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目覚し時計【続編】:三日月

中編6
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目覚し時計【続編】:三日月

リ・リ・リ・リ・・・・

カーテン越しに朝日が差し込む中、美由紀は目覚し時計を止めるとゆっくりとベッドから起き上がった。

幼馴染だった正樹がくれたこの目覚し時計のお陰で毎朝気持ち良く目が覚める。

彼が不慮の事故によってこの世を去ってからもう丸六年が経つ。

物心がついた頃からずっと一緒だった彼のことを、長い時の経過と共に一度は忘れかけていた。

しかしあの”キューピットさん”の一件で、美由紀は正樹がずっと自分を見守っていてくれることに気づいたのだ。

そして、高校二年生なった今、また・・・

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◇◇◇◇

学園祭が間際に迫り、美由紀の所属する演劇部も公演に向けて毎日練習に励んでいた。

家から学校まで少し距離があるため、帰りがどうしても遅くなる。

しかし正樹が通っていた高校であり、美由紀は中三の時のあの事件のこともあって自らこの学校を希望したのだ。

でも今は心のどこかにそれを後悔する気持ちもあった。

どんなに想い焦がれても、彼はもうこの世にいない。

このまま正樹の影を追い求め、彼氏を作る気にもならずに花の高校生活を終えるのかと思うとちょっと切なくなる。

美由紀はそんな気持ちを吹っ切るように演劇に打ち込んでいた。

毎朝、目覚し時計に向かって”正樹兄ちゃん、今日も頑張ってくるからね。”と囁きながら。

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***********

自宅のある駅を出た時にはすっかり日が暮れていた。

家までは十五分程歩くのだが、閑静な住宅地であり、ひと通りはそれほど多くない。

ふと空を見上げると、目の前には消えそうに細い三日月が出ていた。

(細い月。きっと明日は新月ね。)

そして、明日は正樹の七回忌の法要の日だ。

(もう七回忌なんだね。美由紀も、もう正樹君の事は忘れていいんじゃないの?)

案内を受け取った母親はしんみりとした顔でそう言ったが、忘れられるはずがない。

だって、その姿は見えなくとも、正樹がいつも傍にいることを美由紀は信じて疑っていなかったのだから。

そんなことを思い、月を見上げながら、美由紀が早足で家に向かっていた時だった。

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(死にたい・・・)

耳元ではっきりとそう聞こえた。

驚いて周りを見回したが、美由紀の歩いている通りには、ぽつぽつと街灯が灯っているだけで誰もいない。

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いや、いた。

街灯の光が届かない、薄暗い植栽の前に誰かが立っている。

この細い三日月では、月明りなど無いに等しい。

「誰?」

その黒い影が一歩美由紀の方へ近づいた。

「正樹・・・兄ちゃん?」

その姿は正樹だった。そして正樹が美由紀に向かってにやっと笑った。

しかし、美由紀はその笑い顔に強烈な違和感を抱いた。

違う!正樹兄ちゃんじゃない!

正樹とは全く異なる薄気味悪い笑顔を見て、美由紀はその姿がまやかしであることに気づいた。

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「あなたは誰?誰なの⁉」

しかしその正樹モドキは、何も答えずににやにやと笑っている。

逃げ出したいのだが、足がすくんで動けない。

正樹の姿を模したこいつは何者なのだろうか。

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すると突然ポケットの携帯が鳴った。

美由紀は助けが来たような気がして、慌ててポケットから携帯を取り出した。

見ると非通知設定の文字。

普段、美由紀は非通知の電話には出ないのだが、この時は誰かにすがりたかった。

「もしもし!」

目の前の正樹モドキから目を離さずに携帯を耳に当てた。

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(・・・美由紀)

懐かしい声。

携帯から聞こえたのは、間違いなく正樹の声だった。

「正樹兄ちゃん?正樹兄ちゃんなのね⁉」

美由紀の問いには答えず、諭すような静かな声で正樹の声は言った。

(いいか、そいつは俺じゃない。)

「解ってるわ。私が正樹兄ちゃんを間違えるはずがないでしょ!」

その声が聞こえたのだろうか。目の前の正樹モドキの顔から笑顔が消え、そして徐々に崩れ始めた。

「ひえっ・・・」

(いいか、美由紀。気持ちを強く持って、その姿を見ないようにして走って逃げるんだ。)

「でも、でも、怖いよ。助けてよ、助けに来てよ、正樹兄ちゃん!」

(俺は助けに行けない。美由紀、強くなれ。私は負けないと強く心に念じて走るんだ。)

目の前の正樹モドキは、いつの間にか髪の長い女の姿に変わっていた。

青白い顔で、美由紀を睨んでいる。

その顔には見覚えがあった。

昔、正樹のことを執拗に追いかけていた女だ。

こうやって霊となって出てくるということは、もうこの世の存在ではないということか。

(死にたい・・・)

また先ほど聞こえたあの声が聞こえた。

「わかった。」

美由紀は携帯を耳に当てたまま走り始めた。

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(死にたい・・・)

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(死にたい・・・)

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(死にたい・・・)

声が後を追いかけてくるように、周り中から聞こえてくる。

「私は負けない!負けないんだから!」

美由紀は口に出してそう叫びながら、必死で走った。

(死にたい・・・)

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(死にたい・・・)

声はまだ続いている。

そして・・・

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どのくらい走ったのだろうか。

三十秒?一分?

まったく分からないが、いつの間にか声は聞こえなくなっていた。

足を止め、周りを見回すといつもの帰り道。あの女の姿はなく、声も聞こえない。

「正樹兄ちゃん?」

耳に当てたままだった携帯に美由紀は声を掛けた。

(頑張ったね、美由紀。もう大丈夫。)

それだけ聞こえた後、通話は切れた。

「正樹兄ちゃん!正樹兄ちゃん!」

何度呼び掛けても、それ以上携帯から正樹の声は返ってこなかった。

思わず涙が溢れ、目の前に浮かぶ三日月がぼやけて見えなくなった。

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◇◇◇◇

翌日の正樹の七回忌の法要は近所のお寺で、ごく限られた参列者で執り行われた。

美由紀は喪服に身を包み、読経を聞きながらぼんやりと正樹の遺影を眺めていた。

(私はいつまでこうやって正樹兄ちゃんの事を考え続けるのかしら。死ぬまで?)

でも昨夜のように正樹に守られていることが嬉しくもあるのだ。

そしてお坊さんの法話が始まった。

「もう七回忌になりましたね。こうしてお集まりになった皆様に言うのは何ですが、もう故人のことは忘れなければなりません。

生きている者がいつまでも強い思いを残していると、正樹君は向こうの世界へ行けないのです。

向こうの世界へ行けないと、正樹君は生まれ変わることも出来ずに現世を彷徨うことになります。故人の事を思い出すのは、命日と盆、お彼岸だけでいいんです。忘れることは悪い事ではありません。」

まるで美由紀に語り掛けているような言葉だった。

・・・私が忘れないと、正樹兄ちゃんは現世で彷徨い、生まれ変わることが出来ない・・・

顔を上げると、お坊さんはじっと美由紀を見ていた。

・・・もし正樹兄ちゃんが虹の橋を渡れば、生まれ変わった正樹兄ちゃんにいつか会える日が来るのだろうか。・・・

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***********

正樹の遺影の前に立ち、焼香すると美由紀は静かに数珠を握った手を合わせた。

(正樹兄ちゃん、私はがんばっているから、強くなるから、だから、安心して虹の橋を渡ってね。)

目の前の正樹の遺影がちょっとだけ微笑んだような気がした。

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法要を終えて家に帰り、着替えるために自分の部屋に戻った。

そしてふと机の目覚し時計に目を向けた。

「?」

目覚し時計は時計はいつの間にか止まっていた。

叩いてみても動かない。

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正樹が宿っているはずの目覚し時計。

美由紀の大事な目覚し時計は、もう二度と動き出すことはなかった。

◇◇◇◇ FIN

Concrete
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