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中編5
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適切な処置

─俺は今、どこにいるんだ?

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瞼は開いているのだが、何かに遮られて何も見えない。

どうやら、顔を何かでぐるぐる巻きにされているみたいだ。

口にはマスクをはめられ、体のあちこちには管を繋げられているようだ。

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─どこかの病棟の一室なのか?

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ピーピーという無機質な信号音と、カチリカチリという時計の音だけが微かに聞こえてくる。

起き上がろうと両手両足を動かそうとするが、全くどうにもならない。

試しに右手を開いたり結んだりしてみるが、実感がない。

というか手足の感覚がないのだ。

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─もしかしたら、、、

一気に絶望的な気分に陥る。

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─いったいどうしてこんなことになったんだ?

俺は何か大きな事故に巻き込まれたのか?

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必死に記憶を辿ってみた。

すると断片的ではあるが瞼の裏に、まるで古い映画の一コマを観ているかのようにセピアカラーの映像が動き出す。

どうやら脳ミソだけは正常に機能しているようだ。

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暗い闇の中に煌めく無数の光。

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─そうだ、これは夜空だ、星空だ。

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俺はワイングラスを片手に、ベランダに立っていた。

隣には、妻の明子が鮮やかな真紅のシルクのドレス姿で微笑んでいる。

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─そう、確かその日は結婚1周年の記念日。

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リビングで食事を終えた俺たちは、マンションベランダに出て赤ワインの入ったグラスで乾杯をしたんだ。

カチンという心地よい音が響く。

明子が潤んだ美しい瞳で俺を見つめ微笑む。

ダークレッドの液体を一気に体内に流し込むと、秋を感じさせる心地よい風が額を掠めた。

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二人肩を寄せあい、階下の景色を眺める。

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彼方で月に照らされうっすら見える山の端。

碁盤の目のように縦横に走る大小の道。

そこを流れる車のサーチライト。

立ち並ぶビルのイルミネーションと住宅の暖かい灯り。

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人生の幸せな一コマ。

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その時だ。

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彼方の山の端でまばゆい白い光が瞬いたと思うと、空は全て赤に染まり一瞬で街は夕闇の光景に変わった。

驚いて顔を見合わせる俺と明子。

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そして次の瞬間……。

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shake

ズズーン!!

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下から突き上げるような地響き。

よろめく俺と明子。

ベランダ内に響くワイングラスの割れる音。

なんとか立ち上がり再び正面を見ると、彼方から眩い光の波が猛烈なスピードでどんどん押し寄せてくる。

明子が怯えた表情で俺に何かを言いかけた時はもう遅かった。

あっという間に眩い光は俺と明子を包み込み、俺は体ごと後ろ側に叩きつけられた。

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─熱い!痛い!

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体中を駆けめぐる強烈な痛み。

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その後は……

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その後は……

その後は……

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漆黒の暗闇に包まれた。

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カチリ……

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ドアの開く音が聞こえた。

誰かが部屋に入ってきたようだ。

コツコツと足音が聞こえる。

誰だろう?一人ではなさそうだ。

俺の左側で、ゴソゴソと何かしている。

しばらくすると、胸の上のあちらこちらに何か冷たいものをあてている。

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─この感触……経験があるぞ!

これは、ええっと聴診器だ!そうだ聴診器だ!

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「被害者番号は31番 男性、

年齢 推測で25歳から30歳、

身元は発見された位置から、F市A町2-3のマンション グランドハイツF

状況は変わらず。

午前8時12分確認」

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─男の声だ!うーん、年は50くらいか……。

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「今日でもう2週間になるが、この人の場合、この状態では

意識を取り戻すことはないだろう」

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─こいつは何を言ってるんだ?

俺はちゃんと起きてるぞ!聞こえてるぞ!

懸命に訴えるのだが届かない。

俺は言葉も失ったのか?

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「うちの病院には、何名収容されたんだ?」

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─『収容』?

どういうことだ?

そうだ、明子はどうなったんだ?

この病棟にいるのか?

頼む、明子に会わせてくれ!

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「えーと約50名ですが、日に日に増え続けているみたいです」

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─若い女の声だ!

右側から聞こえる。

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「何せ次から次に軍のヘリがやってきて都内にある全ての病院に傷病者を運び込んできているようなんですが、病院は既にほぼ満床状態のようでして、どこも医療崩壊になりつつある状況みたいなんです。

それで今朝、役人の方々が来られて」

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「分かってる、『適切な処置』だろう。

医師の立場からすると、とんでもないことだが、こういう事態だからやむを得んな」

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─ん?『適切な処置』?

どういうことだ?

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俺は全神経を耳に集中する。

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「でも先生、この方はまだ生きています!」

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「分かってる分かってるが、このような異常事態の場合は、より可能性のある人を救うのが道理なんだよ。

『緊急避難』という考え方、君も知ってるだろう?

不謹慎だが、このようなただ息をしているだけの、、、その何というか、つまり『肉の塊』とかに構っているくらいなら、、、」

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─『肉の塊』だと?

俺は今『肉の塊』なのか?

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年配の男と若い女性の会話は俺を挟んで続いた。

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「ところで、かの国の『将軍様』は未だ捕まえられてないようだな」

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「はい、ネットの情報によりますとアメリカ軍はもう既に首都近辺にまで進攻しているみたいなんですが、未だに身柄の確保は出来てないようです」

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「全く、とんでもないことをやってくれたもんだ。 

初めは単なる脅しだけだったんだけどな。

本当に我が国に着弾させるとは、、、」

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年配の男は深いため息をすると続ける。

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「いいね、これは命令だ。

いつもの薬で適切に処置してくれ」

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しばらくの沈黙の後、若い女性の思い詰めた声がした。

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「……分かりました。 

処置の後は午後から新しい患者を収容します」

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─え!『処置』だと?ふざけるな!

俺はまだ生きてるんだぞ!

明子、どこにいるんだ!

頼む、明子に会わせてくれ!

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バタン!

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ドアの閉まる音が聞こえた。

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……

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…………

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………………

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……………………

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カチリ、、、

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数分くらい経った後に、またドアが開いた。

今度は1人のようだ。

俺の左側でまた何かゴソゴソしている。

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「ごめんなさい あなたに構っている余裕も時間もないし、救わないといけない人たちがまだいっぱいいるの。

だからお願いだから分かってちょうだいね」

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─あの女性の声だ。

何を言ってるんだ?

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すると首筋にチクリとした軽い痛みが走った。

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─これは注射針だ。

間違いない注射針だ!

何かを俺の体に注入しているんだ!

ちくしょう!

俺を殺す気だな!

まだ生きてるんだぞ!

人殺し!

訴えてやる!

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俺は懸命に叫び続けたのだが、全く無意味だった。

しばらくするとだんだん息苦しくなりだすとともに、視界を薄いピンク色の靄のようなものが立ち込め始め徐々に広がっていく。

向こうでは古い映画のような様々な昔の思い出がぼんやり見え隠れしていたが、やがてそれも消え失せてしまう。

wallpaper:4291

た……

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た……

す……

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た……

す……

け……

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……

………

…………

……………その後は、

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再び永遠の暗闇が支配した。

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fin

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Presented by Nekojiro

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