽っていた。そしてどれくらい経った頃だろうか、いつの間にか隣に男が座っていた。

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白髪交じりの髪を無造作に伸ばし上下黒のジャージ姿で、

どこか暗い表情でうつむいている。

それは相場さんだった。

Sが「こんにちは」と声を掛けると、相場さんは驚いたように顔をSの方に向け、軽く会釈をする。

それからまた暗い表情でうつ向いた。

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Sはさらに声を掛けようとしたが、相場さんの手が視界に入り止める。

膝の上で組まれた彼の両手は何故だか小刻みに震えていた。

すると、

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「相場さん、こんにちは~」

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いきなり背後から女の人の明るい声がする。

Sと相場さんは同時に振り向いた。

ゾクリと冷たい何かがSの背筋を通りすぎる。

相場さんの表情が何故だか怯えたものに豹変した。

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彼らの僅か1メートルほど後方に、白い服の女が二人並び立っていた。

さっき相場さんの家の門前にいた女だ。

二人の容姿はよく似ており肩までのストレートの黒髪を目の上辺りで切り揃えていて、まるで白いお面を張り付けたような笑みを浮かべていた。

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「相場さん、探しましたよ。

さあ、行きましょうか?」

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女の一人がそう言って白く細い手を差しのべる。

すると相場さんはまるで催眠術にかけられたかのようにゆっくり立ち上がり、肩を落としたまま女たちの方に行くと彼女らの背中に従い歩きだした。

Sはその様をただ唖然として眺めていた。

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翌週の日曜日の朝。

Sは片手に紙袋をぶら下げて自宅を出た。

紙袋の中には、のし紙をした小箱が入っている。

相場さんの【喜寿】を祝う粗品だ。

彼は路地を真っ直ぐ歩き、二軒隣にある相場さんの家の前に立った。

玄関口まで進むと、呼び鈴を押す。

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ピンポ~~~ン、、、

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何度か呼び鈴を押したが返事がない。

Sがドアノブを回してみると、容易に開いた。

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相場さ~ん、お出かけですか~?

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廊下の奥のリビングに向かってSは声をかけてみた。

だがやはり返事はない。

玄関先にはローファーとサンダルが一足ずつキチンと並んでいる。

廊下突き当たりのリビング入口のドアは開いていた。

その奥にSは何気に視線を移した途端、息を飲む。

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リビングの床に仰向けに横たわる相場さんの姿があった。

その顔は遠目にも血の気を失いどす黒く変色しているのが分かり、呆けたようにぽっかりと両目と口を開いていた。

服装はこの間公園で会った時と同じ、黒のジャージの上下を着ている。

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Sは思わず紙袋を足元に落とすと、急いで靴を脱ぎ廊下奥のリビングに走った。

そして横たわるSさんの傍らにひざまずくと、額に手を当てる。

ひんやりと冷たかった。

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─相場さん、どうして?、、、

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そう言ってSはガックリ項垂れる。

それからしばらくして顔を上げた時だ。

薄暗い廊下が視界の端に入った途端、全身が凍りつく。

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そこには、あの白い服を着た二人の女が並び立っていた。

何をするわけでもなく、ただじっとSを見ている。

そして彼がうつむき目を擦って再び見た時には、何故だかもう二人の姿はなかった。

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半時間後、相場さんの自宅門前にはパトカーが一台停車していた。

担架に乗せられた相場さんの遺体が、リビングから運び出されている。

その間Sは、刑事と称する中年の男性とリビングのテーブルで向かい合い、質問を受けていた。

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「それで、あなたがこちらを訪ねた時には、相場氏は既に亡くなられていたんですね」

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正面に座る刑事の問いかけにSはうなずく。

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「その時に、白い服を着た二人の女性を目撃されたと」

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Sはまたうなずくと、ようやく口を開いた。

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「白い服の女性二人は他の場所でも何度か見ました。

何時間か前には公園で、その前にはこちらの家の門前で、そして他のところでも」

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「なるほど、それであなたは、彼女たちはヘルパーではないかと思っていたということですね」

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「はい」とSはうなずく。

それからしばらく刑事は何かを考えこむかのようにうつむき腕組みをしていたが、やがて顔を上げるとこんなことを話しだした。

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「ご存知かもしれませんが大阪市の郊外にもここと同じような、身寄りのない高齢者のための『KIBOU』という住宅街があるんです。実は三年ほど前、そこの住民の数人が謎の不審死をされたことがあったんです」

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「謎の不審死?」

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「はい。

それで我々としてもさすがに見過ごすわけはいかなくなり、内密に調査を始めたんです。

そしたら亡くなられた方々に一つの共通点のあることが分かりました。

それは全員同じヘルパーの女性二人を利用されていたということ」

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「白い服を着た女性ですね」

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「そうです。

それで我々がこの一連の不審死について捜査する中で、二人の女と関連して驚くべきことが分かってきました。

どうやら亡くなられた方々は皆、何者かに注射器で筋弛緩剤を体内に注入されており、それが原因で死亡していたことが判明したんです。

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そしてそれは恐らくあの二人がヘルパーとして被害者の家に出入りする中で何らかの方法で行ったのではという推測に至りました。

というのは彼女たちは元々看護師であり、そのような薬物の知識に長けていましたし、十分に実行可能な立場であったからです。

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それで二人のことを詳しく調査すると、いくつかのことが分かりました。

まず二人は大阪市出身の双子の姉妹であり、次に二人とも看護師の資格を持っておりました。そしてさらに調べていくと、二人は片親である父親に育てられたということが分かりました。母親は二人を出産した後しばらくして、家族を捨てて若い男と蒸発したようです。

父親は苦労しながら姉妹が看護学校を卒業するまで二人の養育をしましたが、その後は消息を断ちました。

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そして数年後、姉妹は父親と再会します。

仕事の合間にコツコツ探していたのでしょう。

父親は大阪市内のドヤ街を転々とする荒んだ生活をしてたようです。

重度の糖尿患っていたみたいで、自活にはかなりの困難を伴っていたみたいでした。

彼女らは父親に一緒に暮らそうと薦めましたが、どういう理由か頑として断ったようです。

恐らく迷惑をかけると思ったのでしょう。

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それで姉妹は父親のために大阪にあるKIBOUに申し込みをしてあげます。

だが諸条件までは満たしたのですが、最後の抽選で落選したようです。

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そこで姉妹は東京都内にあるKIBOUの管理会社に何度も足を運び父親の入居の許可を懇願しましたが、空きがないという理由一辺倒で断られます。

それから二人は何故だか突然看護師を辞め、ヘルパーを始めました。

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これは私の推測なんですが、恐らくヘルパーになりKIBOUの住人を殺害したのは、住居の空きを作り父親が入居出来るようにしたかったのではないか?と。

全ては父親への深い愛情と国の制度に対する恨みからだったと思います。

ただ残念ながら彼女らの父親は喜寿を迎えた77歳の時に、急性心不全で突然この世を去ります」

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「なるほど、二人のやっていたことは全て徒労に終わったということですね。それでその後二人はどうなったんですか?」

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Sの質問に刑事は険しい顔で首を振ると、また喋りだした。

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「私たちが逮捕状を取って彼女らの住むアパートに行った時には、二人は室内で睡眠薬を大量に服用して息絶えていました」

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「え?」

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意外な結末にSは思わず声を漏らした後、次のように続けた。

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「そんなバカな、、、じゃあ私が目撃したあの二人は?」

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Sの最後の質問にも刑事は首を振ると、そのままうつ向いた。

そしてこれから先も恐らく続くであろう理不尽な悲劇に思いを馳せると、彼は背筋に冷たい戦慄を感じずにはいられなかった。

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Presented by Nekojiro

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@アンソニー 様
いつも怖ポチとコメントありがとうございます。

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