中編5
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赤裸

これは私が体験した、とある山での出来事だ。

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あれは、友人とご飯を食べた帰りのことか。

22時を回ったばかりで、まだ帰る気の湧かなかった私はカラオケに行って楽しんでいた。

それから最後に海沿いを軽くドライブして帰ることにした。

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暗すぎて海は黒っぽく見えた。

車を10キロほど走らせたところで、Uターンして引き返す。

地方の田舎ということもあり、夜は車通りも少なく静かだった。

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来た時と同じ道を通るのも何だったので、少し遠回りになるが山道から帰ろうと思い、私は脇道へハンドルを切った。

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外灯は無く、夜の山の中はとても暗かった。

ほとんど車が通らない証拠に、車のヘッドライトで見える道の上は落ち葉しかなかった。

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若干怖いと感じながらも走り続け、しばらく経った頃か。

突然道の左側の茂みから、何かが飛び出して来た。

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私は、ハッとしてブレーキを掛けた。

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「な、なに」

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素早くシフトレバーをパーキングに入れ、サイドブレーキを引く。

私はダッシュボードへ身を乗り出した。

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なんとか止まれたが、一体なんだ。

まだ車の前にいるようだが、猪ではないと思う。

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私はそれを見て、

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ゾッとした。

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ゆっくり、静かに腰を下ろした。

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目が合った。

確実に、

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ダメだ。

人じゃない。

体が拉(ひし)げてた。

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全身赤色で、ブクブクしてる。

目が無い。

だけど、目が合った気がした。

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体中からどっと冷や汗が出るのがわかった。

額から冷たい汗が流れてくる。

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すーと赤い頭が、ボンネットから出てきた。

私は目をそらした。

そして、胴体が表れるのを視界の端で捉える。

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太くて、若干ゆらゆらしていた。

何を考えているのかわからない妙な印象を伴っていた。

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それがゆっくりと歩き出す。

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私の元へ来るつもりだ。

そう直感し、私はおもむろにドアロックを掛けた。

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ガチャ、と大きくロックの掛かる音がした。

同時に、ヤツが運転席のドアの前まで来る。

ドア越しに嫌な気配を感じた。

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じぃ、とこちらを見ている。

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見ちゃいけない、

見ちゃいけない、

見ちゃいけない、

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俯いて心の中で早くいなくなって、

と何度も祈った。

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ガチャガチャ、ドアが激しい音を立てた。

「うワァッ」

私は思わず叫び声を上げた。

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パニックになり、頭を抱えた。

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ドアが壊れるんじゃないかと思うくらい、

めちゃめちゃにドアハンドルを引っ張っている。

車体が大きく揺れた。

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もうダメだ。

本能的に身の危険を感じとった私は、アクセルを踏み抜いた。

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ブオォン、とエンジンが大きく鳴った。

すると、その音に驚いたのか気配が遠ざかった気がした。

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恐怖で気がはやり、車を走らせるための順序を無視したアクセルが効果的だったようだ。

私は今度こそ正しく、車を発進させた。

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乱暴な運転だったが、あの状況から逃げられるなら何だっていい。

しきりに私はルームミラーで後方を確認し、ヤツは追ってきてないことがわかると、少しほっとした。

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1分、

3分、

5分、

と時間が経つごとに冷静さを取り戻す。

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やっと周囲の情報が頭に入ってくるようになり、私はもう少しで山を抜けられるところまで来ていた。

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よかった。

家に帰れるんだ。

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そう思うと自然と車のスピードも落ち、考える余裕が生まれた。

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アレは、一体なんだったんだろう。

車を走らせながらアレコレ考えてみる。

でも、結局わからないという結論に至った。

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ようやく山を抜けることができ、私は安堵した。

通りへ出て、道路脇の家や外灯の人工的な明かりに安心感を覚えた。

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そこで、あることに気づいた。

メーターパネルに赤色の警告灯がついていたのだ。

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どうやら、サイドブレーキが完全に解除されてなかったようだ。

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サイドブレーキを下ろすだけならいいかと思い、

私はアクセルを踏んだまま、手を伸ばした。

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先端のボタンを押し、下ろす。

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何気なくルームミラーに視線を移した。

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ヤツの顔があった。

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「うワアーッ」

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私は運転を誤り、そのまま電柱へ突っ込んだ。

首や背中に衝撃を受けたが、そんなことはちっとも気にならなかった。

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乱雑にドアを開け放ち、外へ飛び出す。

そこへ、

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車がやって来た。

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幸い、打撲のみという軽傷で済んだ。

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車と体が接触した際、正直私はもうダメかと思った。

けれど、私の体は葛の生い茂ったところへ飛ばされ、池の中へ落ちた。

意外と池の底は浅く、半身浴ができる程度の深さしかなかった。

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葛がクッションとなり、池の水でほとんど体へのダメージが消えていたのだ。

慌てずとも水深が浅かったのも幸いした。

これが軽傷で済んだ理由だ。

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その後、私は救急車で病院へ運ばれた。

怪我は大したことなかったのだが、大事を取って2日ほど入院することになった。

家族は私が轢かれたことを知ると急いで飛んで来てくれたが、私が元気だとわかると、とてもほっとした顔をしていた。

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こうしてなんとか、私は日常に戻ることできた。

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しかし、話はこれで終わりではない。

もう少しだけ続きがある。

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実は、死体が見つかったのだ。

私が落ちた、あの池で。

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私が底だと思っていたところは、なんと車の天井だったらしい。

あとから警察が病院に来て、事情を説明してくれた。

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当時の私は救急車に運ばれるまでの間、動けなかったため、ずっと池に落ちたままであった。

そこへ駆けつけた救急隊の一人が、私がいるのは車の上ではないかと気づいたそう。

そして、現場に到着した警察にそのことを話したら目視で確認がとれたため、翌日その車を引き上げると中から性別不明の一人の死体が見つかったのだという。

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私は、ふと思い浮かんだ疑問を投げ掛けた。

「その死体は赤かったですか?」

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そう聞くと警察は何のことかとはぐらかし、私が轢かれた経緯の事情聴取もそこそこに病室を立ち去った。

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ああ、

私はその反応を見て、確信を得た。

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その死体は、

きっとあの赤い何かの正体なのだろうと。

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