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「あいうえお怪談」「か行・く」
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第20話 「傀儡(くぐつ)を生きる」ーある猟奇犯罪者の証言よりー
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<O井恭子の証言>
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物心ついた頃から、居心地の悪さを感じながら過ごしてきました。
「自分は、自分だけは、違う。」
そう思って生きてきました。
どこがどう違うかと問われても、うまく答えることが出来ません。
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全存在丸ごと違っていると言っても過言ではないからです。
この世に生まれ落ちた直後、とりあげた助産師が、
「傀儡(くぐつ)が生まれてしまった。」
と叫び、ワナワナと身を震わせ腰を抜かしたと聞きました。
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突き出た口は、耳まで裂け、眼は、曇天のごとく濁った灰色をしていたそうです。
托卵するカッコウの雛そっくりの容姿だったと。
更に、鼻は削がれ、軟骨が柔らかい皮膚を突き破り、その痛みからか、「ぐぇぐぇぐぇ」と汚い鳴き声を上げては、口から何かを吐き出していたとのことでした。
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「今のあなたからは、想像もできない?」
皆さん、そうおっしゃってくださるのですが、別段、嬉しくもないですね。
むしろ、不愉快です。
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その当時は、もはや、人間の赤ん坊ではない、奇形児、漫画に出てくる奇行種ってやつ。アハハ。
「すみません。ここは、笑う箇所じゃないですよね。」
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背丈は、通常産まれてくる赤ん坊の2倍以上。それに比べ、体重は、1000グラムしかなく、股間には、小さな男性器と女性器がふたつ、寄り添うように付いていたというのですからね。
両性具有とも少し違うみたいです。医学的な知識はわかりませんけど。
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「親の因果が子に報いたのか、「傀儡(くぐつ)」なのか、幼稚園や保育園ではなく、山奥の薄暗い山寺に連れて行かれ、そこで3年と数ヶ月過ごしました。白装束を着せられ、朝昼夕と麦と玄米を炊き、山菜や大豆の煮物。粗末な食事と湧き水を飲食しながら、川の水で身体を洗い清め、読経と坐禅。それでも苦だとは思いませんでした。
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ある夜、暗闇の中から、私の名を呼ぶ声が聞こえてきました。その声に導かれるまま歩いていった先には、身の丈2メートルもあろうかと思われる大きな人影が立って、こちらに向かって手招きをしていました。誘われるまま、フラフラと歩き始めたその時、怒号が響き渡りました。
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「行ってはいけない。傀儡(くぐつ)にされてしまうぞ。」
ハッとして、我に返り、振り向くと、後方に、暗闇の中、憤怒の形相で仁王立ちしている住職が見えました。
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住職は数珠を手に、念仏を唱え始めました。大きな影は、巨大な蜥蜴(とかげ)に変化し、虚空に飛び上がると、住職の右肩に食らいつき、鋭い爪を突き立てました。住職の叫び声と同時に鮮血が飛び散り、大蜥蜴(とかげ)は、留めをを刺そうと倒れた住職の上に馬乗りになりました。
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「まずい。このままでは殺られる。えぇぃ。」
無我夢中で念仏を唱えながら、背後から大蜥蜴(とかげ)に拳を突き立てました。
不意打ちをくらい、慌てて反り返った大蜥蜴(とかげ)の姿が、みるみるうちに小さく萎んでいくではありませんか。
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大蜥蜴(とかげ)は、やがて、手のひらほどの大きさになり、首を左右に振りながら、悶え苦しみだしました。
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ぐにゃり
と空間が歪み、身体が炎に包まれ、燃えるように熱くなると、自分の意志とは真逆の声が、頭上から聞こえてきました。
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「首を引きちぎれ。そして喰らえ。久しぶりのご馳走だ。うめぇぞぉ。」
「おぅ。言われずともそうするわ。」
え?何を話しているのだ。自分であって自分でない自分は、小さなカナヘビの首をちぎり取り、口に放り込んだのです。
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ぎゃぁぁぁぁぁっぁ
大蜥蜴(とかげ)から、カナヘビの大きさに変わっていた化け物が発した断末魔の叫び声で、周囲は激しく振動していました。
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口の中が、ジャリジャリと音を立て、硬いウロコ状の物が、歯に絡まり、生あたたかい臓物の臭いが漂い出しました。
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「うぅぅぅぅ。」
はるか下方から、住職の絞り出すような声が聞こえて来ました。
ふと、我に返りました。
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「あぁ、住職。すみません。わたしのために。こ、こんなことになってしまって。」
そう呟き、泣きながら住職に駆け寄ろうとして、初めて気づきました。
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瀕死の重傷を負っているはずの、住職の姿が視えない。
そう、眼が、眼が、視えないのです。
死闘を繰り広げた姿が視えない。
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住職は、私の足元に居て、荒い息を吐いていました。
住職の声は、はるか下方から聞こえてきます。
そして、号泣しながら、こう言ったのです。
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「すまん。お前を助けてやれなかった。お前はもう。もう。俺の手には負えない存在になってしまった。」
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そうです。
この日から、私は、稀代の化け物になってしまったらしいのです。
住職を守ろうとして、無我夢中で大蜥蜴(とかげ)に拳を突き出したその瞬間、大蜥蜴、つまり、こいつが「傀儡(くぐつ)」を操る化け物だったらしいのですが、私は、そいつを、気がついたら喰らってしまったんです。
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法廷内が、失笑と罵声で溢れかえっていますね。
アニメじゃないですよ。現実ですよ。皆さん。
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その代償として、私は、視力を失いました。
眼が見えなくなった代わりに、大柄で屈強な体躯と、両性の機能が敏感な感性と霊力、両性具有、どちらの性にも変化出来るようになりました。
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ただ、そのために、人を喰らわなければ生きていけなくなってしまいました。
それも、なぜか「首から上」しか受け付けなくなってしまいました。
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泣きたいです。
悲しいです。
私が悪いんじゃない。
私の中にいる「傀儡(くぐつ)」が悪いんです。
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私は、何もしていません。
誰も殺していません。
私自身は、私の本質は、虫一匹すら殺したくないんです。
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私は、私は、傀儡(くぐつ)を生きているだけなんです。そうしないと、死んでしまうから。生きていけないから。
<◯井恭子>自身は、無罪です。
ねぇ、弁護士さんそうでしょう?
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なのに、なのに。夜な夜な私を責めに来る奴らがいるんです。殺したのは、私じゃない。私の中の「傀儡(くぐつ)」です。
あの日、私から「傀儡(くぐつ)」を奪った女こそ、真の殺人者です。あの女性刑事ですよ。
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新入社員になりすまして、私を騙し、「傀儡(くぐつ)」を殺した女。T山N美ですよ。あの女こそ、化け物です。あいつを殺してください。
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裁判官は、半ば呆れた表情で、
「あなたの会社の後輩や、同僚、先輩、上司いろいろな方に話を伺ったのですが。あなたは、供述の冒頭、ご自分で話されていたように、全存在丸ごと違うんでしょう。姿形、特異な機能を持つ肉体以前に。もはや、あなた自身が・・・。」
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私は、耳を塞ぎ、叫び続けた。
「ー◯井恭子は、一度ならず、二度も死にました。殺されました。そして、これからも、ずっと殺され続けなければなりません。あなた方に。」
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「死ぬまで傀儡(くぐつ)を生きるんだ。生きなきゃならないんだよぉぉぉぉぉ。」
作者あんみつ姫
三部作となりました。
いかがだったでしょうか。
前作
https://kowabana.jp/stories/37978、
前々作
https://kowabana.jp/stories/37831
同様、お楽しみいただけましたら幸に存じます。
あぁ、時代が変わり、やっと、こういう話が書けるようになりましたが、それでも、デリケートすぎて辛いです。ホラーだから頑張って書けました。書いてみました。忌憚ない感想ご意見お待ちしております。