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長編15
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廃病院

「何だかつまらないな。」

松本達也、山室保、そして沢口裕子の大学生三人は、保の運転する車で郊外のファミリーレストランに出かけ、夕食後のコーヒーを飲みながらぼっとしていた。

「何かこうハラハラドキドキするようなことがないかしら。」

裕子の言葉に達也がにやっと笑って反応した。

「そう言えばこの前、俺の友達が奥多摩にある廃病院へ肝試しに行ったんだけど、あまりに怖くて中へ入る事も出来ずに帰ってきたんだって。どうだ、今から行ってみないか?」

「え~っ、いわゆる心霊スポットだろ?そんなところへ行くと取り憑かれるかもよ。」

達也の提案に保は顔をしかめ、直接嫌だとは言わずに反論を試みた。

「何だよ、保は怖いのか?この世に幽霊なんかいねえよ。取り憑かれる事なんかないから行こうぜ。」

「何だか面白そうね。このまま帰るのもつまらないし、行くだけ行ってみましょうよ。」

裕子が賛成に回り、保もしぶしぶ同意せざるを得なくなった。

早速達也はスマホを取り出し、その病院の話を聞いた友人の所へ電話を掛けて、その病院の場所を確認した。

―マジか?悪いことは言わない、あそこへは行かない方がいい。マジにヤバいぜ。

電話の向こうで友人は、場所を教えることを渋っているようだ。

「いいから、四の五の言わずに教えろよ。」

結局、達也の友人は根負けし、何が起こっても俺のせいじゃないからなと前置きして、その病院の場所を教えてくれた。

「保、お前の車に懐中電灯は載っているか?」

「ああ、確かふたつあるはずだ。」

「よし、それじゃ行くか。」

三人は車に乗り込むと、ナビに行く先をセットしてファミリーレストランの駐車場を出発した。

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***********

三十分も走ると車は市街地を抜け、外の風景は真っ暗な畑の中に民家の灯りが点在する田舎の風景に変わっている。

「こうなると分かっていたら、パンツとスニーカーにしたのにな。」

裕子はミニスカートにヒールが高めのサンダル姿だ。

「別に山へ登るわけじゃなくて、廃墟とはいえ病院の中へ入るだけだから、大丈夫だろ。」

「そうね。ミニスカートだったら、男の幽霊は喜んで出てくるかもね。」

「俺は色っぽいナースの幽霊がいいな。」

達也と裕子が軽口を叩き合うのを聞きながら、保は渋い顔で前方を見つめて運転していた。

「お、あれだな。」

達也がナビの画面と見比べながら前方を指差した。

暗闇の中に、二階建てと思しきの黒いビルのシルエットが浮かび上がっている。

保が速度を落としてその建物へとゆっくりと近づいて行くと、工事用の壁が敷地の外周をぐるりと囲んでいた。

その壁に沿って進んで行くと、車両用の出入り口が設けられているのを見つけた。

物々しい外壁、かつ深夜だというのにゲートは開け放たれている。

「よし、中へ入ろうぜ。」

ゆっくりと中へ車を乗り入れると、雑草の生い茂った玄関前のロータリーに車を停めた。

時計を見ると午前一時を過ぎたところ。

外回りに工事用の外壁が設けられている割には、取り壊しなどの作業をしている様子が全くない。

三人が車を降りて見ると、玄関のドアガラスは割れており建屋への侵入は難しくなさそうだ。

「ごめん、俺はここで待っているよ。達也に何と言われようとここはダメだ。入れない。」

保は一旦玄関の前まで進んだが、顔をしかめて立ち止まると、手に持った懐中電灯を裕子に渡して車へ戻ってしまった。

「ちぇっ、なんだよ、ここまで来て。しょうがねえなあ、じゃあ、裕子、ふたりで行こう。」

達也と裕子は少し不満そうな表情を浮かべたが、そのままガラスの割れた玄関ドアを潜って建物の中へ入って行った。

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*************

〇達也と裕子

「思ったより荒れてないわね。」

玄関から中へ入ると、椅子も何もないガランとした受付ロビーが広がっていた。

「じゃあ、順に中を見ていこうか。」

一階を奥へ進むと、診察室、検査室、レントゲン室などの案内プレートがドアの上部に表示されたままで、何処が何の部屋かすぐに分かる。

ふたりは順に各部屋の中を覗きながら奥へと進んで行った。

こつこつこつ

静まり返った病院の廊下を歩く裕子のサンダルの音が妙に響いて聞こえる。

殆どの部屋が片付けられ何もないただの空き部屋だったが、検査室を覗くと壁際に簡易ベッドがひとつ置いてあった。

「お、これはいいや。裕子、俺が検査してあげるからここに横になってよ。」

達也が懐中電灯でベッドを照らしながら裕子に向かって笑った。

保が車で待っていると言った時に、達也があっさりと了承したのは裕子とふたりきりになれるという下心があったからかもしれない。

「馬鹿じゃないの?何でこんな深夜の心霊スポットでお医者さんごっこなんかするのよ。早く先に行きましょ。」

裕子は半分真剣に怒って達也を睨んだ。

そのまま先へ進んで行くと、廊下を遮るように観音開きの大扉が半開きの状態で目の前に現れた。

この先は救急患者用で、普段は外来の人達から見えないように大扉で仕切られているのだろう。

扉を通り抜けると、広めの廊下に集中治療室、手術室などが並び、突き当り正面が緊急処置室になっている。

「きっとこの辺りの部屋で死んじゃった人がいっぱいいるんでしょうね。」

裕子が達也の背後に隠れるようにしながら呟いた。

そういう意味で、心霊スポット探検としてはこのエリアが本丸と言っていいかも知れない。

ふたりはまず手前にある集中治療室のドアを開けた。

中に入って見たが壊れかけた椅子が積んであるだけで他には何もない。

「何もないな。」

達也が呟いた途端、背後で入ってきたドアがいきなりバタンと大きな音を立てて閉まった。

驚いた達也が慌ててドアに駆け寄り、ドアノブを捻るとドアは何事もなかったようにすんなりと開いた。

「あ~びっくりした。きっと風で閉まったんだな。」

しかしこの建物の中でドアがいきなり閉じるような風など吹いていないのはふたりとも判っていたが、そう思わないと怖すぎる。

そのまま集中治療室を出ると、ふたりは向かい側の手術室へと入ってみた。

懐中電灯の光に照らし出された部屋の天井には電球が幾つもついている手術用の照明が半分壊れかけてぶら下がっており、その真下には何故か患者を運ぶストレッチャーが一台置いてあった。

それ以外には空っぽのスチール棚がひとつ置いてあるだけ。

「それじゃあ裕子、これから手術するからこの上に横になって。」

「また言ってる。嫌よ、こんな誰が乗ったか分からないものの上に乗るのはごめんだわ。このスケベ。」

裕子がそう言ってストレッチャーに手を掛けようとした瞬間、まるで触れられるのを拒む様にストレッチャーがいきなり動き出し、向こう側の壁にガシャンと音を立ててぶつかった。

「おいおい、嫌だからってそんなに乱暴にしなくたって。」

声も出せずに驚いている裕子に向かって達也がそう言うと、裕子は引きつった顔で慌てて手を振った。

「私じゃないのよ。触ろうとしたら勝手に動き出したのよ。」

ふたりはそのまま黙ってストレッチャーを見つめたが、懐中電灯の光で鈍く光るストレッチャーはそれ以上動く様子はない。

「床が傾いているのかな。次に行こう。」

達也は優子の背中を押すようにして部屋を出た。

「ねえ、もう車に戻りましょうよ。さっきのドアといい、今のストレッチャーといい、なんかヤバいよ。」

裕子は不安そうにそう訴えたが、達也はそれを笑い飛ばした。

「何言ってんだよ。折角来たんだからじっくり探検しようぜ。」

基本的に霊の存在を信じていない達也は、怖がる裕子の手を掴んで一番奥にある緊急処置室と表示された部屋へと入った。

部屋の名前からして、ここは救急車などで運ばれてきた急患を一時的に処置する場所だったのだろう。

そこはこれまでの部屋と異なり、部屋の中に什器や棚、ベッドなどが積み上げられていた。

「ここが物置になってるんだ。」

達也がそう呟くと、裕子が口に人差し指を当てて見せた。

「しっ…ねえ誰かの声が聞こえない?」

達也も黙って聞き耳を立てた。

確かに聞こえる。

女性の声で、何かぼそぼそと話しているのだが、声が小さく何を言っているのか分からない。

しかしその声は徐々にこちらへ近づいてきているのか、少しづつ大きくなり、やがて何を言っているのか聞き取れるようになってきた。

(…くない…まだ死にたくない)

声はするがその姿は見えない。

(子供達が…早く帰らなきゃ…まだ死にたくないの…)

達也と裕子は近づいてくるその声に、頭の中では逃げなければと思いながら固まっていたが、突然声とは別の方からガタンと何かが落ちるような大きな音がした。

「きゃ~っ!」

その音が合図であったかのように、裕子が悲鳴を上げて達也の腕を掴み、部屋を飛び出した。

「もうダメ、早く帰ろ!」

そのまま廊下を走り大扉の前まで来て、ふたりは唖然として立ち止まった。

「え、嘘、閉まってる?」

先程は半開きになっていた大扉がぴったりと閉じられているではないか。

立て続けに起こる不可解な出来事に、裕子は泣きそうな表情で達也を睨んだ。

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**************

◇保

保には小さい頃から霊感のようなものがあり、様々な場所で異様な雰囲気を感じ取ることがあった。

しかしここは、それらのどの場所よりも強くそれを感じていた。

「ちぇっ、ゲームでもやってるか。」

ふたりが病院の中へ消えると、保は車に寄り掛かってスマホを取り出した。

しかし驚いたことにスマホは圏外になっている。

ここがいくら田舎とはいえ、それほど山の中ではない。しかも元々は人が集まる病院の敷地内だ。

携帯が基地局の影になっているのかと、周辺を動き回ってみたが、状況は変わらない。

ひょっとしたらと思い、保は小走りにロータリーの反対側へ回ると病院の敷地を出てみた。

通じた。

しかもバリ4の電波の強さ。

そしてあの異様な感覚も消えている。

何故かは分からないが、この病院の敷地内だけが異常な空気に覆われ、通話不能なのだ。

病院の中に入ったふたりとは連絡が取れないということになる。

こうなるとふたりが出てくるのを黙って待つしかない。

保は再び襲ってくる異様な気配に耐えて車に戻り運転席に座ると、スマホにダウンロードしていたパズルゲームを始めた。

時々スマホから顔を上げ、ふたりが戻ってこないかと玄関に視線を投げていたが、何度目かに顔を上げた時だった。

暗い玄関の中で何かが動いたような気がした。

「?」

時計を見ると午前二時。ふたりが建物に入ってから既に一時間近く経っている。

(ナースか?ここから見えるなんて。相当にやばい建物だな。早く戻ってこないかな。)

運転席から不安な気持ちで玄関を見つめていた保はふっと横に気配を感じ、助手席を振り返った。

「!!」

助手席には膝丈で浴衣のように前合わせになっているピンク色の検査着を着た三十歳前後の女性が座っていた。

「だ、誰?」

保は後ずさりしてドアに身を寄せるとその女に向かって問い掛けた。

女は、保の問いに答えず、ゆっくりと保の方へにじり寄ってくる。

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***********

〇達也と裕子

「開かないわよ。この大扉。どうするのよ。」

達也と裕子が押しても引いてもピタリと閉まった大扉はびくともしない。

大扉についている小さなドアにはしっかりと鍵が掛かっていて、こちらも開かない。

ふたりは諦めて大扉に背中をつけてその場に座り込んだ。

「そうだ、保に助けて貰いましょうよ。」

裕子はスマホを取り出して電話を掛けようとしたが、圏外になっていた。

「携帯が使えないわ。どうしよう。」

裕子の怯えた表情を見て達也は立ち上がった。

「どこかの部屋の窓から外へ出よう。」

裕子の手を引いて立たせると、手術室のドアを開けた。

先程のストレッチャーがいつの間にか部屋の中央へ戻っていた。

しかしそんなことはどうでもいい。

ふたりは懐中電灯で部屋の窓を探したが、無菌が条件である手術室には、明り取り用の嵌め殺しの窓が三か所あるだけで開閉可能な窓は無い。

ふたりは廊下へ戻り、集中治療室のドアを開けようとしたが、何故かドアは鍵が掛かっているようで全く開かない。

残るは、あの声がした緊急処置室であり、位置からして救急車が直接アクセスできる出入り口があるかもしれない。

しかしあの部屋の奥へと足を踏み入れるのは、いくらなんでも怖すぎる。

「この部屋は嫌よ!絶対入れない。」

裕子はその場にしゃがみ込んでしまった。

達也は他に逃げ道がないかと、もう一度懐中電灯で辺りを照らしてみた。

手術室の隣には、移動式ベッドやストレッチャーが入る大型のエレベーターがあるが、それは当然動かない。

ひょっとしたらと、廊下を挟んだエレベーターの反対側の壁を確認してみる。

「あった!」

壁と同色のスチール製の扉であるために暗闇の中では気づかなかったが、扉の上には消えているグリーンの非常階段のマークがあった。

祈るような気持ちで、そのスチールのドアについている丸い取っ手を掴んだ。

幸い鍵は掛かっておらず、ドアは多少渋りながらもなんとか開いた。

「よし、開いたぞ。裕子、行こう。」

ふたりがドアをくぐり真っ暗な空間を懐中電灯で照らすと、正面に階段があった。

右側に下りの階段、左側は上り。

「この状況で病院の地下に降りる奴はいないよな。」

達也がそう言いながら下りの階段の先を懐中電灯で照らした。

「うわ~っ!」「ぎゃ~っ!」

達也の懐中電灯に照らされた階段の下には、老若男女何人もの青白い人影が蠢いていた。

驚いたふたりは先を争うようにして階段を駆け上がると、扉を開けて二階のフロアへと飛び出した。

「本当に幽霊っているんだな。」

達也はやっとその存在を認める気になったようだ。

二階は入院患者用の病室のようであり、長い廊下の両脇に一定間隔でドアが並んでいる。

そして懐中電灯の光がやっと届くその一番奥には、ナースステーションらしきカウンターを供えたスペースが見えている。

「裕子、玄関からロビーに入ったところで、上から降りてくる階段があっただろう。憶えているか?」

「ええ、最初はそこを上がるのかと思っていたもの。」

「一般的に入院患者の病室へ出入りする階段やエレベーターは、ナースステーションのすぐ近くにあるんだ。」

「なるほどね。じゃあ、早く行きましょ!」

もう途中にある病室などを覗く余裕などない。

ふたりは手をつなぎ、暗い廊下を小走りでナースステーションへと向かった。

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***********

◇保

無言のまま笑みを浮かべて、運転席の保へとにじり寄ってくる検査着姿の女の幽霊。

保は更に後ろへ下がろうとしたが背中は既にドアに貼りついており、これ以上は下がれない。

すると女はいきなり検査着の前をはだけて胸を露出させてきたではないか。

そして自分の乳房を両手で下から支えるように掴み、保に見せつけるように胸を突き出した。

(きれいなおっぱいでしょ。私の自慢だったの。)

女の口は動いていない。保の頭の中に直接響いてくる。

(でも乳癌でこのおっぱいを切り取らなきゃいけないの、信じられないでしょ?この綺麗なおっぱいの中は癌だらけなの。)

女はそう言いながら乳房を保の顔に押し付けてきた。

それは柔らかく、ひんやりと冷たい。

(でも切りたくないってぐずぐずしてたら、あっという間に癌がいろんなところに転移しちゃって…それでもうおしまい。)

保は少しでも女から逃げようと体を捻ったところで、手がドアのレバーに触れた。

咄嗟にレバーを引くと、ドアに寄り掛かっていた為にいきなりドアが全開して保は背中から転がり落ちた。

背中と後頭部を路面に強く打ったが、その痛みどころではない。

すぐに立ち上がると車の傍から飛び退いた。

車を見ると女がにやにやしながら車から降りてこようとしている。

慌てて逃げ出そうとした保の頭を先程の携帯電話の件がかすめた。

―この病院の敷地から出れば…

背中の痛みをこらえて全力で駆け出し、ロータリーを越えてゲートまで走った。

あと少しで敷地から出るというところで振り返ると、なんと目と鼻の先に女の顔があった。

「うわっ!」

保はそのまま体を前に投げ出すと、まるでラグビーのトライのように地面を転がりながら病院の敷地を飛び出した。

病院前の路上に転がった保はすぐに体を起こして周りを見回したが女の姿は何処にもない。

病院の方を見ても今駆け抜けてきたロータリーとその向こうに自分の車が見えるだけだ。

―助かった。

保は大きくため息を吐くとその場に座り込んだ。

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************

〇達也と裕子

達也と裕子は小走りで暗い廊下の先にあるナースステーションへ向かった。

「きゃっ!」

もう少しでナースステーションというところで、足がもつれたのか、いきなり裕子が転倒した。

「だ、大丈夫か?」

慌てて立ち止まった達也が裕子の所へ駆け寄ると、裕子は何故か足をばたつかせてもがいている。

どうしたのかと裕子の足へ懐中電灯を向けると、裕子の片方の足首を青白い手がしっかりと握っているではないか。

手は肘から先だけで体は見えない。

「畜生!何しやがる!」

恐怖よりも裕子を助けなければという正義感が勝ったのだろう、達也はその手首を掴んで裕子の足首から引き剥がした。

「裕子!逃げるぞ!」

達也は裕子の腕を掴んで立たせると、再びナースステーションの方へ駆けだした。

後ろを振り返ると、達也が引き剥がした腕が芋虫のように這ってきており、さらに横の病室から更に数本の青白い腕、そして何体かの幽霊がゆっくりと出てきているではないか。

ふたりは夢中でダッシュした。

「あった、階段だ!」

ナースステーションのすぐ脇にロビーへと降りる階段が見えた。

躊躇うことなく一階へと階段を掛け降りる。

しかし階段の途中で達也がいきなり立ち止まった。

達也の後ろを走っていた裕子はそのまま達也にぶつかって尻もちをついた。

「な、何?いきなりどうしたのよ!」

達也の視線の先、階段の降り口にはひとりの女が立ち塞がっていた。

その女は全裸の上に検査着を羽織っただけの姿であり、達也と裕子は知らなかったが、それは保に襲い掛かったあの乳癌の女だ。

階段の下から恐ろしい顔でふたりを見上げている。

思わず引き返そうとしたが、何と階段の上には既に腕や幽霊達が迫っていた。

「いや~っ、助けて!」

裕子が悲鳴を上げた途端だった。

「何やってんだ!コノヤロー!」

突然罵声が飛んできたかと思うと、女の横から黒い影が飛び込んできて女を蹴り飛ばした。

「達也、裕子、逃げるぞ!」

黒い影は保だった。

ふたりのことが心配になって玄関から中を覗くと、階段で立ち往生しているふたりが見えたのだ。

暗闇の中で灯りを持っていない保に達也と裕子は全く気付かなかった。

床に転がった女を横目で見ながら、ふたりは夢中で階段を掛け降り、保と共に玄関を飛び出した。

そして保は車へと駆け寄ろうとする達也と裕子に向かって叫んだ。

「車はダメだ、とにかくこの病院の敷地を出るぞ!」

玄関を振り返るとドアのところまで女を先頭に幽霊達が迫ってきている。

三人はそのまま走り抜けると、転がるようにしてゲートから病院の敷地を飛び出した。

「ここまでくれば大丈夫なの?」

裕子が玄関の方を振り返りながら保に聞いた。

「多分大丈夫だ。さっきもそうだった。」

見ると幽霊達は車の周りをうろついており、こちらに向かってくる様子はない。

「みんな無事で良かった。」

しかし取り敢えず逃げ出したものの、車が無ければ帰れる場所ではない。

時計を見ると午前三時過ぎ。あと数時間で夜明けだ。

三人はゲートから少し離れ工事用の壁で幽霊達が見えない位置まで移動し、そこで背中合わせで体育座りするとじっと朝が来るのを待った。

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**********

やがて夜が明け、周囲が明るくなってきた。

それでも逢魔ヶ時と呼ばれる夜明けの時間をやり過ごし、太陽が顔を出したところで保が立ち上がった。

「もう大丈夫かな。ちょっと様子を見てくる。」

明るくなってもやはりまだ怖いのか、恐る恐るゲートへと近づいて行った保はゲートの前で立ち尽くした。

「な、何で?どうなってんだ?」

その様子を見て保の傍へ駆け寄った達也と裕子もゲートの中を見て固まった。

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三人の目の前に病院は無かった。

正確には、基礎部分だけを残して建物は取り壊された後であり、保の車だけがぽつんと主が戻ってくるのを待っていた。

◇◇◇ FIN

Concrete
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