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中編6
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猫と水球

 夢が現実だったら面白いだろうなーって、思うことがよくある。

 それはどんな時かって、それはもちろんへんな、とてつもなく現実離れしたへんで不思議で、楽しくて、目がさめてもあれは本当に夢だったのかな?ってしばらくソファに寝そべって、なんなら少し悔しさをおぼえるくらいに余韻にひたってしまうような、そんな夢を見た時さ。

 でもね、たぶん信じられないだろうけど、これから話す事は、その夢の中のあいつが、現実のこの世界にでてこようとしたちょっと危ない話だ。なんで危ないのかって言われると、今から順を追って話すけれど、早い話、夢の中と違って、現実の世界でみたあいつは気味が悪かったって事さ。

 それまでも出てきてたかもしれないけれど、夢の中にあいつが出てきたとはっきり気づいたのはもう半年くらい前。目がさめたらまだ夜で、もう一回寝なくちゃと目を閉じてたら、さっき見た夢がまだ頭の中をぐるぐるしてた。

 僕が運転席で、車内にはなんとなく懐かしい人たちがのっている。僕たちはバカ笑いしながら目的地を目指してたんだけど、突然目の前に猫の集団が現れて、僕は思わず急ハンドルをきったんだ。

 車は頭から田んぼに突っ込んで、ボンネットは半分土に埋まってしまった。助手席の女の子は笑顔のまま白目をむいてたんで、車内は更なる爆笑の渦に包まれた。

 僕たちは車と助手席の女の子を諦めて車道に這い出した。するとまださっきの猫の集団が行進を続けてたんで、僕たちもその後ろに並んで参加する事にした。

 とてもワクワクした気持ちで歩いていると、先頭を歩いている白い猫がこっちを振り返って、うんうん頷きながらにっこりと笑った。その顔が可愛くて、普段僕はあまり猫が得意ではないけれど、それは夢の中なので関係ない。僕たちはこれからどこに連れていかれるのかと、さらにワクワクが大きくなった。

 ちなみに、冒頭に言ったあいつとは、いま言った蝶ネクタイをつけて、指揮棒みたいなものを振り回して歩いているこの白い猫の事だ。

 僕はまどろみの中、これからどうなるはずだったんだろうと、またさっきの夢の世界に戻ろうと必死になっていた。でも、それはあっさりと叶った。

 場面はガラッと変わって、僕は二階の窓から庭を見ていた。薄暗い空に、台風のような風が周りに生えた木々を振り回している。不意にバケツが飛んできて、目の前の窓にぶちあたった衝撃で、僕は悲鳴をあげながら大きくのけぞった。

 くくくと後ろで笑っていたのは、小学生の時に仲の良かった田辺くんだった。で、その隣りには中学生の時に一番仲の良かった廣岡もいる。

そしてなんと驚いたのは、その後ろにいたのは中学時代に初めて付き合った彼女のりえちゃんだった。

 みんなクスクス笑って失礼な奴らだ。

僕は久しぶりに会えた、一番会いたかった三人に、デレデレとした顔でお返しにクスクスと笑ってやった。

 実をいうと、田辺くんは小五の時に白血病で亡くなっている。あんな優しくて、友達想いだった田辺くんが。

 廣岡とは中三の時に些細でくだらない喧嘩が原因で口をきかなくなり、そのまま卒業を迎えた。お互い別々の高校に進んで、仲直りのチャンスも訪れないまま、二十歳の時に廣岡はバイクの事故で亡くなった。

 りえちゃんは三つ編みの似合う、いつも笑っているすんごく可愛い女の子だった。彼女とは中二から高一までの三年間付き合った。でもフラれた。突然フラれた。たぶん原因は僕の異常なまでのヤキモチだったと思われる。

 この一番会いたかった三人が、いま僕の目の前に集結している。飾らない笑顔で、あの頃のままの僕の大好きだった姿で。でもここは夢の中。僕はこの事態に全く驚きもせず、自然に受け入れている。助手席で白目をむいていたのはりえちゃんだったのかと、またみんなで大笑いした。

 窓にはヒビが入っていて、そこからピューピューと音が漏れていた。庭に目を落とすと、何やら見た事のある集団が行進している。

しばらくして、先頭の猫が指揮棒をふり上げると、それを合図に列はまるで軍隊のようにビシッと動きを止めた。

 

 白い猫がまた指揮棒を振り上げると、猫の軍隊は回れ右をして、さらに一斉にこちらを見上げた。

 「あれ?あの黒い猫、僕が飼ってたやつだ」田辺くんが嬉しそうに言った。続いて廣岡が「ちょっと待て、あのペルシャ、婆ちゃんちにいたやつとそっくりじゃん!」さあ、続いてりえちゃんの番だと、みんなが注目している中、「わたし猫アレルギーなの…」と、みんなの爆笑をしっかりかっさらった。

 白い猫が指揮棒をこっちに向けて、窓を開けろとくいくいやっている。

 廣岡が開けるぞ?と言って、みんなが一斉にごくんとツバを呑み込む。

 窓が開いた瞬間、強い風が吹き込んできて、風は僕たち四人を包み込み、ゆっくりと猫たちの前に降ろした。

 向かい合った猫たちとの間に、しばらくの沈黙があった。向こうは僕たちより一人多い五人。いや、五匹か。白いのと黒いの二匹と、グレーなのと、茶色く太ったのと。

 「君たちを呼んだのは他でもない。いまから僕たちとゲームをしないか?」指揮棒をもった白いのが言った。まあ、たぶんこいつがリーダーだろう。どう見ても明らかにこいつがリーダーだ。

 田辺くんが「ゲーム?ゲームって何?プレステとか?まさかファミコン?」田辺くんは小学生で亡くなっているので、プレステ1で時間が止まっている。

「いんや、テレビゲームでもスマホゲームでもない。かといって、カードゲームや鬼ごっこでもないよ」 突然、茶色く太ったやつがドラえもんみたいな声を出したので、りえちゃんがプッと吹き出してしまった。

 「じゃあ何のゲームで俺たちと勝負しようってんだよ?」昔からせっかちだった廣岡が、ジャイアンみたいな言い方で、相手をギラリとにらんだ。

 「そうだね。あっ、ちょうどあんな所にプールがあるね」白い猫が指揮棒でさしたその先には確かに大きめのプールがあった。

 「私、泳ぎは得意よ!」りえちゃんがそう言った瞬間、僕たち全員は一瞬にして水着姿になった。まあ、ここは夢の中だからさして不思議ではない現象だ。

 「うん、でもただ泳ぐのもつまらないから、スポーツにしよう。」そう白い猫が言った瞬間、手に持っていた指揮棒が、カラフルなボールに変わった。まぁこれも夢なので問題はないだろう。

 「これを使って僕たちと試合をしてみないか?水球で。」

 そう言った瞬間、猫たちも、僕たち四人も全員の頭にぴちぴちの水球キャップが装備された。なぜか田辺くんだけ、競泳やシンクロスイミングをする人がつけるような鼻栓までついていたので、全員我慢出来ずに爆笑した。向かいの猫たちも笑っていた。しかしボス猫だけは笑っていなかった。

 「君たち。笑っていられるのも今のうちだけかもしれないよ。これはゲームと言っただろう?負けたらそれなりのペナルティを払ってもらうからね」

 「なんだよペナルティって?おっ?!」ジャイアンが、いや、廣岡が猫相手に凄んでみせる。

 「チェンジ!」

 猫は言った。負けたら、現実世界の僕たちと夢の中の猫たちが入れかわるチェンジなんだと。僕たちはどうせ夢だろと、安請け合いしてこの勝負を受け入れてしまった。

 でも、それが後にとんでもない後悔に変わるだなんて、この時、僕たちの誰も予想なんてしていなかった。

続く

Concrete
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