初春の頃の朝。
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俺はいつも通り上下スーツ姿で、玄関口で革靴を履いていた。
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「いってらっしゃい、頑張ってね」
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そう言って妻の未奈が笑顔で右手を上げる。
俺はその手に軽くタッチした。
結婚して今年で3年だが、この朝の習慣は欠かしたことがない。
夜に小さな喧嘩をしても、これをやるとリセットされる魔法の儀式だ。
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それから軽快に家を出た。
住宅街の路地の曲がり角を何度か曲がり国道沿いの歩道をしばらく歩くと、地下鉄の入口が見えてくる。
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─あ、そういえば、今日から八木が忌引きとかで休むとか言ってたっけ?
いや、明日からだったかな?
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八木は俺の直属の部下で営業職である俺の、今は秘書的な立場で様々な仕事の段取りとかをやってくれていて彼がいないと、その日の仕事の進め方がかなり違ってくるからだ。
またプライベートでも一緒にゴルフに行ったり、飲み会で遅くなり終電を逃した時とかうちに泊めたりとかもしている。
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俺は改札に繋がる下り階段の手前で立ち止まる。
そして携帯で確認しようと胸ポケットに手を突っ込む。
会社の予定関係は全て携帯に記憶させているからだ。
だがいつもならポケット内にあるはずの携帯がない。
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あれ!あれ!あれ?
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俺は上から下まで全てのポケットを探ってみたが、やはりなかった。
腕時計を見ると、時刻はまだ8時5分前。
今から戻っても、何とか会社の定時には間に合いそうだ。
俺は踵を返すと、ダッシュで走り出した。
何とか5分ほどで家の玄関までたどり着く。
俺は軽く息を整えて呼び鈴のボタンを押した。
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ピンポーン
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しばらく待ったが何の返事もない。
もう一度押すが、やはり同じだ。
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─買い物にでも出掛けたのかな?
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しょうがないから尻ポケットから財布を出しスペアキーを引っ張り出すと、ドアを解錠して中に入る。
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「お~い、いないのか~」
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玄関口で声を出すと、
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「あらどうしたの~?ちょっと待ってよ~」
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と未奈の少し慌てる声がした。
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「なんだ、居るのか?ちょっと上がるぞ」
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そう言って靴を脱ぎ、廊下に上がる。
携帯は恐らく寝室に忘れているはずだ。
俺は廊下沿いにある寝室のドアを開き、ちょっと驚く。
ベッドに妻が寝ていた。
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「どうしたんだ?具合でも悪いのか?」
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彼女は掛け布団から顔だけを出したまま、
「雄大こそ、どうしたのよ?」
と少し怒ったような感じで返す。
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「俺か?俺は携帯を忘れてな」
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と言って枕元のナイトテーブルのところまで歩き、そこに置き忘れた携帯を手に取ると素早く操作し件のことを確認する。
やはり記憶通りだった。
それから携帯を胸ポケットに収めると寝室から出ようと、ドアのところまで行こうとした時だ。
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shake
ズズン!!
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shake
ズズン!!
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軽い地響きが二回したかと思うと、続いてユッサユッサと床が揺れだした。
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「なんだ!地震か!?」
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俺は叫ぶと咄嗟に四つん這いになる。
揺れはかなり大きいようだ。
未奈もベッドから降りると、四つん這いになり俺の隣に寄り添った。
妻の風体を見た俺は驚く。
彼女は全裸だった。
そして次の瞬間だった。
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「わああああ!」
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突然男の叫び声がしたかと思うと奥のクローゼットが勢いよく開き、全裸の男が飛び出してきた。
俺は男の顔を見た途端、度肝を抜かれた。
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それは八木だった。
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fin
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Presented by Nekojiro
作者ねこじろう