中編3
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刺すような視線

これは僅か一月で別れた淳史との話。

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交際がスタートし彼の自宅である市営団地の一室を出入りするようになった当初から、わたしは誰かの刺すような視線を感じ背筋にゾクリと鳥肌がたつことがたまにあった。

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例えばリビングのソファーに二人座り、他愛もない話で盛り上がった後の一瞬の間とか、

食卓で一緒に食事をしながらする会話の僅かな間とか、

台所で二人分の夕食を作っている時のちょっとした間とか、

また淳史が仕事でいない時、一人でリビングと和室に掃除機をかけていて少し手を休めた時とか、、、

そんな様々な状況で何者かの気配や視線らしきものを感じたりすることがあった。

時には、ぶつぶつと何か呟くような声も。

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そして、その日は来る。

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それは8月、お盆中のある日のこと。

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淳史と一緒に夕飯を終え二人でお風呂に入った後、ベッドに横になる。

夜中にトイレに行く便宜から電気は完全には消さず、いつもオレンジの豆電球だけは仄かに灯していた。

その日はその豆電球の灯りが気になり、なかなか寝つけずにいたのだが、ようやく半時間程してうとうとしだした時だった。

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…………

カリカリカリカリ、、、

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どこからだろう、

ぶつぶつと呟く声がし何かを引っ掻くような音がするので、わたしはふと両の瞳を見開く。

眼球を世話しなく動かし、その音の出所を探してみる。

そして一瞬で背中が粟立った。

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格子柄の白い天井の中央あたりにある僅かな隙間。

そこからじっとこちらを覗く二つの不安げな瞳。

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わたしはヒステリックに悲鳴をあげながら、半身を起こす。

「どうしたんだよ?」と心配げに声をかける淳史。

電気を点けて改めて天井を見た時、隙間の奥に瞳はなかった。

わたしはベッドの端に座り、呻きながら頭を抱える。

隣に座り優しく背中をさする淳史に、それまで感じていた人の気配や視線のこと、そしてたった今天井に見えた2つの瞳のことを打ち明けた。

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全て聞き終えた淳史はしばらく黙りこくっていたが、

思い当たることがあるのか、やがて深刻な面持ちで「実は」と切り出し訥々と喋りだした。

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淳史は、わたしと出会う前まで母親と二人でこの市営団地に暮らしていたそうだ。

シングルマザーとして彼女は女手一つで淳史を大切に育ててきたらしく、彼が社会人になってからもこの団地に二人で暮らしていたそうだ。

淳史にとって母親は理想の母であり女性だったらしく、母親も彼を溺愛していた。

そういうことで彼は30過ぎても一般の女性と交際したことがなかったという。

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だが二年ほど前に母親に乳ガンが見つかる。

癌は既にかなり進行していて、余命いくばくという状態だったらしい。

母親は最後はこの部屋で息を引き取ったそうなのだが、病の床で彼女は淳史に一つお願いをしたそうだ。

それは自分が亡くなり骨壺に納まった後も、それをこの部屋を見渡せる場所に置いておいて欲しい。

心配だからあの世に逝ってからも、あなたの行く末を見守っていたいと。

彼は涙で腫れた目で痩せ細った母親の顔を見ながら、頷いたという。

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最後にわたしは淳史に尋ねた。

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「その場所というのは、どこなの?」

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彼は震える右手で天井を指差した。

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fin

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