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「あいうえお怪談」
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「か行・き」
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第19話「奇妙な先輩ー猟奇殺人の真相ー」
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<N口K代の証言より>
初めてお会いした時は、少し変わった人という認識でした。
私は、身長が168センチありますが、恭子先輩は、私より10センチ以上高い、180センチ以上はあると思います。
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女性にしては、かなり大柄ですが、中学生の頃からバスケットをやっていた私にとって、高身長の女性がいることは、そう珍しいことはありません。実際、実業団やプロには、180センチ以上の女性選手は、ざらにいますから。
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ですが、先輩は、初めて会った時から、どこか違和感のある奇妙な印象の人でした。
大柄で男性的な体格をしていたとしても、女性の肉体は、男性のそれとは少し、いや、かなり違います。
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たとえば、身体全体の丸みとしなやかさ。顔つき。肌の感触。無意識に醸し出すしぐさや、雰囲気とか諸々。挙げればきりがありません。
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なのに、先輩から受ける印象は、ゴツゴツと骨ばっていて。叩かれてもびくともしないような屈強な肉体。それに加え、狙った獲物は逃さないといった野性的で好戦的な肉食系男子を思わせるものがありました。
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恭子先輩は、一見、モデル顔負けのスタイル。服やメイクの完璧で、遠目から見ても、堀の深い顔立ちの美人なのに、恥ずかしいので敢えて触れないでいましたが、なぜか、「首から下」それも、下半身ばかり気になってしまうのです。
この件に関しては、そう、恭子先輩と親しくしていたA子先輩も冗談交じりに話していましたね。
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当然、下ネタ的な好奇心から、同性からも異性からも、よくも悪くも距離を置かれていました。
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ただ、唯一、解せなかったのは、なぜか、恭子先輩の所属する整備課には女性社員は、恭子先輩ひとりしかいないんのです。
周囲は、男性社員だけという環境にあって、やりにくくないのだろうか。と思いましたが、
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お茶の淹れ方ひとつで、毎朝、ブツブツ文句をいうお局様のいる私の課よりも楽でいいなぁと羨ましく感じたりもしました。
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事実、恭子先輩の整備課は、朝出社してすぐ、かなり遠いところまで、営業や現場に出向かなければならないため、退社時刻になっても会社には戻らず、出先から直接帰宅してもよいことになっていました。勤務時間の大半が、恭子先輩ひとりだけということで、一部の女子社員からは、羨望の眼差しを向けられてもいました。
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数年前までは、女子社員もいたらしいのですが、なぜか、辞めたいという人が続出したんだそうです。理由を聞いても、押し黙ったまま、「一身上の都合」の一点張りで、会社の上司も人事課も、まぁ、恭子先輩ひとりだけでも、事務や経理であれば、熟せない業務でもないということで、以来、整備課は、ずっと恭子先輩だけだとの噂でした。
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それから、私が入社してすぐのことなんですが、
女子社員の間で、一時期妙な噂が立ちました。
それは、本物の恭子先輩は、既に亡くなっており、別人が、恭子先輩になりすましているんじゃないかと。体格や容姿は、本人に代わりはないのですが、年齢、学歴、全て違うのではないかとのことでした。
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ですが、結局、噂の域を出ず、この噂を流した張本人が誰なのか、事実なのか虚偽なのかもわからぬまま有耶無耶になってしまったそうです。
ところが、そんな噂を裏付けるような事態に遭遇することになるとは、私自身夢にも思いませんでした。
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ある日、仕事が終わらなくて、2時間ほど残業したんです。やっと終わって、退社する前にトイレに寄り、ついでに、メイクを直していたんです。すると、偶然、恭子先輩が入ってきたんです。
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恭子先輩のようなベテランでも、残業するんだと正直意外でした。
恭子先輩のいる整備課は、勤務時間内に終わる仕事ばかりだと思っていたのですが。
なんでも、現場に出向いていた男性職員のために、クレーム処理のための書類を作らなければならなくなったとかなんとか話していました。
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言葉を交わすと、意外にも、明るく気さくな方で、たわいのない会話の後、「今度、会社帰りにご飯でも食べに行かない?」と誘ってきたのです。
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例の噂を耳にしていたし、やはり、隣りに立つ恭子先輩の威圧感は、ちょっとただならぬものがあって。怖気づいてしまいました。返事に窮していると、私の顔を覗き込むようにして、
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「だったら、お休みの日にでも、日中、私のアパートに来ない?」と吐息混じりに話しかけてきたんです。「親には内緒で・・・ね。」と。
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能面が張り付いたような表情とは裏腹の甘い言葉と、どこか卑猥な雰囲気を感じさせる話し方にゾッとしました。
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そこで、つい、その場しのぎの噓をついたんです。「せっかくの嬉しいお誘いなんですが。最近、英会話教室に通い始めたのと、家族で暮らしているので、お休みでも、昼夜を問わず、祖父母の世話をしなくてはならなくて、時間的に余裕がないんです。」
苦し紛れの引きつった笑顔だったでしょうから、噓は、バレバレだったでしょうね。
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「なぁんだそうなの。」恭子先輩は、顔を背けると、折り曲げていた身体を伸ばし、私の背後に回り、両肩に手を置いたんです。それは、一瞬の出来事でした。
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shake
それから、私の身体をぐいっと自分の胸に引き寄せ、ぐいぐいと羽交い絞めにしてきたんです。それから、私の頭部に顎をのせたかと思うと、
「じゃぁ、これから、私の家に行って、私の手料理をご馳走してあげようかしら。」
「え!」
「食材も、調理器具も、ぜ~んぶ揃ってるのよ。」
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shake
「切った食材や、作ったお量子をいれる大きな冷蔵庫と冷凍庫があるし。どう?来ない。」
あまりに唐突な言動に、私は、何が起こったのか解らず、頭の中が真っ白になりました。
先輩は、私を羽交い締めにしたまま、
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「う~ん、K代さん。筋肉がついてないな。あまり運動してないでしょ。」
巨体を折り曲げ上から覆いかぶさるような格好になり、先輩の身体が私の背中全体にヒタリと密着しました。
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思わず「ぎゃ。」と声を上げていました。張り付くように密着した先輩の身体は、鋼鉄で出来た板のように厚く硬くて、氷の壁に押し付けられ今にも凍死しそうなくらい冷たく感じました。どんどん、体熱が奪われていきました。
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信じられないくらい強い力に押さえつけられ、怖くて怖くて。声もあげられなくて困っていたら、トイレのドアが開く音がしたんです。
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3~4人 女子社員たちがガヤガヤと入って来ました。
1ヶ月後に開かれるイベント企画を担当していた女子たちでした。
「ちっ。」
頭の上で、先輩の舌打ちする音が響き、私は、やっと解放されたのでした。
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私達の間に、なにか異様な空気が漂っていたのでしょうね。
女子社員のひとりが、「何かあったんですか。」と尋ねてきました。
恭子先輩は、何食わぬ顔をして、私の髪の毛に優しく触れながら、
「それじゃ。おやすみなさい。気をつけて帰ってね。」と言って
足早に去っていたんです。
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もし、あと数分。この状態が続いていたら。
殺されていたかもしれません。
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後から確認すると、整備課にクレームなど入っていないとのこと。
この日、恭子先輩は、17:00に退社していることになっているのです。
恭子先輩は、予め私が残業することが分かっていて、トイレで待ち伏せていたのではないか。
など。考えれば考えるほど、恐ろしくなってしまいました。
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このことを、翌日、すぐに上司に報告したのですが、信じてもらえませんでした。
「あの方がそんなことをするとは思えないです。」の一点張り。
殺されかけた、これは、殺人未遂だ。ハラスメントだと言っても、私が女性だからでしょうか。頑ななまでに、否定され、全く信じてはもらえませんでした。
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それからは、恭子先輩とは、勤務時間帯もさることながら、出社時や退社時も、できるだけ会わなくて済むように苦慮しました。
いやー、それはそれは、大変でした。
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胸糞悪いのは、恭子先輩、あの日のことがまるでなかったかのように、私と会っても、軽く挨拶を交わすだけで、淡々と穏やかに過ごしていることでした。
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上司からも、なにか注意されたとは思うのですが。
それから、数日して、A子先輩から「恭子について話があるから。」と声をかけられた時は驚きました。
もちろん、警戒しましたよ。だって、A子先輩と恭子先輩は、同期入社だし、で、親友同士だと思っていましたから。
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総務課のU村A子先輩は、体育会系で恭子先輩と似たような体格をしていたし、時々、飲みにいったりしていたから、てっきり仲がいいのかな。もしかしたら、この2人・・・恋人同士かも。なんて、ゲスの勘ぐりをしていました。
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「あなた、体格いいけど。恭子から、誘われなかった?」
私は、あの日の出来事をA子先輩に包み隠さず、話しました。
「わかったわ。とにかく、彼女からは離れて。」
A子先輩も、私のように怖くて気持ち悪い体験していたんだな。と思いました。
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ですから、A子先輩に、居酒屋に誘われた時、頑強に断ったんですが、
中途採用の新人職員になりすました女性刑事さんが、潜入するから大丈夫だから。
出来れば、捜査に協力してほしいと言われた時には、もう、目眩と頭痛がして、近くにあったソファに倒れ込んでしまいました。
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A子先輩には、私一人では不安だろうから、仲の良い同僚を同伴してもいいと言われ、そこで、短大時代からの友人だったS恵に声をかけました。S恵は、私と違って小柄で華奢な体つきをしていて、どちらかといえば、地味で目立たない子です。
ただ、実家が神社だそうで、身のこなしが巫女さんなんですよね。今でも、ちょっとした修行をしているらしいのです。
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以前、一緒に退社する時、たまたま目の前を恭子先輩が通りかかったんですが、S恵は、「あの人から厭なオーラが出てる。関わらないほうがいい。」「なんで?」「何体も霊が憑いてる。」「あの人、人間じゃない。既に妖怪化している。」とまで言い出したので、もともとオカルトや宗教を信じていない私は、「そんな馬鹿な。」と一蹴したことがあって。
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その日は、特別でしたね。なぜなら、普段から、S恵とは、ごく普通の会話しかしていませんから。
そんなS恵の摩訶不思議な力「霊感」が、何かの役に立つかもしれないと、ダメ元で誘ってみたら、「いいよ。でも、付き添うだけね。その刑事さんの言ったとおりにするだけでいいなら。」と快諾してくれました。
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今思えば、A子先輩も、私ほどではなくても、怖い体験していたのかもしれません。
地方の出身で、郊外のアパートに住んでいたらしいですし。
当日、居酒屋では、もう最初から、A子先輩も私達も、ガクブルでした。S恵は、軽い挨拶を交わした段階で、小さく、「うっ。」と言って口を押さえていましたね。
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何が見えていたのかわかりませんが、私も、終始、うつむき加減で、できるだけ見ないように会話をしないようにしていました。
さすが、T山N美さんは、若いのに刑事さんだけあって、堂々たる優秀な新入社員を演じていました。
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A子先輩は、この計画が、女性刑事さんのシナリオ通りに行くかどうか、逮捕に至るかどうか、とにかく、責任重大だと思ったんでしょうね。
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演技じゃなく、早々に酔いつぶれてしまいましたし。当初の打ち合わせ通り、2万円投げるように置いていなくなってしまいましたから。
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多分、ショックで酔いが回っちゃったんだと思います。普段は、お酒に強い人らしいですけど。
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私とS恵は、逆に、全く酔えませんでした。
A子先輩が席を立ってすぐに刑事さんが、後を追うようにして店を出たでしょう。
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恭子先輩と私達2人が店に残された時は、もう、パニックでした。当初、女性刑事さんから「10分過ぎたら店を出て逃げて。」の言葉通り、挨拶もそこそこに、全速力で走って駅まで逃げました。
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帰宅してからは、どっと疲れが出て、朝まで爆睡でした。
S恵は、逆に、一睡もできなかったそうです。
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翌日、血相を変えた母が、「早く、早く、ニュースを見て。」寝ている私を叩き起こしたんです。映像を見て、絶句しましたよ。
驚いたのなんのって。
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え!
まさか、恭子先輩が、全国民を震撼させた「連続首なし死体遺棄事件」の犯人だったなんて。
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さすがのS恵も、「そこまでは読めなかった、修行が足りない。私には手に負えない案件。こんなの霊視出来っこない。」みたいなことを言ってました。A子先輩は、真相を知っていたんでしょうか。だとしたら、あの夜の居酒屋での酩酊ぶりも理解できます。
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「連続首なし死体遺棄事件」は、全国各地で起きている猟奇事件でした。
恭子先輩、いえ、犯人は、都内に住んでいたにもかかわらず、わざわざ、地方まで「人殺し」をしに出かけていたんでしょうか?何を求めていたのでしょう。
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首なし死体は、あるのに、肝心の「首から上」は、全く見当たらないなんて、おかしくないですか?奇妙奇天烈な話ですよね。
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後の報道で、恭子先輩になりすましていた別人について、詳しいプロフィールが紹介されていましたが、人権にも関わる他、あまりにもデリケートすぎて。正直、触れたくありません。
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本物の恭子先輩は、今、どこにいて、何をしているのでしょう。
既に、この世にいないとしたら、首なし死体の中に、それらしき遺体はないのでしょうか。
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それから、数日を経て、S恵と私は、会社を辞めました。
A子先輩とも、あの日以来、お会いしていません。
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過日、あの優秀な後輩を装い、猟奇的な殺人者を逮捕に追い込んだ女性刑事さんにも、お礼を言いたいのですが、なぜか、お会いできません。
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S恵の話では、恭子先輩よりも、ずっとずっと凄い奴が、T山N美と名乗る女性刑事に憑いていたというのです。
そもそも、T山N美は、偽名で別人だと言うのです。
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渡された名刺も、偽造だと。
別人だらけの逮捕劇だったのだと。
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恭子先輩になりすましていた別人は、刑務所か拘置所のような場所に収監されているのだと。証拠は揃っており、更に、余罪も数限りなくあるにもかかわらず、裁判でも、「そんなことしらない。私はやってない。冤罪だ。」の一点張りなんだそうです。
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そんな我が子の姿を目の当たりにして、恭子先輩(犯人=正確には、容疑者)の母親は面会に訪れるたびに、泣き崩れて帰っていくと聞きました。
「あの子は、何処にいったの
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毎晩午前2時
カチ パタン
という音が数回聞こえ、看守ではない誰かが、恭子先輩(犯人=容疑者)のいる独房の小さな覗き窓から覗いていくらしいのです。
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カチ パタン
その音が聞こえると同時に、犯人の部屋から、「怖い、怖い、怖い。早く、ここから出して。」「首から上が見えない。ない。」「顔だけでも見せて。」「お・ね・が・い」と、すすり泣く男女数人の声があたりに響き渡り、他の囚人たちや看守たちをも震え上がらせていると聞きました。
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たしか、独房に入っているはずなのに、おかしいじゃないですか。
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私は、今、自分のアイデンティティーを取り戻すために、実家に戻り、静かな日々を送っています。でも、なぜか決まって、深夜2時に目が冷めてしまうんです。
「私、どうかしちゃったのかな。」
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作者あんみつ姫