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アリス君リターン────秘密の写真館

長編9
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アリス君リターン────秘密の写真館

御久し振りです、有馬澄斗(ありま・すみと)です。

さて、今回は………と言うより、今回も不思議な話を披露する機会を設けて貰って有難う御座います。

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僕には姉と妹が居て、姉の名が「夏音(かのん)」、妹の名が「紗矢(さや)」と言って、妹は過去の一件以来すっかり強気に出なくなって、姉は程々に僕を着せ替えのモデルにしている。ガタイの良い姉さんが作るのは、或る程度鍛えてはいながら、細身の僕にピッタリ寸法の合ってしまう、言わば女装服だ。

「澄君(すみくん)澄君!秘密の写真館って言うのが有るの」

声を弾ませながら姉さんが言う。

「秘密の?」

「そうなの!それでホラっ♪澄君に着て貰う奴がこーれっ♪」

ゴシックロリータ………フリフリな布飾りである、フリルの付きまくった、いわゆるゴスロリの新作である。タイツや黒いテカテカな女児ないし人形に履かせる様な靴も、僕のサイズに合わせて設(しつら)えたらしい、徹底振りである。

「その写真館迄、着てけって?」

恐る恐る姉さんの顔とゴスロリ服とを見比べる。

「まさか!行ってから着て貰うから大丈夫よ」

「兄さんが着るなら私も着る!着て見たい!」

傍でゴロゴロしながらスマートフォンをいじっていた紗矢が、飛び起きて姉さんに飛び付く。

「あんたの分迄用意すんの?」

「裁ち鋏とプリンの件は、弁償したりもしたじゃん………」

裁ち鋏を通常のハサミと同じ様に紙を切るのに使ってしまい、雷どころか溶岩をぶち撒(ま)けられる様な恐怖を味わってもいるから、姉さんに訊き返された紗矢は、随分しおらしい。

「────じゃあ、寸法計るから大人しくする事、良い?」

「良いの?」

「動きにくいかもだけど良い?」

「えっ………御免、やめた」

「ほらあ」と声には出さずに、口許に笑みを浮かべつつ困った顔で首を振ると言う、明るめな内容の洋画やホームコメディで良い意味で余裕の有る御姉さん役がやる様なリアクションを姉さんは取り、紗矢も紗矢で、僕が姉さんの仕立てた服に袖を通すのが寸法を測る所から始まると言う、或る意味体力勝負だと分かった様だ。

過去にもゴスロリファッションを着させられたけど、御人形さんの感じで、女装させられる際のスカートのスースー具合とは又違って、僕の場合は結構動きにくい。

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雰囲気作りと称して、リサイクルショップで購入した年代物とおぼしきトランクを用意した姉さんは、僕に着せるゴスロリ服を詰めて、何故か付いて来た紗矢も邪険にせず、僕と一緒に秘密の写真館とやらへ足を運ぶ。

「────写真館って言うのか………ねェ」

僕や姉さんは勿論だが、紗矢が見上げて固まる。

大時計の見下ろす、骨董屋やアンティークショップどころかいわゆる古時計屋である。中を見ると大量の時計が振り子を動かしている。一つだけ言える事は、明らかに写真館の趣(おもむき)では無い。

「行きますかっ」

「おおっ、漢(オトコ)らしいぞ澄君」

姉さんからトランクを渡して貰いながら、バンバンと軽く握り拳を作ってドア硝子に軽く打ち付ける。

バォーン………

「!!」

鈍い音が中から響いた。置かれている柱時計が時報の鐘を鳴らしたらしい。

キィっと扉を開けて、僕は先陣を切る格好で中に入る。

「御免下さい。予約完了のメールを受け取りました、有馬です」

そうなのだ。

姉さんが見付けた秘密の写真館とやらは、何故か要予約でメールが有難いとの紹介文だったので、送っておいたのである。

「申し訳有りません、御客様。いらっしゃいませ」

穏やかで落ち着き有る男性の声が奥から響いて、足音が近付いて来る。

「?!」

僕達は思わず面喰らう。

穏やかな声とは裏腹に、出迎えてくれたのは………

オーバーオールを着た、メイクの落ち掛けているピエロだった。

「ひゃっ!!………あ………う………」

思わず叫んで店の外に飛び出そうとした紗矢に対して、姉さんが彼女の口を掌(てのひら)で押さえ、ゆっくり落ち着かせる。

「あの、メイクが………」

「え?」

柱時計の隣に吊り下げられていた手鏡で自分の顔を確認したピエロは、無言で白目を剥いてズルリと足元から崩れ落ちてしまう。

「しまった!近くに椅子は有るっ?!」

「澄君!畳が有るからそこに!」

姉さんが、冬眠ならぬ夏眠(かみん)する火鉢の傍に、人一人寝られる位のスペースを見付けて、そこにピエロを横たえる。

「ジュース買って来るから、その人見てて!」

「うん!兄ちゃん分かった!」

飛び出そうとした筈の紗矢が異変に気付いたかすぐさまクルリと向き直り、姉さんと共に様子を見る意思表示をしてくれる。

僕は、ペットボトル飲料を買いに、コンビニに行こうとするも、ふと思い立ってドラッグストアを見付けて飛び込んだ。

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「ううー、うーん」

即席の冷却袋を、パキっと音を立てさせて作動させ、ゆっくり押し当てていると、低い呻き声と共にメイクの落ち掛けているピエロが目を覚ます。化粧の下は、良く見ると声に違(たが)わぬ穏やかそうな男性だった。

「大丈夫ですか」

紗矢が声を掛けてくれる。

「────ああ、御客様なのに、とんだ御迷惑を」

ゆっくりと横たえられた畳から起き上がって正座し、僕達に御辞儀をするピエロのおじさん、古時計屋の主人なのだと言う。

「メイクをしていましたら、ドンドン暑くなりましてな」

頭を掻きながら、ピエロの特徴とも言える頭頂部の剥げた横に、縮れた赤毛の置かれたカツラを置いて、主人が詫びる。ツンツンした直毛の黒髪と、これ又ピエロとは違う正体でもある。

「秋口と言われるのに、まだまだ暑いですから………」

火の無い火鉢の近くの文机(ふづくえ)に即席の冷却袋を置いて、僕に断りを入れて来た主人は、僕の買って来て渡したペットボトル飲料をぐうっと飲んだのを見て、僕と姉さん、紗矢も喉を潤した。

「有難う。予約されていた有馬様でしたな。失礼、こちらに」

一息ついた主人は奥の部屋に案内してくれる。

柱時計の沢山合った店先と異なる、アンティーク家具が行儀良く配置される場所で、正に昔の良家(りょうけ)の一室が再現されている様だった。

「この椅子に座ったりしての撮影をしております」

片方が立ち、片方が椅子に座る構図の、あの格式高い感じの記念写真が撮れる、正に秘密の写真館だと僕はハっとさせられる。

「では、御着替えが済みましたら、御撮りしますので」

メールでの予約だったので、主人は誰が写真のモデルになるか全く把握していない様子で、男女それぞれの更衣室を掌を開いた手で指し示す。

「実は………」

次は姉さんが話し始める。

「何と」

ピエロのメイクが薄くなって来て、目の周囲だけが十字の感じで書き込まれた特徴を残しているので、主人の目を丸くする光景がむしろゾワっとする在り様である。

ハっと我に返り、主人はすぐさま男子更衣室を案内してくれた。

僕は着替えられる所迄着替えて、フリルの付いた衣装のバランスは姉さんや紗矢が手伝ってくれて、あのアンティーク人形特有の、ちょっとした口紅迄塗られてしまう。

「宜しいですか」とピエロのメイクをし直した主人が現れるが、僕の姿の他、もう一人────姉さんはそのままだが、暫く姿の見えなかった紗矢が、女子更衣室から出て来たのを見て驚き、僕も驚く。そうか、あのトランクのギューギュー振りは、僕に着せる衣装だけでは無かったのか。

タキシードと言うか燕尾服の様なピシっとした格好で動きにくそうながら、照れ笑いを浮かべている。

「姉さん、ありがとね」

「良かった、あんたが気に入ってくれて」

「動きにくいかな」と本音を言ったら又、気不味(きまず)くなると思いつつ、着せて貰える服を用意して貰った姉さんへの御礼も又、紗矢の本音だなと言うのが口振りから分かる。

姉さんは撮ってくれる主人の側に居ながら、紗矢と僕が被写体になる。

「はい、御澄ましでー」

「笑顔もどうぞー」

構図としては、ピエロがフランス人形の女装と男装女子を撮ると言う余りにも不思議でありながら、フラッシュを焚きながら撮り上げて行く主人、紗矢や僕に見守る姉さんも真剣そのものである。

*********************

「御待たせして申し訳有りません、御茶が入りました」

最後の一枚と言うリクエストで、それのみ無料との事で主人がいわゆるティータイムのワンシーンをと、紅茶を淹れてくれる。

やはりガタイの良い姉さんに、女装しつつ口紅を落とした僕や、男装しつつ羽織っていた上スーツを脱いでワイシャツとスラックス姿の紗矢とピエロの主人が卓子(テーブル)を囲んで椅子に座る姿は、今思えばやはり不思議である。

主人の写るセルフシャッターが終わり、紅茶やクッキーを食べ終わった僕達が着替えや片付けの為に席を立とうとしたその時────

「うわ!あいつよくみたらアリスじゃん!アリスいるじゃん!撮った?マジスゲーヤベー」

「あれ、アイツの妹だろ!」

「ピエロいるわーピエロ、こえー」

「?!」

「!」

換気も兼ねて、古いエアコンの効きを良くする為に開けていた窓から、誰かが覗き見て盗撮したらしい。スマートフォン特有の、シャッター音がした。

口調からして関係が良いとは言えなかった、今は別進学先に居るだろう、元同級生の声だ。

「アイツ等っ!!」

穏やかに主人の片付けを手伝っていた姉さんが、青筋を立ててドスの利いた声に変わり、ゆっくりと店の出入口に近付いて行く。

「御待ち下さい御客様!」

時代劇だったりで、上の者に話を遮(さえぎ)られて狼狽する家臣の様な口調の主人と、制止を拒もうとする姉さんとの視線がぶつかる。

「口を割らせます!データが消されようが何しようが」

「────こちらに任せて下さい。御願い致します」

ピエロの姿の主人に頭を下げられては、姉さんも流石に頭が少しずつ冷えて来たと見えて、ゆっくりと深呼吸しつつ、

「────分かりました、撮影料だけでは足りないかもなので」

と紙幣を上乗せしようとする。今回の撮影の為に結構貯めたのだろうと言う金額である。

「おっと、それも結構で御座います。但し、経過報告をこちらから連絡させて貰いますので………あっ、予約されましたメールアドレスに」

「??」

御代を貰わぬ代わりに、経過報告をしてくれると言う下手をするとサービス過多な感じもするが、姉さんは主人の言葉に従って、提示されていた通常料金を支払うにとどまった。

********************

数日後、授業の合間の休憩時間に、友人である柄保地健康(えほち・たけやす)君や、添吉克盛(そえよし・かつもり)君が、スマートフォンを持って僕の所に来る。

「大変だぜ有馬ちゃん!」

「ニュースニュース!」

「え?」

芸能のゴシップニュースだと思った僕は、興味の無い顔をしてしまう。

「澄ちゃんの嫌いなゴシップじゃ無いんよ。盗撮と脅迫したって話で、模出(もで)高校の生徒が取っ捕まったってホラ!ネットニュースになっちゃってんの」

「別に嫌いって話じゃ………って、ええっ」

「ほれほれ」

画面をスゥっと動かしながら、添吉君が僕の読み易い様に自分のスマートフォンを操作してくれる。

『田沢県警小野沢署は、盗撮と脅迫の容疑で高校生男女数名を逮捕した。捜査に支障があるとして、彼らの認否を明らかにしていない。盗撮の現場を撮影して撮影していた当事者を脅迫したほか、施設に不法侵入し彼ら自身も盗撮していたとして、捜査を進めている。』

「何で模出高校って………」

僕が訊こうとすると、折り悪くチャイムが鳴ってしまい、話が御預けになる。

────姉さんからも後日、この手の話が聴けて、あの古時計屋の主人があの古めかしい建物に似つかわしくない小型監視カメラを、本来の死角と考えられがちな場所に設置していた他、ドローンを僕等の帰った後に飛ばしており、逃げた奴等がすぐに群れているのを特定したそうで、小さな町の警察署にも設置されたサイバー対策課への匿名通報、細部迄特定するネット掲示板にもこっそり貼り付けたりして、身柄確保に至ったとの話だ。全て、「内密に」との前置きで、あの古時計屋の主人がメールで姉さんに約束通り伝えた一部始終である。

穏やかな人程、張る網は精密且つ逃れにくい………それが自分自身よりも恩人を傷付けた際に、牙を剥いてならず者を闇に葬る場合が有る………御客であり、尚且つ暑さでメイクが落ちて熱中症になり掛けたのをたまたま助けたのが、僕達だったと思うと────

写真立てに納められる、現像されて送られて来た、姉さんや紗矢と僕、そして穏やかに微笑むピエロの姿の主人の暖かな光景を見て、僕は小さな震えを噛み締めた。

Concrete
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