心霊内科・薬師瑠璃の御薬手帖 (その伍)

中編4
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心霊内科・薬師瑠璃の御薬手帖 (その伍)

『怖かった……。

痛かった……。

苦しかった……。

恥ずかしかった……。

憎かった……。

辛かった……。

悲しかった……』

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どことも知れない暗い場所。

抱えた膝に顔を埋めたまま、低い声でブツブツとつぶやく女。

女は裸だった。

身体中に手のひらの跡、噛み跡、爪で引っ掛かれた跡がついていた。

男たちに襲われた時のものだろう。奴らは力ずくで彼女を押さえつけ、犯し、辱しめたのだ。

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『なんで私が、って思った。

なんでこんな人たちに、って思った。

でもきっと、この人たちは人間じゃない、性欲に狂った動物なんだって。

だから私が何を言っても聞いてもらえない、言葉なんか通じないんだって、そう諦めようとした。

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でも、アイツらは言った。

オトモダチの史絵ちゃんに聞いてみな、って。

お前、アイツに売られたんだぜ、って。

アイツのこと、まだトモダチだって思ってんのかよ、ウケる、って。

アイツら、言葉なんか通じないくせに、そんなヒドイ言葉ばかりぶつけてきて。

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初めは信じなかった。

信じられなかった。

信じたくなかった。

でも、そいつと史絵ちゃんのメールのやりとりまで見せられて、信じざるをえなくなった。

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……ねぇ、なんであんな酷いことしたの?

どうして私のこと裏切ったの?

どうして?

どうしてどうして?

どうしてどうしてどうして?』

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うるさいなあ、ブツブツブツブツ。

アンタもう死んでんだから、おとなしく成仏しなさいよ。

バカなアンタに、理由言ったところで理解できないわよ。

謝ってほしいの? 

ごめんゴメンごめんなさーい。

はい謝ったわよ、これでいい?

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ブツブツ恨み言言ってないで、成仏するなり生まれ変わるなりして、私の影と身体から、とっとと出ていきなさいよ。

アンタのせいで、ずっと迷惑してんのよ。

アンタなんか友だちじゃない。

とっとと消えろ、この死にぞこない!

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最後に、のどかの顔が歪んだのを見た。

それは、怒りか悲しみか、私への失望からか。

そこで、私の意識は覚醒した。

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カーテンの隙間から、弱々しい朝の光が射し込んでいた。

ひどい寝汗で、パジャマはぐっしょり濡れていた。

ふらつきながら洗面所まで行き鏡を覗くと、顔の左側ののどかは、昨日よりも少し縮んでいた。

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それから毎晩、就寝前に薬を飲み続けた。

はじめの一週間は、劇的な効果が見られた。

顔面ののどかはみるみる小さくなり、彼女の領地は左目とその周辺だけになった。

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影の方も、それまでがっしりと肩におぶさっていたものが、今やずり落ちるのを必死に耐えているかのように、わずかに肩に手をかけているのが見えるばかりになった。

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服用する度に強い目眩は起こったし、夢では必ずのどかとの口論があったが、所詮はその程度だ。

私は、遠からず仕事に復帰できそうな予感に胸を踊らせていた。

ところが。

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二週間過ぎても、三週間過ぎても、状況は一向に進展しなかった。

影の方はまだしも、顔面の方はモデルの仕事では誤魔化しようがない。

これではカメラの前に立つことができない。

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私の空けた仕事の穴を、若く経験の浅い新人たちが次々と埋めていく。

このままでは、たとえ回復したとしても、復帰した頃には仕事がなくなってしまう。

そうなれば、私はお払い箱だ。

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私は焦った。

そして、その苛立ちは夢の中ののどかに向けられた。

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アンタさあ、いったいいつまで私にしがみついているわけ? とっとと成仏しなさいよ。

未練がましく左目に居座りやがって。

アンタが左目を通して私のことずっと見てるって、わかってんだからね?

たまに左目だけギョロギョロ変なふうに動くもんだから、外じゃずっとサングラスを外せやしない。

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何? 私が苦しむのを見て、楽しんでるわけ?

そりゃ楽しいよね? 自分を裏切って、ひどい目に遇わせた奴が、焦ってジタバタしてるんだもんね?

ざまあみろってもんだよね?

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この際ハッキリ言わせてもらうけど、アンタも相当性格悪いからね? ずっと被害者面してるけどさ。

アンタが売れだして、私がキツいなって感じてたことくらい、アンタ気づいてたでしょ? 

天然キャラ出して、気づかないふりしてたみたいだけどさあ。

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あの頃、アンタに何か言われる度にムカついてた。一丁前に同情してんのかよ、って。

のどかのくせに、って。

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何が「一緒に頑張ろう」よ。

何が「フミちゃんは、尊敬できる友だち」よ。

のどかのくせに。

のどかのくせに。

のどかのくせに。

アンタはずっと、私の後ろをグズグズついてくるような、ドジでマヌケな亀であればよかったのよ!

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『本当に……ずっとそんな風に思ってたんだね……』

のどかはポツリつぶやくと、うつむいた。

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『もう、何も聞かない。聞きたくない。

でも、あなたから離れることはしない。絶対にしない。

フミちゃん、もうモデルのお仕事できないね』

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『ざまあみろ、バーカ』

最後に、のどかは弱々しくそう言った。

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加賀美史絵が目を覚ますと、枕元に置かれた時計の針は、まだ夜中の2時を指していた。

史絵はベッドから起き出しキッチンに行くと、薬師瑠璃から処方された薬を次々と水で飲み下した。

残っていた分、すべて。

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「絶対追い出してやる絶対追い出してやる絶対追い出してやる絶対追い出してやる絶対追い出してやる絶対追い出してやる絶対追い出してやる絶対追い出してやる絶対……」

その場にしゃがみこみ、彼女はうわごとのように同じ言葉を繰り返していた。

〈続く〉

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