Aさんから聞いた話。
Aさんは何度かお話に登場してもらっていますが、その警察官人生を警視庁捜査一課の係長で退職された方です。現職のときには、不思議な事件にいき合うことが多かったことから「警視庁捜査一課呪殺班班長」などと言われたと笑って話しておられました。
これは、Aさん自身の体験談ではないのですが、なかなかに興味深い話なので、ここでお披露目したいと思います。
いつものように、個人名等は伏せ、詳細については若干の改変を加えています。
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Aさんのだいぶ下の後輩で、S子さんという女性警察官がいたという。S子さんは関東北西部の出身で、当時はまだ珍しかった女性刑事を志して上京してきたという、なかなかに気骨のある人だったようだ。
「そいつが、なかなかに不思議な能力の持ち主でな」
Aさんが言うには、S子さんは殺人事件や暴力犯の被疑者の目星をつけるのが天才的に上手だったという。まだ、交番勤めの巡査だった頃からその能力は発揮されていて、S子さんが「あいつにバンかけましょう(註:職務質問しましょうという意味らしい)」と言って、声を掛けると、十中八九ナイフやらカッターやらといった凶器が出てきたらしい。一度など、小学校で飼っている動物の連続殺傷事件の被疑者を巡回中に見つけて逮捕し、署長賞に輝いたこともあったようだ。警察学校を卒業してすぐの巡査としては異例のことだという。
『何でそんなのがわかるんだ?』
と先輩連中から聞かれても、S子さんは曖昧に笑ってごまかすだけだったそうだ。
「そんなわけで、あっという間に彼女は希望通りの刑事課に配属になってきた。そんとき、俺はまだ警部補だったんだけどな。まあ、素直で優秀なヤツだった。」
ただ、上司であるAさんに対しても、S子さんは被疑者を言い当てられる秘密を頑として言わなかったという。
「でも、あるきっかけでそれが判明したんだよ」
それは、AさんとS子さんが、ある殺人事件の容疑者の自宅近辺で張り込みをしていたときのことだった。その事件は、老夫婦が寝ているときに侵入してきた何者かに鈍器のようなもので撲殺され、さらに包丁で手足を切り取られるという凄惨な事件だった。
Aさんたちの調べにより、近所に住む無職の40代の男が事件当時から自宅に帰ってきていないことがわかり、容疑者として浮上してきたのだった。
もちろん、決定打はないので、職務質問の上、任意同行する、という筋立てだった。
「今風に言えばニートっていうのかな。当時は引きこもりとか、オタク族とか言っていたと思う。年金ぐらしの母親と同居して昼夜逆転でブラブラしていたから、物盗り目当ての犯行だと俺達は踏んでいたんだ。」
ところが、車中でAさんと張り込みをしていたS子さんは、車の脇を自転車で通り過ぎた中学生くらいの男性を見るや「A係長、あいつ・・・」と言って、慌てて車を降りた。そして、おもむろにその男性に職務質問をし始めたという。
警察手帳を見るや、その男性は強引に自転車を走らせて逃げようとしたので、少し遅れて飛び出したAさんと一緒に、その男を確保した。
「取り調べの結果、遺留指紋のひとつが、その中学生のものと一致したんだ。つまり、そいつが犯人だったんだ」
さすがのAさんも、問いたださざるをえなかった。なんの変哲もない男子中学生をどうして怪しいと踏んだのか。考えたくないが、場合によってはS子さんが事件に関係している可能性まで捜査陣の中では議論されていたのだ。
「そしてとうとう、俺だけに話してくれたんだよ」
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私は小さい頃からたまに不思議なものが見えることがあるんです。
最初はなんだかわかりませんでした。
覚えている一番最初のものは、たぶん、小学校1年生くらいだったと思います。家の近所の中学生くらいの悪ガキの肩から犬の頭が生え出しているのが見えました。
「あ、あれ・・・」
私は慌てて一緒にいた母親に訴えましたが、どうやら母親には見えていないのだということがわかりました。
その後、同じ男を見る機会が何度かあったのですが、会うたびにその奇妙な動物が増えているのです。
尻のあたりから猫の後ろ足が二本生えている。
頭の横から何かの鳥の翼が生えている。
首筋からヘビの頭がニュルリと這い出し、体を一周取り巻いている。
その男にもどうやらそれらの動物は見えていないみたいだし、触ることも出来ない様子でした。気味が悪いので、私はその男がよくいる道を通らなくなりました。
そんなある日、私の住む街で3歳くらいの男の子が行方不明になる事件があったのです。
警察や消防、町の自警団の大人などが何日も探し続けていましたが、見つかりませんでした。顔写真もテレビで何度も流され、「情報提供をお願いします」と訴えが続きました。
お父さんも、お母さんも「怖いね」「怖いわね」と言い合っていたのを覚えています。
その子がいなくなって、ひと月ぐらいたったときだと思います。私は祖母と一緒に買い物をするために歩いていました。買い物の際にはどうしても、あの男がいる道を通る必要があります。
そして、その日もその男は悪い仲間とつるんで道端でタバコをふかしていました。
見るまいと思っても、目を瞑るわけにはいかないので、どうしても目に入ってしまいます。
果たして、その男の異形は更に進んでいました。
そして、
「あ!」
なにかの拍子にこちらを向いた男の腹から小さい子供の上半身がにゅっと突き出していたのです。子どもの両の手は苦しみもがくように空中をフラフラと彷徨っています。その顔は、あの行方不明の男の子の顔でした。
私は知らず、祖母の手を強く握りました。それに気付いたのか、祖母は私の腕をぐいと引っ張って、手近な角を曲がらせました。そして、しゃがんで、私の目を見て言ったのです。
「お前にもあれが見えるのかい?」
『あれ』というのは、当然あの動物たちのことでしょう。
私はうなずきました。
「いいかい?ああいう輩には近づいたらいけないよ。あれは縫いの化け物だ。ああ、でも、あんたが見えるっていうことは、あいつに気付かれてるかもしれないね・・・。」
祖母が何を言いたいのか良くわかりませんでしたが、あの化け物には名前があることを知りました。
その夜、祖母は父や母と何か話をしているようでした。そして、最終的には、警察に何らかの連絡をしたようです。
その男が幼児殺傷事件の犯人として逮捕されたのは、その数日後のことでした。
もう少し大きくなってから祖母が教えてくれました。
「心に悪いものを抱えた人間が、動物を殺すと、その動物に取り憑かれてしまうんだ。取り憑いた動物は、自分と同じような犠牲者を求め始める。だから取り憑かれたやつは、また殺したくなるんだよ。そうすると、その殺された動物がさらに取り憑く。そうやってどんどん、どんどん、縫い合わされるように体にまとわりついていくのさ。そうやって出来上がったバケモンが『縫いの化け物』ちゅーわけだ。」
「お前が見たやつはきっと、犬やら猫やら鳥やらをたくさん殺しよったんだろう。それで縫いの化け物になっちまったんだ。最後には動物じゃあきたらず、人間を殺した。そして、殺された人間が縫い合わされば、今度はもっと人を殺そうとする」
「いつもはそんな化け物と縁ができんように、無視するんだが、あん時はお前さんを助けにゃならんと思ったんで、警察に捕まえてもらうことにしたんじゃよ」
私は聞いたのです。
「なんで?おばあちゃんにも見えているんだったら、早く警察に言って捕まえてもらえばいいじゃない?そうすれば・・・」
そうすれば、人が殺されないかもしれないのに・・・
「そうさな・・・。でも、野良犬や野良猫を殺しているくらいでは警察は何もしてくれんのよ。昔、一度言ったことがあったさ。手遅れにならんうちにってな。その結果がな」
おじいちゃんが、そいつに殺されてしもうたんだ。
祖母は寂しそうに言いました。
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「『私が警察官になろうと思ったのは、縫いの化け物を早くに捕まえるためなんです』
S子は俺の目をまっすぐに見つめて言ったよ。」
本当に縫いの化け物なんていうものが見えているのかわからねえが、S子の力はたしかに本物だったさ。それに、志も立派な警察官だったよ。
Aさんは笑って言った。
S子さんは、まだ現役で頑張っているといいます。
作者かがり いずみ
S子さんの目には縫いの化け物が闊歩している様子が映っているのでしょうか?
化け物にめげずに、正義を貫こうとしているS子さんは立派だなと思います。
私だったら、逃げ出してしまいそうです。