中編5
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飯酒盃(いさはい)

─本日午後2時頃、N市内S町商店街の交差点で信号待ちをしていた古市明さん41歳と妻佳子さん35歳が暴走してきた軽自動車に跳ねられ、その後搬送された病院でお二人の死亡が確認されました。

運転をしていたのは飯酒盃(いさはい)茂さん78歳で、、

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ここで毒島の表情は変わった。

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そしてカウンター奥の棚に置かれた箱型のテレビを、睨むようして見た。

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「お知り合いか何かですか?」

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正面に立つ赤ら顔の店主が毒島の豹変した表情に気付き、心配げにに尋ねる。

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「い、、いや、」

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毒島は焦るように言いまた向き直ると、コップ酒を一気にあおる。

店主がテレビを見ながら、険しい顔で口を開いた。

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「S町商店街といったら駅の北通りじゃねえか。

またどうせ、高齢者のブレーキとアクセルの踏み間違えとかいうやつでしょうかね?

あの夫婦まだ若かったみたいだけど、まったく本人も自覚あるはずなんだから、いい加減免許返納すりゃいいのにね。

だいたい、、」

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「大将、勘定してくれ」

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店主の言葉を遮るように言い毒島は立ち上がった。

その時、時刻は午後8時を過ぎようとしていた。

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ガード下にある馴染みの屋台を出た毒島は、JRローカル線の電車に乗ると長椅子に座り携帯から電話をする。

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「ああ捜査一課の毒島だが、交通課に繋いでくれ」

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しばらくすると携帯から若い男の声が聞こえてきた。

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「はい、もしもし交通課の浅井です。

毒島さん、どうされました?」

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「いや今日の午後にあったS町商店街の死亡事故なんだが、運転していた飯酒盃とかいう男、今はどうしてるんだ?」

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「ああ、あれですね。

夫婦共々亡くなって酷い事故でしたね。

確か運転していた男は市内にある病院に運ばれたはずですよ」

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「悪いが、その病院の名前を教えてくれ」

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翌朝、毒島は市内にある某自動車教習所の応接室にいた。

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部屋の中央にある応援テーブルに座っている。

彼の正面には教習所の制服を着た男性が座っていた。

男性は毒島から受け取った一枚の写真をまざまざと見ながら「ああ、この方ですね。

飯酒盃さんでしょ。

3ヶ月ほど前の高齢者講習に来られてましたよ」

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「ほう、よく憶えてましたね?」

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毒島が感心したように言うと、男性は続けた。

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「ええ、この方変わった名字でしょ。

それとね、適性検査の結果がとにかく酷かったんですよ。

ペーパー試験はギリギリでしたし、実技では何回か脱輪したり挙句の果てはアクセルとブレーキ踏み間違えたり、もう大変でしたからね。

まあ本人がその時言ったのは、たまたま緊張していたからで普段はそんなことはないとか言ってたから何とかオーケーしたんですがね。

ところでこの方が何かしたんですか?」

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「いえ、まあ、ご協力ありがとうございます」

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そう言って毒島は立ち上がった。

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市内の病院に入院する飯酒盃茂氏の面会が出来るようになったのは、彼があの事故を起こしてから一週間が経った月曜日だった。

その日毒島は午後から飯酒盃の入院している個室を訪れる。

入口のドアを毒島が開けた時、飯酒盃は窓側のベッドで半身を起こし外の景色をぼんやり眺めていた。

頭や腕には包帯が巻かれている。

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「初めまして、私N北警察署捜査一課の毒島と申します」

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毒島は飯酒盃に恭しく名刺を渡すと枕元のパイプ椅子に座る。

飯酒盃はしげしげとそれを眺めた後、口を開いた。

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「捜査一課と言ったら確か殺人とか傷害を担当する部署でしょ?

刑事さん私はね、あの時ブレーキとアクセルを踏み間違えたんです。ご夫婦には気の毒だったが、あれはあくまでも過失だったんですよ」

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飯酒盃の弁明に毒島は、

「分かってます、分かってますよ。

それでこの間あなたが3ヶ月前に行った教習所にも確認に行ったんです。

適性検査の結果はあまり芳しくなかったようですね」と言って飯酒盃の顔を見る。

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「そうですよ。

だったら話は早いですね。

もう分かったでしょ?

だからあれは私の運転ミスだったんですよ」

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「いや、そうはいかないんですよ」

そう言って毒島は藪睨みの目でじろりと飯酒盃を見た。

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「どういうことです?」

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「飯酒盃さん、あなた今は年金暮らしだが嘗てはベテランのバス運転士だったんでしょ」

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「そうですが、

それがどうしたんです?」

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「現役の頃無事故無違反だった人が、あんな初歩的な運転ミスをしますかね?」

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「そ、、それは昔のことです。

今は年もとってるから、しょうがないじゃないですか」

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少し怒り口調で飯酒盃は返した。

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「まあ、いいでしょう。

じゃあ、この方、ご存知ですか?」

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そう言って毒島は胸ポケットから一枚の写真を出すと、飯酒盃に手渡す。

手に取り目前にかざした飯酒盃の顔色がみるみる変わっていく。そして震える声で毒島に尋ねた。

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「あ、、あんた、、この写真、どうしたんだ?」

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「今からちょうど1年前。

市内にあるマンションの一室で、40歳のある独身女性が首吊り自殺をしました。

たまたま私はその実況検分に立ち会ったんです。

まれに事件の場合もありますんでね。

遺書が残されていて、そこには彼女が長らく勤めていた会社の上司に対する恨み辛みが延々と書かれていたんです。

つまり女性はその上司と長きに渡り不倫関係にあったみたいです。

上司はいずれ妻と別れて一緒になると言ってズルズル関係を続けていました。

その間彼女は二度も赤ちゃんを下ろしてます。

でも最終的に彼女は上司に捨てられます。

それで悲観に暮れた女性は自ら命を絶ちました。

その女性の名前は飯酒盃尚美。

その写真の女性です。あなたの一人娘ですよね。

そしてその上司の名前は古市明。

そう、あなたがこの間ご自分の車で跳ね殺した男です」

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飯酒盃は険しい顔で俯いたままだ。

毒島は続けた。

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「いやあ、あなたの名前が珍しいものではなかったら、さすがの私もそのまま見逃すところでしたよ。

この間馴染みの店で飲んでいるとたまたまあの死亡事故のニュースが流れましてね。その途中あなたの名前を聴いた時思わずテレビの画面に釘付けになり、その中身にさらに驚かされました。だって被害者はかつて自殺した独身女性を捨てた直属の上司であり、加害者はその女性の父親でしたからね。

こんな偶然とかあります?

正に宝くじにも当たるくらいの確率ですよね。

それでもやはりあなたはこれは単なる運転ミスによる事故と言い張るつもりですか?

ねぇ飯酒盃さん」

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fin

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Presented by Nekojiro

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