中編3
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彼の足

 足が見える。艶々していて、色っぽい。しゃぶりつきたくなるような――厭な足だ。

 男の癖にあんな足なんて許せない。私より美しいなんて許さない。そんなことはありえない。

 いっそのことこの足を喰ってやろうか。そうしたら、少しは気が晴れるかもしれない。

 足を切り取って、浴槽に入れたところで私の満足は得られなかった。私の愛した男――そして世界で一番憎んだ男。

今も憎い。憎くて憎くて憎くて憎くて。

 許せない。

 でも、私が憎かったのは足であって男じゃない。だから正確に言えば世界で一番憎んだのは男の足だ。

 この艶かしい足は人々の目を引き付ける。だって、怖い程に美しいから。

 足を切り取るにはまず、男を殺す必要があった。だって、生きてる状態で足を切ったら痛いに決まっている。医者でないから、麻酔なんてできるはずもないし。

 愛していない男だったら、そのまま切り取っていただろうけど、この人は私が愛した男だ。今も愛している。

 もう喋らないけれど、呼吸なんてしないけど、目は開かないけど、それでいい。愛に言葉なんて要らない。

 足がない男はもう完璧だ。私の高校時代から好きな――素晴らしい素晴らしい人だ。私が描いた理想の人を具現化した人だ。 

 好きで好きで好きで好きで好きで好きで仕方が無い。

 でもこの人の足は昔から気に入らなかった。私より美しい。私の顔より美しい。

 確かにこの人のことは好きだったけど、その足で歩いて、その足で行動して、その足のまま私と夜を共にして――許せなかった。気持ちが悪い。私の最愛の男を動かしている足が憎くて、いや、別に嫉妬してるわけじゃない。所詮、足だ。でも、私より美しいのだけは許せない。

 付け根から爪先まで男の足とは思えないぐらいに美しい。先程見たら、『中身』も美しかった。

 そんなところが。この人のそんな足が。

 憎い憎い憎い憎い憎い。気が狂いそうな程に。 

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 犯した。死体の彼を何度も。足がないから、少しやり難かったけど、足があるよりはマシだ。ただやり難いだけ。

 彼は動きはしない。でも、気持ちが良かった。今迄やったなかでも最高だった。

 ただ擦るだけで、私は満足だ。自己満足でしかないけど、それで十分だ。

「好き」

 私はそう言って、彼にキスをした。

 嗚呼、冷たい。とてもつめたい。死んだ人の冷たさだ。また興奮してきた。

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 自分より美しいものは憎い。嫉妬してしまう。身近な人なら尚更である。

 でも人生は私に甘かったようで、両親は醜かったし、同級生も到底、私の美しさに届かなかった。

 でも、この人の足だけは違う。私の全てを全否定して、覆した。この人には一目惚れだった。運命の人だって、直ぐに分かった。勇気を奮って、告白した。

 両想いだった。

 だけど。でも、それでも。なのに。

 足は。私をあざ笑ったのよ。許せない。

 許せなかった。

 だから切った。

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 ああ、浴槽の足はまだ生きている。まだ艶を失っていない。あの人は死んだというのに。

 そんなの理不尽じゃないか。

 ああ、何処までも何処までも。あの足は。

 憎い。

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自分以上に優れた部分を見ると憂鬱になるというけど、ここまでいくと愛というより憎悪に近い気がする。